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宇宙要塞アマテラス  作者: 川越トーマ
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ブレインAIインターフェース

「やっぱ、ブレインAIインターフェースはいいよなぁ」

 的確にナザロフ軍曹を支援したメタルクリーチャーの働きを見て、俺は思わずつぶやいた。

 もちろん、アシナ曹長やナザロフ軍曹に聞こえないような小さな声でだ。

 ナザロフ軍曹の剣技は確かに素晴らしいが、メタルクリーチャーの支援が得られれば俺だって少しはという思いがあった。

「どこがいいんだ。あんなもん」

 しかし、俺の横に立っていたヤンは俺と同じくらい小さな声で異を唱えた。

「だって、メタルクリーチャーだけじゃなく、装甲強化宇宙服や無人攻撃機、果ては戦闘用艦艇まで意のままに操れるんだよ」

「そのために病気でもないのに手術して、脳に機械を埋め込むんだぜ」

 ヤンは吐き捨てるように言った。

 ブレインAIインターフェースは、超小型のコンピューターと無線ネットワーク機器、脳にアクセスするためのコネクターを組み合わせた機械で、通常、耳の後ろ側に本体を埋め込み、大脳皮質に微細な配線を張り巡らせる。高度な外科手術が必要で、手のひらに埋め込むICチップとはわけが違う。脳に機械を埋め込まないで脳波を拾う装置もあるが、こちらは複雑な指令を出すことはできず、簡易宇宙服の襟の部分に設置されて、磁力靴や宇宙服の推進装置、ヘルメット内部の通信装置の操作といった用途に用いられていた。アウトプットのみで情報のインプットはできない。

「ブレインAIインターフェースは、病気の予防にも役立つそうだよ。パーキンソン病やアルツハイマー型認知症、それから俺たち兵隊とは切っても切れないPTSD(心的外傷後ストレス障害)とか、脳に関係ある病気ならなんでも。脳内の化学物質を常時モニターして、病気予防のために電気刺激で必要な化学物質の分泌を促すっていう話だ」

「脳内麻薬のベータ-エンドルフィンやドーパミン、幸せホルモンのオキシトシンやセロトニンの分泌を促して感情をコントロールすることも可能らしいな」

 そう言うとヤンは俺の方を見た。視線を感じて俺もヤンを見返す。

「なあ、それって、手術前と手術後、同じ心を持った人間といえるのか? 怒りっぽかった奴が急に穏やかになっちまったりするんだぜ」

 ヤンの視線は俺の心の底を覗くようだった。

「同じ人間に決まってるだろ。精神安定剤を飲む前も飲んだ後も、同じ人間なのと同じじゃないか」

「おめでたい奴だな。コンピューターに心を管理されるんだぜ。薬でコントロールするのとは訳が違うとは思わないか?」

「薬物でコントロールするか、電気刺激でコントロールするかの違いだろ。自分の体内で化学物質を生成する分だけ、副作用も少なくて薬を飲むよりも安全だと思うけど」

 俺は口を尖らせた。俺の憧れを悪しざまに批判するヤンに良い感情は抱けなかった。

「間もなく一分間の休憩を終了する。引き続いてレベルファイブ第三ステージに移行」

 俺とヤンの雑談を遮るように、アシナ曹長の低い声が響き渡った。

 ナザロフ軍曹の表情が引き締まり、今度は三人の装甲擲弾兵の立体映像が出現した。

「まあいい。ブレインAIインターフェースは他の機能もあるよな。そっちは、どう思う?」

 ナザロフ軍曹の方に顔だけ向けながら、ヤンは低い声で話を続けた。

「知識、技能のインストールのこと?」

 俺も声を落とした。

 視界は三人の装甲擲弾兵の間を疾風のように動き回るナザロフ軍曹の姿を収めている。

「ああ、インストールされる知識、技能って、結局、他人の体験や努力だよな」

「ネットの検索機能の延長みたいなものだろ?」

「まったく違うね。例えば、戦闘機の操縦技術で言えば、何千時間も訓練した兵隊の体験そのものをコピーして疑似体験として脳にインストールする仕組みだ。操縦マニュアルを暗記するのとはわけが違う」

 今、俺たちの目の前で、驚異的な動きを見せるナザロフ軍曹も、他人の剣術の技能を自分の頭脳にインストールしたのだろうか。

「しかもだ」

 ヤンは言葉をつづけた。

「開発中の第四世代ブレインAIインターフェースにいたっては、記憶の全てをクラウド上の量子コンピューターにバックアップできるようになるらしい」

「人が永遠の命を手に入れる第一歩だと聞いたけど……手や足と違って唯一替えがきかなかった脳も今後は替えがきくようになるってことだろ?」

 俺がそう言うと、ヤンは深いため息をついた。

「手足を義手にしても人間だけど、脳を人工物にそっくり入れ替えても人間なのか?」

「人間じゃないの?」

「身体がヒューマノイド(人間そっくりのロボット)で、人工知能に死んだ人間の記憶が入っていたとしたら、それは人間か?」

「人間かなぁ……」

「オリジナルの人間が生きていて、バックアップの記憶を持ったヒューマノイドがいたとしたら、そいつは?」

「人間の記憶を持ったヒューマノイドかなぁ」

「おかしいじゃねえか! 今、俺が言った二つのパターンの違いは、オリジナルの人間が生きているか死んでいるかの違いだけだぞ。ヒューマノイドの方は全く同じだ。おめえがいう人間の定義って何なんだ?」

「そう言われても……」

 そんなことを深く考えたことはない。

「ふん。俺様の定義では、脳の記憶や思考をつかさどる部分が人工物に入れ替わった時点で、もうそれは人間じゃねえ。だから俺はブレインAIインターフェースの手術は受けねぇ」

