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百四話:食いついた獲物

 合肥に戻って数日、司馬の大哥の怪我の具合を見つつ、北上して寿春という州城へ移動した。


 道沿いに西へ向かえば安城という州城があり、そこが目的地だ。

 安城は許昌を道沿いに南下した位置で、合肥への後方支援としては適してる。

 それと同時に、安城から道沿いに南下すれば、江夏郡に至れる場所でもあった。


「ご無事で何よりでございます」


 安城の城門まで仲達さまが迎えに来て、元仲の無事をまず確認する。


 腫れは引いて来ているけれど痛々しい包帯の大哥には声をかけずにいる。

 仕事のためだろうけど、なんだかもやもやした。

 元仲も同じように思ったらしく、手短に挨拶を受ける。


「仲達どの、私はいい。ご子息に声をかけに行ってはどうか」

「…………ご高配いただきありがとうございます」


 元仲も気にしていてくれたらしい。

 仲達さまは受け入れ、応じるけれど、ちゃんと部下に対応を指示した上で動く。

 無表情を保つ様子に、心配や不安は感じられない。


 場所が城門の内部なので、私は駕籠の中でその様子を見ている。

 そうしてようやく大哥が乗る駕籠へと向きを変えた仲達さまのお顔は、厳しかった。

 思わず、近くを通る仲達さまに、私は声をかける。


「そぐわぬ場に足を踏み入れた皆の責です。どうか、大哥と小小のみを叱られることないようお願いします」


 私の声に仲達さまは足を止めた。

 私だと見て、驚いたように目を見開いた後、どうやら詰めていたらしい息を吐く。


「善処しましょう」

「ごめんなさい」

「大変であったことは聞いています。ましてや私に謝罪される必要はない」


 仲達さまはそう言って大哥と小小の所へ向かった。

 仲達さまの動きを見て駕籠を下りた大哥は、叱られる体勢だ。

 けれど、まず心配の言葉を言われてさっきの仲達さまに似た驚きの表情を浮かべるのが見える。


 そんな一幕があった後、私たちは用意された屋敷に案内された。

 仲達さまが私たちから現地の話を聞き取り、そこから元仲だけが子桓叔父さまに報告へと向かう。

 私たちは休養も兼ねて二日、屋敷内で静かに過ごすことになった。


「長姫、父から呼び出しがあっている。一緒に来てくれないか」

「え…………私だけ?」


 屋敷に来て、困り顔で元仲は頷く。


「…………それなら、母上にご同行していただけばよかったわ」


 実は母は合肥に残っている。

 父を心配する私を後方に下げるためと言っていたけれど。

 その実、母が父を心配しているように見えた。


 私は許昌の屋敷から伴った侍女や家妓、その他使用人たちと相談して、同じ印象を持ったことも話し合っている。

 その結果、母の決定を尊重しようとなった。

 素直に言えばいいのに、母は頑なに私を理由に合肥に残るというので、きっと父は気づいていないけれど。


(ただ子桓叔父さまに呼び出されたとなると、いてほしかったわ。今度はどんな難題を振られるのかしら)


 私たちは夏侯家で同じ屋敷に滞在しており、そこに荀家の奉小もいた。

 司馬家の兄弟は父親である仲達さまの元にいる。

 元仲も曹家の者として親である子桓叔父さまの元にいた。


 理由をつけてまきこ、いえ…………同行してくれる言い訳も思いつかず、私は元仲と一緒に子桓叔父さまの下へ。


「伯仁の娘以外は熱で倒れたか。それでも生きて戻るとは、果報なことだ」


 呼ばれたのはどうやら小妹だけ無事だった理由を聞くためだったみたい。

 私が対策をしていたと、言った元仲も寝込んでいたので詳しく話を聞きたいと。


「熱した湯での手洗いと嗽か。周知するには難しいな」


 薪の問題もあるし、そもそも飲める水の確保もしっかりしないといけない。

 そして一万以上いる兵士に周知徹底するには手間がかかりすぎる。


「できる者にはするよう報せるくらいか」


 子桓叔父さまは真面目に仕事をする様子で、からかってくる雰囲気ではない。

 元仲相手にも仕事の顔をしている。


 でも、これで終わりだとしたら、わざわざ呼んだのは何故かしら?


