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宇宙要塞アマテラス  作者: 川越トーマ
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朝の会話

 青白く硬質な照明のもと、白い廊下に一人佇んでいた俺はエレベータを呼ぶため、胸の高さに設置された黒いガラスの操作盤に掌をかざした。

 親指と人差し指の間に埋め込まれたICチップに反応して、操作盤の内側で青い光が踊る。

 この個人認証システムは導入当初は評判が悪かったそうだ。生産管理下の牛や豚じゃあるまいしというわけだ。

 しかし、こいつのおかげで軍施設内で鍵も現金も持ち歩く必要がなくなった。

 入退室管理だけでなく、売店や食堂で電子マネーの機能も果たしてくれるのだ。便利なので、今となっては文句を言う奴は誰もいない。

 ICチップで解錠されてエレベータの薄汚れた鈍い銀色の扉が開くと、鏡張りのエレベータの内壁に映る自分と目が合った。

 鏡の中の俺はネイビーブルーを基調にした地球連邦宇宙軍の軍服姿だった。

 軍服は身体にフィットした動きやすいもので、実戦を想定した簡易宇宙服を兼ねており、カーボンナノチューブ、磁性流体、セラミックプレートの複合装甲だった。

 気密が確保されるほか、防寒、耐熱の機能を有し、そのうえ、チャチな刃物や拳銃弾は受け付けない防刃、防弾機能も併せ持っていた。

 特に、硬くて分厚いセラミックプレートの部分はレーザーガンの熱線を防ぐことすら可能だ。

 しかし、重量がかさみ柔軟性がないので、使われているのは胸郭と肩の部分だけに限られる。

 セラミックプレートのおかげで、シルエットは少しスリムなアメフトの選手みたいだ。

 首の部分はヘルメットを装着した際、気密を確保できるようなつくりの詰襟で、小さな階級章がついている。俺の階級章は金属製で黒い長方形に青い星がひとつ。軍隊で最も下の階級である二等兵であることを表していた。

 軍服をデザインする上でのコンセプトは『高潔にして強靭』だったらしいが、鏡の中の俺はというと、寝ぐせのついた黒髪、眠そうなまなざし、緩んだ口元、疲れたように丸まった背中で、せっかくのコンセプトが台無しになっている。

 鏡を見てマズイと思った俺は、緩んだ表情を慌てて引き締め、寝ぐせのついた前髪を手でかき上げた。

 左手に抱えたヘッドマウントディスプレイ付きの軍用ヘルメットを胸の横に押し付け、薄いリュックの様な推進装置を装備した背中も棒を押し当てたようにシャキッと伸ばす。

 中肉中背だが筋肉質の体型なので、表情と姿勢さえ気をつければ俺も捨てたもんじゃない。たちまちにして凛々しい兵隊さんが出来上がった。

 武人のくせに優しそうな眼もとのせいで、どうしても純朴で穏やかな雰囲気が漂ってしまうが、それは勘弁してもらおう。

 左の腰に差した日本刀を模した高周波ブレード、右の腰に下げた拳銃型パルスレーザーガンの艶消しブラックが質実剛健な感じを醸し出しているので、弱そうには見えないはずだ。

 ちなみに、高周波ブレードはタングステン・カーバイドを材料にした超硬合金製の刀剣に高周波発生装置を組み合わせて切れ味を格段に向上させた武具で、軽車両のボディなら苦もなく切り裂くことができた。

「何、鏡見て格好つけてんだ。ショウ・オハラ二等兵」

 背後から俺のよく知る声が聞こえてきた。

 声自体は透明感のあるイケメンボイスだったが、発言内容は酷いものだ。

「単なる身だしなみのチェックだよ、悪かったな」

 俺は、俺の後を追うようにストレッチャー対応のエレベーターに入ってきたヤン・ルキアの漆黒の顔を鏡越しに睨みつけた。

 同じ軍服姿で、襟の階級章は俺と同じく黒いプレートに青い星が一つ。

 彼は俺より頭一つ分背が高く手足が長かった。しかし、えらく痩せており、体重は俺と大して違わないだろう。

 腰に差した日本刀を模した高周波ブレードは、身長を生かして俺のものよりもだいぶ長い。刃渡り一メートルを超えているかもしれない。俺だったら鞘から抜くことすら困難だろう。

