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宇宙要塞アマテラス  作者: 川越トーマ
9/20

宇宙港にて

 宇宙港には夥しい数の大小様々なデブリが漂っていた。

 現実感覚が欠落しているうえ、色彩が乏しい無音の環境は、大昔のモノクロ無声映画を見ているような妙な感じだ。

 宇宙要塞アマテラスには、もともと一〇隻編成の艦隊が二個艦隊駐留していた。

 それぞれの艦隊は、火力重視の宇宙戦艦一、無人攻撃機一〇〇機を搭載する宇宙母艦一、巡航速度を重視した宇宙巡航艦二、コストパフォーマンス重視の宇宙駆逐艦四、ステルス性能を追求した偵察艦二からなっている。

 片方の艦隊が周辺宙域のパトロールに出動し、もう片方の艦隊が、宇宙港での整備と補給、乗員の休息にあたる。

 要塞で必要となる人員や物資は定期的に要塞間を巡回する補給艦隊が届けることになっているが、その構成は、宇宙輸送艦三、護衛の宇宙巡航艦一、宇宙駆逐艦二の合計六隻だ。

 だから、補給艦隊が到着している今の状況では、十数隻の戦闘艦が停泊しているはずだった。

 しかし、今、宇宙港で目に入るのは、かつては艦艇だったと思われる残骸ばかりだ。

 空気のある環境だったら焔と煙に覆われているのだろうが、真空、無重力の宇宙空間では、焔は上がらず、煙の代わりに艦艇を構成していた金属や合成樹脂や液体の細かい破片や粒子が霧になって、巨大なスクラップを覆っていた。

「総員、散開! 敵を発見したら各個に攻撃!」

 俺たち警備兵は侵入者を追跡してここまで来た。こちらの人数は二十人に満たないだろう。

 士官はセシルさん一人、下士官が四名、十数名が一般兵だ。

 指示を出したのはセシルさんだった。

 普段の優しい声ではない、緊張で堅い声だ。

 指示を出す直前、宇宙港の惨状に息をのんだような気がしたのは、多分、気のせいじゃないだろう。

 指示の内容は教科書通りだった。

 高周波ブレードを使用した斬り合いならともかく、銃や爆弾を使用した戦闘では散開するのが基本だ。密集隊形をとっていたら小型ミサイル一発で全滅の恐れがある。

 俺は、さっきの借りが返したくて、セシルさんから、あまり離れないようにした。

 射撃は下手だが、いざというとき俺の身体は盾の代わりくらいにはなるだろう。

「こちら、第一警備小隊。要塞司令部、応答願います」

 セシルさんは、一般兵のためにブレインAIインターフェースによる情報のやりとりを声に出して伝えてくれた。ヘルメット内部にセシルさんの声がこだまする。他の音は何もしない。

 こんな状況でなかったら、セシルさんの通信内容が切迫したものでなかったら、セシルさんの声だけが聴ける甘美なひとときと感じられたかもしれない。

 しかし、状況は極めて深刻だ。俺たちの日常は一瞬にして破壊されていた。

 要塞司令部からの応答がない中、宇宙港に停泊していた我が軍の宇宙巡航艦が一隻、細かなデブリを弾き飛ばしながら、音もなく上昇を開始した。まだ生き残っていたようだ。

 そこに、敵の装甲擲弾兵が憎い仇を見つけた蜂のように群がった。

 宇宙巡航艦のミサイル迎撃用パルスレーザー砲が旋回しながらエネルギー弾を次々に吐き出し、装甲擲弾兵に浴びせかける。

 宇宙港の警備にあたっていたはずの我が軍の装甲擲弾兵の姿はどこにも見えない。非番の者も含めれば合計二〇名はいたはずなのに。

「レーザー砲の射線上から退避。各自安全を確保。そのうえで敵を攻撃せよ」

 セシルさんの指示はもっともだ。味方に撃たれて死んだら浮かばれない。

 しかし、そうはいっても敵の装甲擲弾兵は激しく飛びまわっていた。だから、レーザー砲の射線も激しく移動する。

 エネルギー弾は狙いを外され、宇宙港の床や、床に転がる残骸にあたって火花を散らし、あるいは粉砕する。

 ミサイル迎撃用のパルスレーザー砲は出力が低いため、気密隔壁を貫通するに至らないのが、せめてもの救いだが、俺たちが巻き込まれたら確実に死ぬ。

 死と隣り合わせの状況で、戦闘の様子を見つめていると、敵は回避運動を行いながらも、肩に装備したミサイルポッドから小型の対艦ミサイルを次々に発射していた。

 パルスレーザーのエネルギー弾を潜り抜け、ミサイルの何発かは白銀のボディにたどり着き、閃光の花を開く。鏡面塗装をはぎ取り、装甲を抉り、醜い爪痕を美しいボディに刻み付けた。