「発言をよろしいですか?」


 あまりに淡々と仕事の話しかしないので聞いてみると、普段どおりにやりと笑う。

 私から言いたいことがあると思って待っていたのね。

 えぇ、言いますよ。

 言わせていただきます。


「それではまず、砦のことについて。臧将軍、張将軍のお助けがあり…………」


 その他兵士たちの気遣いについても伝える。

 もちろん一緒に行動した元仲を始め小妹、小小の頑張りも話した。

 張将軍に関しては、もう今さらすごいと報告する必要もない。

 けれど、臧将軍やそのほかの兵たちについては、子桓叔父さまくらい上の方の耳に直接入れておかないと届かないでしょうし。

 筋を通して怒られたからには、お世話になった分話を通しておきましょう。


「そんなことか。将兵にあっては責務を果たしただけだろう」

「大事なことです。頑張ったんですから」

「戦場だぞ?」

「それでも生きて帰ったことを私の両親は褒めてくれます」


 言ったら子桓叔父さまは噴き出す。


「まぁ、母上がいらっしゃったらお叱りを受けますよ」

「甘いことだな」

「甘くて悪いことがありますか? 辛いばかりでは長じて後、甘い言葉ばかりを求めてしまうかもしれません」

「ふん、幼い頃から甘さに慣れていては、長じて後より甘く、自らに快いことのみを求める者も出る」

「では、すでに夏侯のおじいさまにお叱りを受けましたので、次は甘くお願いします」

「それは…………ふむ」


 甘やかせと言ったら言い返されたので、食い下がってみたら考えてくれるらしい。

 子桓叔父さまも夏侯の祖父に怒られたことがあるのかしら?


 けれどこれで砦から本陣に移動する際の約束は守れたと思っていいかしら。

 口添えが欲しいと言っていた元仲を窺うと、信じられないような目で私を見てる。

 その反応、自分の父親への認識がそもそも辛すぎる可能性もあるのではない?


「仲達どのにも何か言ったな?」


 子桓叔父さまが聞くので、私は叱らないようお願いしたことをそのまま伝える。


「なるほど。伯達どのも含めてその言で命を拾ったとなれば聞き入れるほかない」

「私は強制するようなことはしておりません。どれもみなが最善を願ってのこと。何より私も助けられたのですから」

「そうして褒美を強請りもしないのは計算か?」

「まさか。褒美をいただけない失態は重々承知しております。ですから、お許しいただき、許しを示すために甘いお言葉を欲しているのです」


 さらに強請ってみると、子桓叔父さまは笑いながら頷き始めた。


「では、良く戻った。元仲、長姫。失態は確かにあったが、それもまた挽回をして戻ったこと、しかと聞き取った」

「ありがたきお言葉にございます」

「ありがたき、お言葉」


 元仲は驚いて私に遅れるけど、子桓叔父さまは気にしてない。


「そろそろ釣り上げた獲物の話をしよう」

「釣り上げた…………関羽は動いたのでしょうか?」


 子桓叔父さまはまたにやりと笑うのだけれど、どうやら機嫌が良いらしい。

 それだけの釣果が期待できるというの?


「関羽は子建に食いついた。そしてさらに呂子明も釣れそうだ」


 そこはすでに聞いた話だ。

 濡須口でも呉軍で誰が参戦しているかは教えてもらっている。


「父のほうの結果で大きく動くぞ」


 子桓叔父さまは確信の声。

 どうやら未来を知る私よりも確かに先を見据えている様子。


「ついては父から何か聞いていないか? 長姫には口が軽い」


 私を呼んだのはそのためなのね。

 もしかしてわざわざ私から口を開かせたり、言質をくれたのはそういう?

 それに言われてみれば、曹家の祖父は確かに先のことについて言っていた。


「孫仲謀を試すとおっしゃっていました」

「ほう?」


 人質のことと濡須塢のこと、そして司馬の大哥を見舞った時の話をした。


 私にはそれらの話で曹家の祖父がどれほどのことをするかは想像がつかない。

 けれど子桓叔父さまは、私の話を面白そうに聞いていた。


週一更新

次回:動かざること

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[良い点] 夫婦仲が良さそうで何より、弟妹が生まれるかも? いくつもの戦場が動いてるのが感じ取れます。 [一言] 三者が一つの戦場に揃うと、どう転ぶかわからなくてワクワクします。 色々とやりそうなメン…
[良い点]  身内の家族仲?が改善されそうかな。  荊州は三すくみ状態かなあ。  誰も彼も漁夫の利を得ようと迂闊には動けないだろうが。  史実で見てみたかったなあこういうの。  [気になる点]  ど…
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