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千代の真実  作者: 緋那真意
第二章 母子の絆
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第5話 温泉にて

 何とも気前の良い座長の提案に真千と実代は思わず顔を見合わせる。


「座長、そこまで気を遣っていただかなくても……」

「お母さんについていきたいのは山々ですけど、稽古を抜けてまでとは……」


 二人が二人とも座長に恐縮して口ごもってしまっていると、いつの間にかその場に来ていた勘助が口を挟んでくる。


「それならあっしがお真千さんと一緒に行くってのは? それならお実代ちゃんも稽古を休まずに済むって……」

「座長、やっぱりお母さんと一緒に行ってきます」

「そうですわね。実代と二人、ゆっくり骨を休めてきますわ」


 勘助の言葉を最後まで言わせず、一転して口々に休みを取ることを承諾する真千と実代。それを見た座長は吹き出した。


「ははは、こいつは傑作だ。温泉はここから一里ほどの距離だから支度が出来たら何時でも行ってくると良い。……勘助、お前には話があるからちょっとここに残っていろ」

「はい。……それでは座長、行ってまいります」

「分かりました座長。……勘助さん、悪く思わないで頂戴ね」

「とほほ……」


 がっくりとうなだれる勘助をよそに、真千と実代は座長に挨拶すると席を立ってその場を離れ、温泉へと向かう支度に入った。



 真千と実代が温泉に着いたのは正午を少し過ぎたくらいの頃である。空はすっきりと晴れており、気持ちの良い青空が広がっている。

 勘助は座長に絞られた後もしつこく付いていくと言い張っていたが、宿を出ようとしたところで一座の女衆から袋叩きにされて遂に断念している。


「良い天気だね、お母さん」

「そうね、本当私たちだけで出るのがもったいないくらい」

「なんなら、勘助さんも一緒の方が良かったかな?」

「駄目よ実代。あの人はそんなこと言うとすぐに調子に乗るんだから」

「お母さんも何だかんだ言って勘助さんのことを気にかけているよね」

「世話が焼ける人ほど付き合いは自然と多くなるものよ、実代」


 温泉に浸かり声を弾ませて語り掛けてくる実代に目を細めながら、真千は気持ちよさそうに軽く腕を組んで伸ばす。


「でも、ごめんなさいね実代。あなたにまで気を遣わせちゃってるのに気が付かないで……」

「いいのよお母さん。今こうしてお母さんが元気そうにしているのが、私には一番嬉しいわ」


 真千の言葉に実代は首を横に振る。


「実代も気付かないうちに大きくなったものね。初めて舞台に立ってから、もう三年ほども経つのかしら?」

「私だっていつまでも子供のままじゃないよ。次は主役にも挑戦させてもらえるし」

「そうだったわね。……私ったら嫌だわ、娘の一大事も忘れちゃうなんて」


 真千はうっかりしてしまったとばかりに苦笑いを浮かべるが、『娘』という言葉を聞いた実代は少しだけ寂しそうな表情をになる。

 それが気になった真千は、怪訝そうな表情を浮かべ実代に訊ねる。


「どうしたの実代? 急に辛気臭い表情になっちゃって」

「う、ううん……何でもないの、お母さん……」

「顔が何でもなくはない、って言ってるわ。折角の水入らずなのだし、話したいことがあるのなら話してみて良いのよ?」

「でも……」


 真千は話すように促したが、実代の方は言いたいことを口にするのが恐ろしいのか、次の言葉を口から出せずに辛そうな表情をしている。

 それを見た真千は実代と視線を合わせて柔らかに微笑む。


「勿論、無理にとは言わないわ。でも、伝えたいことがあるならその時を逃しては駄目よ、実代」

「お母さん……」


真千の言葉に背中を押されるように、実代は胸の内に秘めていた言葉を口に出す。


「……お真千さんは、いつまでも私のお母さんだよね……?」


 その実代の言葉を聞いた真千は驚いて顔を強張らせる。


「急にどうしたの実代? 私はいつまでも実代のお母さんよ」

「でも、お真千さんは私の本当のお母さんじゃないし……それに今年はもう……」


 実代の口から堰を切ったように悲しげな言葉が飛び出す。真千に本当の母親ではないことを告白されて以来、ずっと抱えてきた思いであった。


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