十二話:司馬家連行
その日私は、見知らぬ男性と驚きの表情で見合うことになった。
「…………子桓さま? こちらは?」
私を抱えているのは子桓叔父さま。
家にいたところにやって来て、なんとも当たり前のように私を抱えてここまで拉致して来たお方だ。
たぶんここは目の前で私が誰かを聞いた男性のお宅。
お互い被害者であるなら、まず挨拶から始めましょう。
「…………夏侯子林の娘にございます。お初にお目にかかりますが、お館さまの名も存じ上げぬ無礼をお許しください」
私は困惑する男性に、私も訳が分からないことを告げた。
「夏…………!? だ、誰ぞ! すぐに夏侯家へ伝令! 絶対許可なんぞ取って来ておらん!」
男性はすぐさま人を走らせて私の家に報せをやってくれた。
そして子桓叔父さまに対する親しみなのか信頼なのか、許可を取らずの奇行を断言している。
もちろん、正解です。
「何してくださっているんですか、子桓さま!? 曹丞相も可愛がると噂の姫君でしょう!?」
「はっはっは。めっきり老け込んだとはどの口が言っていたかな、仲達どの。息子の出来がいいと自慢がうるさいので私も姪を自慢に来ただけだ」
「仲…………た…………!?」
今度は私が相手の正体を知って驚かされた。
この時代の有名人、というかもはや次代にも重要な人物!
四十に近いだろう男性の名は司馬懿、字を仲達。
魏王朝の次に立つ晋王朝の高祖と号される人物で、この方の孫が今私を抱える子桓叔父さまの建てた魏王朝から晋王朝を立てるんだ。
「ともかく部屋を暖めろ! 怪我をしそうな物を全てどけろ! あぁ、だが走るな! 不興を買えば首が胴から離れると思え!」
「いえ、そこまでは。ご心配なら父母には急な来訪にも拘らず心づくしの歓待をいただいているとしたためましょうか?」
大変そうな仲達さまに私は声をかける。
ちなみにこの混乱を招いた子桓叔父さまは私を抱いたまま満足そうにしてるだけ。
いえ、まるで我が家のように客間に向かって歩いていた。
客間の位置は大抵の家屋でそう変わらないとはいえ、勝手知ったる様子。
つまり何度もお邪魔しているんだ。
(確か子桓叔父さまの教育係の長のような立場の方で、親しくつき合い信を置く方、だったはず)
曹操の夏侯家のような存在であり、血縁はなくとも一番の臣下だ。
そんな方が私の目の前で疲労困憊になっている。
子桓叔父さまは当たり前のように客間でくつろぎ始めていた。
「本当になんなのですか? 先日果物狂いと言ったのを根に持って?」
あ、仲達さまも相当言うようだ。
「ですがあれは仕事放り出していきなり市に繰り出したあなたに非があることをお忘れではないでしょうね? あと、仕事したからと言って勝手に副丞相が供も連れず市井に繰り出すのは自重してください」
なるほど、奇行に対しての自信は子桓叔父さまの普段の行いのせいだった。
私は甘く味付けのされた葛湯をもらって温まる。
子桓叔父さま持参の金襴の綿入れを着せられたまま、また火鉢の側に置かれた。
(私の病弱はいったいどれだけ有名なのかしら?)
それとも子桓叔父さまから聞いただけでこの甲斐甲斐しさ?