「えっ? それじゃあ下士官になれないよ。メタルクリーチャーや装甲強化宇宙服はブレインAIインターフェースがないと扱えないんだから」

「構わねえよ。俺様は一生、下っ端の兵隊で終わるつもりだ。そして、人間として普通に死ぬ。得体の知れない存在になるなんてまっぴらだ」

 ヤンの横顔からは強い意志が感じられた。

「変わってるな、俺なんかブレインAIインターフェースの手術を受けるお金がなかったから兵隊になったのに。あれさえあれば、どんな知識、技能でも身につけられるんだよ。軍隊で役立つだけじゃなくて、退役後に医者にも弁護士にもなれる。どんな専門知識だって思いのままなんだよ」

「金持ちは知識や技能を金で買って、ブレインAIインターフェースで好き放題インストールしてるからな。まっ、やりたい奴はやればいいんじゃねえの? 俺様はごめんだ」

「貴様ら、何をゴチャゴチャとくっちゃべっておるか!」

 気がつくとアシナ曹長が俺とヤンのすぐ近くに迫っていた。

「ひっ」

 俺は思わず息を呑んだ。

 部屋の反対側から回り込んできたはずなのに、まったく気づかなかった。それだけ会話に集中してしまっていたということだろうか。

「はっ、申し訳ありません!」

 俺とヤンは慌てて姿勢を正し、敬礼した。

「他人が訓練しているときは休憩ではない。他人の動きを学ぶ研鑽の時間だ!」

「サー・イエス・サー」

 やべえ、頑固おやじを怒らせちまったと俺は思った。

「罰として高速スクワット一〇〇回!」

「サー・イエス・サー」

 無重力環境下のスクワットなんか楽勝だと思うかもしれない。

 確かに一G重力下に比べれば楽ちんだ。

 しかし、無重力環境下とはいえ、動き出しと動きを止めるときには力が要る。素早くやる場合は尚更だ。

 最初は余裕だったが二〇回を超える頃には段々と腿に乳酸がたまってきた。スクワットをしながらナザロフ軍曹の方を見ると、三人目の装甲擲弾兵を倒し終わるところだった。

「それまで!」

 3Dホログラムが消え去り、ナザロフ軍曹は大きく息を吐いた。

 最終ステージであるレベル五の第三ステージが終了したが、俺たちは課せられた罰をまだ消化していなかった。時間を無駄にすると曹長の機嫌はさらに悪くなる。

 俺たちは必死でスクワットのペースを上げた。

「曹長、次をお願いします」

 だから、ナザロフ軍曹の発言は素晴らしい助け舟だった。

「今のが、レベル五の最終ステージだが」

 しかし、喜色を浮かべた俺たちと違い、アシナ曹長の表情は厳しい。

「次のステージではなく、次のレベルです」

 ナザロフ軍曹は無表情のまま、アシナ曹長の目を見据えた。アシナ曹長の目が細くなった。

「ほう」

 アシナ曹長の胸の中でどんな感情が蠢いているのかわからなかったが、何故か背筋に寒気を覚えた。

「では、レベルシックスの近接戦闘訓練に移行する」

 俺は今の今までレベル五が一番上だと思っていた。

 訓練メニューとして公表されているのはレベル五までだ。

 最強であるはずの装甲擲弾兵よりも格上の相手とは何だろう。

「はじめ!」

 しかし、アシナ曹長の声を合図に出現した立体映像は、俺たちと同じ通常装備の兵隊だった。メタルクリーチャーさえ従えていない。

「ん?」

 おまけに、その兵隊は肩幅こそ広いものの背はあまり高くなく、長身のナザロフ軍曹よりも頭一つ分くらい低かった。ヘルメットの鉛入りガラス窓を閉めているので顔はよくわからない。腰には日本刀タイプの高周波ブレードを二本差している。刀を抜いて構えるでもなく、両腕を組み、ただ偉そうに立っていた。

「レベル二の間違いじゃねえのか?」

 ヤンが高速スクワットをしながらつぶやいた。まだ、俺たちは罰を終えていない。

 近接戦闘訓練のメニューは、通常レベル一から五までだった。

 レベル一は武装したテロリスト。

 レベル二は一般兵。

 レベル三は小型のメタルクリーチャーを従えた下士官。

 レベル四は大型のメタルクリーチャーを従えた士官。

 そして、レベル五は装甲強化宇宙服を着用した完全武装の装甲擲弾兵だ。

 だから、メタルクリーチャーを従えていない一般兵が登場するのはレベル二のはずだ。

 だが、ナザロフ軍曹から伝わる緊張感は半端ではなかった。

 どうやら、これがレベル六で間違いなさそうだ。

「ハッ!」

 ナザロフ軍曹は遠い間合いから、残像が残るほどのスピードで一気に踏み込んだ。

 双剣が踊り、相手兵士に襲い掛かる。

 相手兵士が揺らいだように見え、軍曹の右手首と頸部に銀光が奔った。

 続いて甲高いアラート音が鳴り響く。

 今日初めてナザロフ軍曹のダメージが判定された。

「勝負あり」

 相手兵士は二本の高周波ブレードを構え、何事もなかったかのように悠然と立っていた。

「くっ」

 ナザロフ軍曹は悔しそうに膝をついた。

 あまりにあっけない幕切れに俺たちも呆然とせざるを得なかった。

 警備隊随一といっていい剣技を誇るナザロフ軍曹が、まるで子供扱いだ。

「スクワットが終わり次第、次はオハラ二等兵」

「サ、サー・イエス・サー」

 意外な訓練の結末に心を奪われていた俺は、思わずどもった。

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