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百十三話:首狩り

 今後の動きを読んで子桓叔父さまが兵を動かした。

 けれどそれを察した子建叔父さまが、街一つを使って敵を誘引。

 どちらも狙いは関羽の大将首。


 関羽は今、兵の大半を江夏の街に入れた状態で、街の外で指揮に当たっている。

 子桓叔父さまはそうと知って、兵を連れて関羽の首を狙いに動いた。

 誘引を計って関羽の周辺を手薄にした子建叔父さまも、黙って見ていることはない。


「西陵より兵が出たぞ!」

「蜀軍守りに陣形を変更!」

「こちらも出る! 道を開けろ!」


 兵士たちが慌ただしく情報を声に出して周囲に報せる。


「西陵からは、子建叔父さまが関羽を狙って兵を出したようね」

「関羽が守りってことは、逃げないんだろうな」

「急いで準備したからこそ、こちらも逃げる間を与えずに今、兵を出せている」


 私が言うと大兄が応じ、元仲も間際の判断を迫られていながら間に合った状況を語る。


 その元仲は急造の本陣を任せられていた。

 子桓叔父さまと言えば、自ら関羽を討とうと前のほうに移動したとか。

 それに伴って賈文和も前へ出て兵の指揮を執る。

 年寄りを装っても、結局は戦うことを本分にする人ということなのでしょう。


「こんな兵の数も揃えられてない状況で倒しきれるか?」

「それも懸念だが、呉の隙というのも私は気になる」


 そわそわと聞く阿栄に、奉小は私が言ったことを気にした。

 それは子桓叔父さまが今回急いで動いた理由でもある。


「呉の軍も近いの?」


 小小が小さく尋ねる。

 軍と共に動くとずいぶん大人しい。

 兄を見習っているのか、司馬家の教育か、それとも濡須口での経験から騒いではいけないと学んだのか。


 それに小妹が応じた。


「長姫が予想したとおり狙いがあるのでしたら、動くのでは?」

「できれば急激な変化に乗り遅れて動かないでほしいところよ」


 思わず零すと、元仲が思案げに視線を落とす。


「私としては、江陵を攻める動きが遅れないように願う」

「あぁ、関羽に逃げられたら、今度はこっちが呉と高みの見物される側になるのか」


 阿栄が言うとおり、立場が逆になる。

 追って江陵へ行けば、どちらが落とすかで魏と呉がぶつかることになるのだろう。

 そうなってしまえば、追い詰めたはずの関羽が優勢にもなりえる。


 防ぐには、樊城から兵を出す予定の曹子孝さまが、こちらと同じくらい迅速に行動をされていることを願うばかり。

 ただ現状、連携は取れていない。


「魯子敬も呂子明も準備を整えてから機を見計らうような戦い方のはずだ」

「ただ、目の前で好機を攫われて見ているだけの将でもないと思う」


 奉小に大兄が油断すべきではないと忠告。

 確かにどちらもあり得そうで困る。


 先を見据えて準備のために控えるか、好機を逃さないよう果敢に攻めるか。

 東の海の向こうの知識では、どちらも成し遂げているから判断がつかない。

 江陵狙いのために、呂蒙がここで囮になっているということもあり得る。


「よし、偵察を江夏より南にも出そう」

「大丈夫なの、元仲?」


 元仲の果断に思わず聞き返した。


 任せられたとはいえ子桓叔父さまの指揮下。

 勝手な動きと言われ、後で叱られる可能性がある。


「きっと、動くべき機を逃すほうを厭われるだろう」


 元仲は困ったように笑いながら、自分の言葉に頷く。


 確かに現状はそうだと思える。

 機を逃さないように子桓叔父さま自身も動いているのだから。


「何もないほうがいいの? あったほうがいいの?」


 小小に聞かれて小妹も困る。


「この場合は、何ごともなく、退いてくれるほうが良いのでしょうか? 長姫」

「そうね。けれど、確かに何もしない将兵でもないのよね」


 本来なら呂蒙は、濡須口で戦った直後でここにはいない。

 けれど今回呂蒙は濡須口に参戦していないので、無傷の状態で荊州に陣を敷いている。


 確かにこれで退くわけがない。

 そして退くつもりがあるなら、まず陣を敷かないとも思う。

 ここで名の知れた呂蒙がただ見ていることが、一つの囮として機能している。

 けれど、実力もある武将だ。


「関羽はもちろん、子桓叔父さま、子建叔父さまも隙があると見られれば首を狙われる可能性があるわ。たぶん、子桓叔父さまは呂子明のその動きを警戒しているのではないかしら」