なんにしても落ち着いたのならまずは仕切り直しだ。
「子桓叔父さま、改めてご挨拶いたしたく存じます」
「仲達どの相手にそんなかしこまる必要はないぞ」
「必要はありませんが悪びれるくらいはしてほしいですな」
どうやら子桓叔父さまの急襲に怒ってはいないようだけれど文句は言う関係らしい。
その上で仲達さまは、座る私と子桓叔父さまの前に膝を突いた。
「拙宅にお越しいただき光栄の至り。十分なもてなしもできないでしょうがご容赦ください」
「急な来訪をいたしましたのはこちらでございますれば、お心を砕いてくださるそのお気持ちが何よりのもてなしでございます」
慌てて返答する私に、仲達さまは溜め息を漏らして立ち上がった。
途端に子桓叔父さまが仲達さまを指差す。
「どうだ、すごいだろう。私の姪だ」
そんな子桓叔父さまに今度は別の感情の乗った溜め息を長々と吐き出した。
「確かに姪御さまはお歳に見合わぬ礼容。長公主さまの教育の賜物でしょうか?」
「いや、それが子林でな。あれで元譲おじ上に厳しく躾けられてるから存外礼儀にうるさい」
子桓叔父さまは父をよく見ているようだ。
両親揃っている時、母の気の強さがあり父がより気弱そうになるか目立たなくなるか。
けれど私にお行儀よくしてほしいというのは父のほうだった。
(母は、たしかお嬢さま気質と言うのだったかしら? 自分ができて当たり前だから娘も相応にできるはずと思い込んでる節があるのよね)
さすがに丸暗記が必要な書物は教えてくれるけど、立ち振る舞いについては見て覚えろという感じなのだ。
まぁ、最近は特に教育熱心な様子ではあるけれど。
家に人を呼んで、今次の賢者について話したりしてるらしい。
「自慢すべきはあなたではないでしょう。そして子桓さまが自慢すべきはご子息では?」
「あれは、大人しすぎてな。悪くはないが覇気がない」
「病弱な姪御さま捕まえて覇気とは…………」
「この状況になったとして、あれは自ら発言はしないだろう?」
子桓叔父さまの指摘に仲達さまも黙る。
そこまで後の皇帝曹叡こと元仲さまは引っ込み思案なのか。
東の海の向こうの知識にも、曹叡は帝位に就くまでほぼ公の場に出なかったとある。
生母が子桓叔父さまに死を賜ったので出られなかった事情もあるだろう。
さらには皇太子になったのも子桓叔父さまの死が近くなってからで、そのため与党もなく跡を継ぎ、父の側近である夏侯氏と司馬氏をそのまま重用することになる。
(違いと言えば子桓叔父さまに倣わず曹家も重用したことだけど。改めて知識を探ると親子で両極端ね)
子桓叔父さまは今後弟と後継者争いが本格化し、そのせいか弟周辺を排除した。
弟を冷遇の上に、争いに関わらなかった別の弟との間もぎくしゃくしたそうで、子桓叔父さまは曹氏全体を遠ざけたそうだ。
対して曹叡が曹氏を重用したのは、与党がいなかったので致し方ない部分もある。
その結果、司馬家と曹家の軋轢を生む人事を遺して死ぬ。
「うぅ…………」
身内の不幸が続く未来を考えて呻く私に、子桓叔父さまが覗き込んで来た。
「葛湯が不味かったか?」
「いきなり家から連れ出して見知らぬ屋敷に連れて来られた心労では?」
ありえそうなのは仲達さまのほうだけれどどっちも違う。
(これは、今すでに低い曹叡の評価を上げておかないといけないのでは? 与党を作るには立太子されて足場固めの時間を得ないといけないのだし)
曹叡が曹家と司馬家に偏ることにならなければ、もしかしたら司馬家に嫁ぐ小妹の死を避けられるかもしれない。
「私は平気です、少しむせそうになってしまって」
言い訳をしつつ、どう話を切り出そうかと考えていると、子桓叔父さまが仲達さまに目を向ける。
「仲達どの、自慢の子供たちは来ないのか?」
「はぁ、言うと思って呼んでおります。ですが何分急なことでしたので支度が間に合っておりません」
あぁ、別の話になってしまった。
しかもそれもまた聞き逃せない話だ。
「ご、ご子息?」
「えぇ、歳は近くあります。九歳の長子と六歳の次子です。次子はまだ甘えています。けれど長子は有望ですよ」
誇らしげな仲達さまの様子は、なるほど自慢ととれる。
けれど待ってほしい。
その二人こそ司馬家の権勢を高める兄弟であり、晋王朝における世宗と太宗となる人物では?
(そして司馬師と呼ばれる長子は後に小妹と結婚して毒殺する相手!)
私が緊張を高めると、外の廊下を急ぎ足で近づく子供の足音がした。
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