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宇宙要塞アマテラス  作者: 川越トーマ
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近接戦闘訓練

「大規模な太陽フレアのせいで外は嵐になっておる。輸送艦隊の到着が遅れているそうだ」

 古武士のような雰囲気のイゾウ・アシナ曹長が、黒い瞳に強い光を湛え、俺たちの前で日本刀のような高周波ブレードを杖のように床に突き立てた。

 左の腰にはもう一本、日本刀で言うと脇差サイズの高周波ブレードを下げている。

 襟の階級章は俺たちと同じく黒い金属プレートだが、星は銀色で数は三つだ。

 アシナ曹長の声は低音でよく響き、角刈りにした黒髪は硬そうで眉も太い。目が大きく、目力がすごい。背はあまり高くないが肩幅が広く胸板が厚かった。年齢は五〇代後半で、小隊はおろか五〇名を超える宇宙要塞アマテラスの警備隊全体の中でも最古参の下士官だ。剣術に優れるという理由で反物質保管庫の警備を二〇年以上命じられているらしい。

 服装や装備は俺やヤンとほぼ同じだったが、一番の違いは鏡の様に銀色に輝く鳥みたいなものが肩にとまっていることだろう。頭頂部から尾羽までの全長は約五〇センチ、大昔の人間が狩猟に使った鷹と同じような大きさと姿だ。

 こいつは下士官以上に与えられているメタルクリーチャーという名の装備で、偵察、攻撃、防御といった役割をこなす人工知能内臓のロボットだ。操作者の脳に埋め込まれたブレインAIインターフェースで意のままに操ることができる。なかでも鷹そっくりなこのタイプは、メタルホークと呼ばれている。

 俺たちがいたのは、何の調度もない小ぶりの体育館みたいな白い部屋の中央で、照明は青白く冷たい感じだった。ここが俺たち警備隊の近接戦闘用訓練施設だ。

 俺とヤンは、アシナ曹長の前で二人並んで神妙な表情を浮かべ、背筋を伸ばした。

 無重力なので、ふわふわと落ち着きがなく、いい姿勢を保つのが難しい。

「小隊長は新任士官の出迎えに行っており、先に訓練を始めているようにとのことだ」

 アシナ曹長の説明で、非番でもないのに小隊長のレオナルド・コステロ中尉の姿が見えない理由が、ようやく分かった。

「へぇ、あの横着な隊長が珍しいな」

 ヤンの微かなつぶやきに反応して、アシナ曹長の横に立っていたイワン・ナザロフ軍曹がナイフのような視線を俺たちに向けた。

 アシナ曹長は気難しい父親という雰囲気だが、ナザロフ軍曹はとにかく怖い。無口で冷たい雰囲気だ。プラチナブロンドをオールバックにした痩せ型の長身で、年齢は三〇歳。肩の上ではアシナ曹長のものよりも若干小型の鳥型ロボットが周囲に睨みを利かせていた。烏によく似たメタルクロウと呼ばれるタイプのメタルクリーチャーだ。階級章は黒いプレートに銀の星が二つ輝いている。

 俺は無駄口の多いヤンに辟易しながらも、『横着な隊長』という発言内容には心の中で同意した。

 俺たち宇宙要塞アマテラス第一警備小隊の隊長は、肥満気味のスキンヘッドの巨漢で、部下に対してとても高圧的だ。自分よりも階級が下の若手士官の出迎えに、わざわざ自分で行くようなタイプではない。俺たちの誰かに出迎えを命じそうなものだ。

「では近接戦闘訓練を開始する。想定はいつも通り反物質保管庫前。まず軍曹から。レベルファイブの第二ステージだ」

 俺たちの疑問が解消されないまま、いつも通りの訓練が始まった。

 俺とヤンはキビキビと回れ右をすると壁際に向かって小走りに移動した。

 磁力靴はペタペタとした嫌な感触だ。音も硬く、気になる。

 壁際に到着して回れ右をすると、アシナ曹長はすでに俺たちとは反対側の壁際に移動していた。そんな素振りは見えなかったのに身のこなしが妙に素早い。

 ナザロフ軍曹はヘルメットを被ると、両足を軽く肩幅に開き、膝を軽く緩めた。

 両手は腰の脇に下ろして軽く掌を開いている。

 視界が悪くなるので宇宙空間に出るとき以外、ヘルメットに内蔵された鉛入りのガラス窓は閉めない。頬はガードされるが、目、鼻、口はT字形に露出している。

 肩のメタルクロウは翼を広げ、銀光を煌めかせながら力強く羽ばたいて上空へと飛び去った。翼を広げた大きさは一メートルを優に超えている。重力がないので羽ばたきはせず優雅に滑空している。