 俺たちは拳銃型のちゃちなレーザーガンでロボットの様な装甲擲弾兵を狙い撃ったが、全く成果が上がらなかった。

「すべてのメタルクリーチャーで索敵開始。敵特殊部隊の発見に全力を尽くせ」

 セシルさんが新たな指示を下した。相変わらず要塞司令部からは何の音沙汰もない。

 セシルさんは敵の装甲擲弾兵を相手にすることを事実上あきらめた。

 例の特殊部隊を発見したら、攻撃目標を切り替えるつもりらしい。

 下士官が保有する猛禽類を模したメタルクリーチャーが、次々に『飛行』を開始する。

 真空なので羽ばたいても意味がない。推進剤を使用しての飛行だ。

 メタルクリーチャーの推進剤積載量は限られるので、活動時間は相当短いものになるだろう。

「こちら、宇宙巡航艦コロラド。発進するから、後方の地上要員は直ちに退避しろ!」

 聞き覚えのない艦名だ。頭上で敵に囲まれている宇宙巡航艦は、おそらく輸送艦隊の護衛艦なのだろう。

 敵の装甲擲弾兵に、じわじわと出血を強いられる今の状況に嫌気がさして、宇宙港から出ていくつもりらしい。

「みんな、伏せて!」

 セシルさんの声が響いた。

 俺は宇宙巡航艦の推進剤の噴射に備えて、指示通りに身を伏せる。

 轟音のような振動を床から感じ、周囲で様々なものが舞い上がった。

 敵ミサイルの残骸、我が軍の装甲擲弾兵のヘルメット、戦闘艦艇の複合装甲の一部。

 美しい宇宙巡航艦は悠然と前進を開始し、敵の装甲擲弾兵は、慌てて後を追いかけ始めた。

「敵特殊部隊、発見!」

 ナザロフ軍曹の声とともに、敵の位置情報がディスプレイに赤い光の点で表示された。

 俺から見ると、左手前方、セシルさんに近い方だ。

「どうします? 准尉」

 アシナ曹長の低い声が通信装置から響いてきた。

 ブレインAIインターフェースによる情報共有ではない。一般兵にレベルを合わせてくれている。

 推進剤の噴射による嵐が収まったので、俺たちは床から起き上がった。

「半包囲体勢で接近、制圧射撃開始!」

「サー・イエス・サー」

 俺は自分を鼓舞するため、セシルさんの指示に大声で答えた。

 口の中が乾き、声は擦れがちだ。

 俺たちは、レーザーガンの一斉射撃を行いながら前進した。

 相変わらず光学迷彩は発動中らしく、姿はよく見えない。赤く汚れた出来の悪い鏡に銃撃を加えているような気分だ。距離は五〇メートル以上あり、狙いは正確に定まらない。

 おまけに光学迷彩は光学兵器に対する耐性が強かった。レーザーエネルギーの大半は屈折し、透過してしまう。残念ながら、今の我々には実体弾を発射する電磁誘導ライフルを装備した兵がいなかった。

 敵は発見されたことに気付き、レーザーガンで撃ち返してくる。

 味方兵の一人に命中し、虚空に血の霧を吐き出した。

「メタルクリーチャーで、敵特殊部隊を牽制、我々は抜刀して突撃!」

 レーザーガンによる攻撃の効果が薄いと判断したセシルさんは、攻撃内容を切り替えた。

 確かに、その方が俺たちらしい。

 猛禽類を模したメタルクリーチャーが四羽、最後尾の敵に襲い掛かり、セシルさんの相棒、パーシモンもそれに続く。

「いくぞ、おら!」

「さぁ、暴れんぞ!」

 ヤンの声に続いてコーエン兵長のハスキーボイスも聞こえてきた。

 俺も高周波ブレードを鞘から抜き放つと、敵に向かって全力で駆けた。

 メタルクリーチャーから身を守らなければならなくなった敵に俺たちを銃で狙う余裕はない。

 二〇名近い俺たちに対し、敵の特殊部隊の生き残りは十名に満たないようだった。彼らなりに戦闘能力には自信があるのだろうが、こちらも近接戦闘に関しては選りすぐりの部隊だ。侮ってほしくはない。

 俺たちは敵に追いつくと先程の続きを再開した。わざと入り乱れて戦い、レーザーガンを使う隙を与えない。

 ショートスピアが稲妻のように繰り出され宇宙服のセラミックプレートを削り取るが、俺は強引に間合いを詰めて斬撃を加えた。

 敵は後方に倒れてこれをかわす。

 床の上を低い姿勢で独楽のように回転し、俺の足首を蹴りはらう。

 中国拳法やカポエラに見られる技だ。

 靴の磁力を超える力で足を払われた俺は、無重力環境でキレイに一回転した。

〈マズイ!〉

「マヌケが!」

 ヤンの罵声がヘルメットの中に響き、俺に襲い掛かろうとしていた敵は、ヤンの長刀に貫かれた。

「わりい!」

「借りは返したからな!」

 ヤンめ、意外に義理堅い奴と、俺は口元だけで笑った。

 そのままいけば、俺たちは敵を殲滅できたかもしれない。

 残った敵も手強かったが、少なくとも、セシルさん、アシナ曹長、ナザロフ軍曹、コーエン兵長の四人は、桁違いの強さだった。

 特にアシナ曹長は異質で、動きは地味だが敵の攻撃が全く当たらない。揺れるような少ない動きで、敵の攻撃を紙一重でかわし、モーションの少ない斬撃がシールドの隙を着いて次々に敵の急所に吸い込まれる。