「関羽もって、あり得るか? 魯子敬が止めそうじゃねぇ? 蜀軍と敵対したくないんだろ?」


 阿栄のいうこともわかる。

 けれど元仲が考えつつ意見を挙げる。


「だからこそ人をやって動きを見させている。だが、戦場に立てば目の届かない所もあるだろう。呂子明が動かないとは、やはり思えない」

「そうですね。それで言えば関羽の向こうは、こちらからは死角になりますので、呂子明に警戒を向けることも必要でしょう」


 偵察の派遣に賛同する奉小に、大哥も頷く。


「動かないほうがこちらとしては良い。けれど、楽観するよりも探るほうがなお良い」

「争いを眺めるようなことをすれば、蜀からも敵とみなされるかも知れない状況だ」


 大兄が言うとおり、呂蒙が助けもせずに見てるだけだと、魯粛の融和路線も蜀からの心証が悪いことになる。


 つまり関羽が子桓叔父さまと子建叔父さまとの戦いに入れば、呂蒙は動く。

 問題は何処に向かって動くかであって、魯粛のいるほうに退くか、攻められる関羽に向けて動くか、それともこちらの戦場から動けないと見て、江陵へ向かうかだ。

 ともかく見極めが必要になる状況だからこそ、偵察は必要だった。


「狼煙はさすがに使えない。人を配置して馬も用意して、情報が早く届くよう配備をさせよう」


 元仲が部下に命じて動き出す。

 馬は早いけれど、長時間全速力では走れない。

 だから伝令役と馬の一組で地点ごとに伝言を受け渡す形式にするらしい。


 そうして待つ間に子桓叔父さまは兵を率いて出発した。


「どれくらいかかるかしら?」

「半日で済めばいいほうだろう」


 大哥がいうのは、つまり日中。

 一日かけたくらいの戦いで済むかどうか。


 いいほうということは、終わらないという予想なのでしょうね。

 私たちもここまで急いできたから息切れしそうな状態だ。

 攻め続けている関羽はもちろん、守り続けた子建叔父さまも疲労しているはず。


「でも、関羽はどうするの? 守備の陣形でも夜を越えるには難しくはない?」

「あれじゃねぇか? 西陵」


 思いつきのように阿栄が言った言葉の意味を察して、私は息が詰まる。

 その様子に考え込んだ小妹も、答えに辿り着いて顔色を悪くした。


「それは、子建さまが敗北なさると?」

「え、負けるの?」


 目を見開く小小に、大兄が可能性を考える。


「兵の動きからして、子桓さまは江陵への退避を防ぐため西を押さえるようになさるはずだ」

「東に向かう理由もない。現状連携していない呉軍のほうへ南下もしないだろう」


 奉小も推測を肯定する。

 確かにそう言われると、頭を押さえられそうな江陵へ向かうよりも、攻めている西陵へ入り込んで、守りを固めるほうが関羽には起死回生の機会はありそう。


「ちょ、ちょっと待って。子建叔父さまは関羽を狙って打って出るって」

「さすがに西陵に残って計略を支える者はいるだろうが。しかし、すでに西陵から大将が出ている。となれば…………」


 元仲は難しい顔で言葉を濁した。


 籠城戦の勝敗で言えば、大将が城を出るのは放棄にも近い。

 つまり、負けだ。

 そうなってしまえば兵は戦うことをやめ、西陵は落とされたことになる。

 私は年長者たちを見回して口を開いた。


「つまり、関羽が西陵の街に自ら攻め入って守りを固めるなんてしたら?」

「子建さまは空振りというわけだな」

「城を捨てたという状況だけは残ることになるのか」


 深刻な顔で大兄と奉小が同情ぎみに言うと、大哥がもう一人についても。


「城攻めとなると子桓さまもそこまでの備えはない」

「あと呉軍が一番近い位置なのもまずいな。西陵取られたら呉軍に背中見せることになる」


 阿栄が真面目に恐ろしいことを言い始めた。


 けれど私たちは岡目八目。

 だから状況を予想もできるし、可能性を考慮する余裕もある。

 けれど戦場では今動いている人たちが、命の危機の中判断し、行動する。

 誰が誰の首を狩るか。

 狙い狙われることを自覚しているかわからない状況。

 できれば、私たちが考える最悪の行動をとらないでいてくれるよう願うしかなかった。


週一更新

次回:西へ

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― 新着の感想 ―
[良い点] 良い感じに状況が混沌としてきた、戦場に集うのはいずれも癖のある人物ばかりだし。やはり呂蒙、魯粛はおそろしい。戦場の趨勢を決するのは呉になってますね。 まあ、満寵も賈詡も素直にはまる人物では…
[良い点]  さあさあいい感じに疑心暗鬼になってきましたねw  呉の動きは重要ですが、今回兵糧の移動で呉に口実を与えていなければ、呂蒙も目前に魏の次世代を担う公子たちが居る絶好の場面で蜀に矛を向けるほ…
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