「はじめ!」

 アシナ曹長の声が響き、ナザロフ軍曹の目の前に装甲擲弾兵が二人、突然姿を現した。

 ずんぐりしたロボットの様なフォルムで、身体全体が超硬合金の分厚い装甲で覆われている。

 パワーアシスト機能を有し、装甲車を片手で持ち上げることもできるらしい。

 可動式外部カメラのせいで頭部はカエルのようだ。

 ボディ全体は電波吸収塗料で暗灰色に塗装されている。

 右肩に筒型の小型ミサイル発射装置を装備し、両手で丸太のような高出力レーザーライフルを抱えている。両方とも、小型艦艇の装甲すら破壊可能な強力な火器だ。

 装甲擲弾兵は二体とも本物そっくりだったが、実はレーザー光を利用した立体映像だった。

 俺が立体映像の装甲擲弾兵に注意を向けている間に、ナザロフ軍曹は残像を残し、間合いを詰めていた。無重力下にありがちな緩慢な動きではない。

 すでに両手に諸刃の剣を握り、攻撃態勢だ。

 剣は二本とも刃渡り五〇センチの洋剣で、柄は短く、片手で操ることを想定している。

 相手はレーザーライフルの銃口をナザロフ軍曹に向けたが、軍曹は狙いが定まる前にライフルを剣で斬り付けた。レーザーライフル下部のエネルギー供給装置が破壊される。

 人工知能がダメージを判定し、レーザーライフルは赤い光に包まれた。使用不能の表示だ。

 続いて軍曹はレーザーライフルを握る敵の腋の下に右の剣を突き入れた。

 そこは、装甲の薄い場所だ。

 装甲擲弾兵は死亡判定を下され、赤い光に包まれて膝をつく。

 ナザロフ軍曹は膝をついた装甲擲弾兵を盾にし、もう一人の装甲擲弾兵に襲い掛かった。

 低い姿勢で膝関節の裏を瞬時に切り裂く。

 相手は体勢を崩しながらも銃口をナザロフ軍曹に向けようとしたが、鏡の様なメタルクロウが急降下してきた。

 両足の爪が銃口をそらし、爪の先に装備されたレーザーメスでライフルを切り裂く。

 人工知能のダメージ判定が行われ、ライフルは赤い光に包まれた。

 メタルクロウを払いのけようともがく装甲擲弾兵のスキをつき、ナザロフ軍曹が胸部装甲の隙間に高周波ブレードを突き入れる。

 赤い光が装甲擲弾兵を覆い、動きがとまった。

 そして、リアルな立体映像は、かき消すように消滅した。

 ナザロフ軍曹は歩兵としては最高の火力と防御力を誇る装甲擲弾兵を難なく二人片づけだが、並外れたスピードと正確さがなければ、こうはいかない。警備部隊全体を見回しても、彼ほどの剣士はいないだろう。

 訓練用のバーチャル映像は、軍用ヘルメットのヘッドマウントディスプレイに投影して本人だけに見えるようにすることもできたが、うちの部隊では優れたお手本から学ぶため、あえて他人からも見えるような立体映像を使用していた。

「勝負あり。一分間の休憩の後、次のステージに移行」

 アシナ曹長が声を響かせると、ナザロフ軍曹は姿勢を正し、大きな息を吐いた。

 高周波ブレードを使用した近接戦闘訓練に、ここまで時間をかけるのは、我が軍でも宇宙要塞アマテラス配属の警備部隊だけかもしれない。通常の部隊が力を入れるのは射撃訓練だ。

 我々の一番の任務は、敵から反物質製造工場と貯蔵されている反物質を守ることだった。

 反物質は通常物質に触れると対消滅を起こし、その反物質と同質量の通常物質のすべてがエネルギーに変換される。エネルギー効率は核融合の一〇〇倍らしい。

 元々反物質は、太陽系を離れて遥か深宇宙を旅する太陽系外探査船の燃料として製造されていたが今は戦時下だ。核兵器を超える大量破壊兵器として使用される恐れが十分にあった。

 現在、この宇宙要塞に備蓄されている反物質は、地球や火星を破滅に追いやるに十分な量があるらしい。我が軍は今のところ、この反物質を惑星間弾道弾の弾頭に使用する気はなかったが(少なくとも俺はそう信じている)、地球連邦と敵対している火星の奴らが手に入れたら何をしでかすかわからない。そこで俺たちがこうして守っているわけだ。

 反物資は磁界の中に封じ込めて、通常物質(当然、空気もだ)に触れて爆発しないように、細心の注意を払っている。まかり間違って保管容器に傷がついて気密が破れたり、電源供給が途絶えて磁界発生装置が停止してしまったりしたら、宇宙要塞アマテラスなど、きれいさっぱり消滅してしまうだろう。

 そのため、俺たちは流れ弾で予期せぬ損害を発生させる恐れのある射撃ではなく、剣術を重視しているというわけだ。

 反物質保管庫の近くでは高出力レーザーライフルなどの火器が使用厳禁となっており、頭のイカれた自殺志願者か、よほどのバカでもない限り、敵であっても、このルールは遵守するものと俺は思っている。

 ちなみに反物質製造工場があるのは、太陽を挟んで地球と反対側のラグランジュポイントにある宇宙要塞アマテラスだけだ。その理由は不測の事態が発生したとしても地球に被害が及ばないようにするためだと聞いている。

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