 彼を攻撃しようとした敵は、文字どおり血煙を上げて、その動きを止めた。

 長大な刀を振り回し相手の足元を狙うコーエン兵長、残像が残るほどのスピードで動き回るナザロフ軍曹、舞うような動きで電光のような突きを放つセシルさんにも、近づこうとする敵はいなくなった。

 敵はシールドで防御しながらジリジリと後退し、俺たちは宇宙港の縁に敵を追い詰めた。すでに数名しか残っていない。

〈勝ったか?〉

 宇宙港の縁が近づくと、それまで見えなかった外の景色が見えてきた。

 先程出港した宇宙巡航艦コロラドが、宇宙港を出てすぐのところで強烈な太陽の光に照らされて右舷艦尾をこちらに見せていた。何故かメインエンジンは停止している。

 あれほど美しかった外部装甲は傷だらけで周辺に破片をまき散らしていた。そして、戦意を喪失したかのようにパルスレーザー砲による砲撃をやめている。

 敵の装甲擲弾兵がコロラドから離れ、こちらに向かって飛行してくるのが見えた。

 マズイ、こちらの数的優位が喪われてしまう。敵の装甲擲弾兵は一〇人を超える人数だ。

 おまけに火力は通常の兵隊の比ではない。

 俺たちが追っていた敵特殊部隊の残党は、装甲擲弾兵の庇護を求めるように、推進剤を使用して宇宙港の外に向け飛びあがった。

「反撃に注意しつつ、後退」

 セシルさんの声がヘルメットの中でささやいた。

 これ以上敵を追撃するのは危険すぎる。

 直後、コロラドの右舷中央に巨大な穴が穿たれた。

「なっ!」

 装甲擲弾兵による攻撃ではない。

 もっと大きな、そう戦闘艦艇に装備されている電磁誘導砲のような実体弾による攻撃だ。

 コロラド艦内で爆発が発生し、金属や樹脂の破片、液体や気体を煙のように噴き出しながら、艦体が二つに折れて離れていく。

 どこか遠いところから狙撃したのだろうか? 近くにそれらしい敵艦の姿は見えない。

 素早く視線を巡らせると、豆粒のような大きさに見える細長い小惑星が、向きを変えたように見えた。

「まさか」

 その小惑星はこちらに向かって移動を開始したように見えた。

 どんどん見た目が大きくなってくる。

〈小惑星に偽装した戦艦か?〉

「ショウさん、どうかしましたか?」

 セシルさんの声で我に返った。装甲擲弾兵が接近しているので、ぼうっとしている暇はない。

「すみません! 敵艦を見たような気がして……」

 俺が説明しようとすると敵の特殊部隊は左右に散り、代わりに装甲擲弾兵が前面に出てきた。

「総員、退却!」

 セシルさんの声に合わせ、俺たちは向きを変えて一目散に走りだした。

 俺たちと装甲擲弾兵では火力が違いすぎる。

 近接戦闘ならともかく、距離のある戦闘では万に一つも勝ち目がない。高出力レーザーライフルのエネルギー弾が、はやくも前方の宇宙駆逐艦の残骸にあたって火花を散らした。

「くそっ!」

 ヤンが上体をひねってレーザーガンで応射したが効果があるわけがない。装甲擲弾兵の防御力は装甲車両並みなのだ。

「ぐぉ」

 別の小隊出身の兵士が、着弾の衝撃で弾き跳ぼされた破片にあたり、転倒した。

 磁力靴の加護を失い、身体が床にバウンドして、中空に浮き上がる。

「大丈夫ですか!」

 セシルさんが素早く手を貸し、兵を床に引き戻す。

 背後を見ると、装甲擲弾兵が再度宇宙港に入ってくるところだった。

〈ダメか〉

 俺は装甲擲弾兵による火力が俺たちに集中することを覚悟した。それは死を意味する。

 その瞬間、宇宙港の奥から入り口付近に向かって、パルスレーザー砲による砲撃が猛然と開始された。

 ミサイル迎撃用の低出力の砲だが、装甲擲弾兵を相手にするには十分だ。生き残りの戦闘艦艇はコロラドの他にもいたらしい。

「要塞内部に駆け込みます!」

 セシルさんの声に励まされ、俺たちは退却速度を速めた。

 敵の装甲擲弾兵は俺たちの追跡をあきらめたらしく、背後からの攻撃はなくなっていた。

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