 ネグロイド系の特徴が顕著な男で、短く刈った髪の毛は縮れている。目が細く鼻筋が通り頬はこけており、朗らかさとは無縁の哲学者のような気難しい雰囲気を漂わせていた。

「はん、それくらい宿舎を出る前に済ませとけよ……最上階へ」

 ヤンは、いつものように軽く俺に悪態をつくと、涼しげな声でエレベーターに話しかけた。

「かしこまりました」

 エレベーターの人工知能は優し気な女性の声でヤンに応えると、扉を閉め上昇を開始する。エレベーターの乗客は俺とヤンの二人だけだ。

 一瞬、加速により体重が重くなったように感じたが、本当に一瞬のことで、上昇しているのに次第に落下していくような不快な感覚に苛まれるようになった。

 それというのもエレベーターが、一Gで調整された居住区から人工重力の働かないエリアへと向かっているからだ。

 ここは、地球から遠く離れた宇宙空間に設置された宇宙要塞アマテラスだ。

 アマテラスは地球の公転軌道上、太陽を挟んでちょうど地球の反対側に設置されている。

 直径一キロに及ぶ巨大な車輪を二つ、車軸でつないだような形状で、車輪を回転させることで、車輪の内側あたる部分に人工重力を生じせしめていた。

 ちなみに、片方の車輪は俺たちの住む居住区だが、もう片方の車輪は粒子加速器で、反物質製造工場として機能している。

「新しい小隊副官、どんな人かな」

 俺はいつものように気軽にヤンに話しかけた。

「また、士官学校出たての若い人だろ。前任者同様、まともな人だといいな」

「そう言えば、キーン准尉の見送りに行かなくてよかったのかな」

 俺は、本日宇宙港に到着予定の宇宙輸送艦に乗って、他の軍事拠点に異動してしまう小隊副官のことを話題にした。

 トマス・キーン准尉は士官学校を出て配属一カ所目の若い男性士官だった。

 砂色の髪をクルーカットにしたコーカソイド系のマッチョなイケメンで、真面目で爽やか、面倒見がよくて新兵だった俺たちはいろいろとお世話になった。

「キーン准尉じゃなくて、昇進してキーン少尉な。ちゃんと送別会もやったし見送りには非番のコーエン兵長が行ってるからいいんじゃね? 俺らが行ったら逆に邪魔だろ」

「えっ? 何で」

 俺は、ラニア・コーエン兵長の切れ長の目と鳶色の瞳、癖のないブルネットのショートヘアを思い出した。背が高く目鼻立ちは整っているので、黙っていれば目力の強い美人モデルのような人だ。

 しかし、豪放磊落な性格で過酷なトレーニングや困難な業務を好み、「刺激が足りねえ」が口癖だった。後輩としては迷惑この上ない。ひょっとしたら過酷な状況に置かれると分泌される脳内麻薬のエンドルフィン中毒かもしれない。

「何でって……だから、朴念仁だっつうんだよ。観察力が低いな、おめえわ」

 ヤンは、その細い目に意味ありげな笑みを浮かべた。

「……えっ、そういうことなの?」

 ヤンの言わんとしていることにようやく気が付いた。

 イケメンに美人で、確かに見た目はお似合いかもしれないが、二人が甘い言葉を交わす姿はまったく想像できない。俺には、二人が筋トレの方法について会話していた姿しか記憶にない。

「おうよ、多分、小隊で気がついていないのは、おめえとコーエン兵長の二人だけだろうな」

「俺はともかく当事者が気づいてないってどうなの?」

 キーン少尉の片想いということか。

「そこがおもしれえんじゃねえか。コーエン兵長の脳みそは思春期前の男子と同程度だからな、キーン少尉の猛アタックを受けてどんなリアクションするんだか想像するだけで笑える」

 ヤンは意地の悪そうな含み笑いをした。

「するかな。アタック」

「するだろ。職場内恋愛は御法度だが、職場が変われば交際OKだしな。キーン少尉の異動先、宇宙要塞アポロンは地球防衛の最前線基地だ。ここと違って、いつ火星の奴らとの戦闘で命を落とすか分からねえ。だから後悔したくはねえはずだ。まあ、連絡を取ると言っても、こっちから見ると太陽と月の向こう側で、直線距離にして三億キロを超える超遠距離恋愛だ。通信手段も軍用のレーザー通信しかないし、どうすんだろうな。メッセージを送るにしても当局の検閲付きじゃ迂闊なことは書けないだろうし」

 宇宙要塞であるアマテラスもアポロンも、太陽と地球が形成する重力均衡点ラグランジュポイントに設置されていた。

 アマテラスは地球から見て太陽の反対側の公転軌道上、アポロンは太陽から見て地球の向こう側一五〇万キロの空間点に位置する。アマテラスとアポロンは、太陽と地球が形成する五つのラグランジュポイントに設置された宇宙要塞としては最も遠い間柄で、何か月も旅しないと、たどり着くことができない。

 それにしても、他人事なのにヤンは本当に愉快そうだ。

 ヤンの頭の中ではキーン少尉が告白して交際がスタートするという前提で話が進んでいるようだが、俺としては、うまく話が進むとは到底思えない。

 もっとも、俺自身、恋愛経験が極めて乏しく、まともに女の子と付き合ったことがないので、この件に関しては、俺はコメントできる資格も能力もなかった。

「着いたな」

 俺とヤンが、そんな与太話をしているうちに、エレベーターは目的の最上階に着いた。

 扉が開くとエレベーター前は乳白色の巨大な吹き抜けのホールだった。高さ一〇〇メートルはあるだろうか。円筒形の内側につくられた空間なので遠くの床がせりあがって見える。ホールの幅は五〇メートルほどだ。

 空中には、宇宙港の様子をリアルタイムで提供している空間投影スクリーンが浮かんでいて、停泊中の戦闘用宇宙船が様々な角度で映し出されていた。

 宇宙要塞アマテラスには合計二〇隻の駐留艦隊が配属されているが、常時半数は周辺の宇宙空間をパトロールしている。

「補給艦隊は、まだ到着してないみたいだ」

 大型回遊魚のようなフォルムの宇宙巡航艦と、宇宙駆逐艦を眺めていた俺は、宇宙港に停泊しているのが非番の第二パトロール艦隊だけだということに気がついた。駆逐艦の数が少ないし、何より飛行船のようなフォルムの輸送艦の姿が見えない。

「時間にうるさい我が軍にしては珍しいな。大規模な太陽フレアでも発生してんのか?」

 ヤンは、あまり興味なさそうにつぶやいた。

 太陽は常に一定のエネルギーを周囲に提供し続けているわけではない。活動が活発になることもあれば、衰退することもある。

 太陽フレアは、多くのエックス線、ガンマ線、高エネルギー荷電粒子と衝撃波を周囲にまき散らし、宇宙船の電子機器と内部の人間を危険に晒す。

 当然、惑星間を航行する宇宙船は、そうした状況に備え、電磁シールドを展開し、隔壁内部に放射線防護力の高い鉛の層を用意したりもしているが、宇宙船の電子機器や通信設備に一時的にとはいえ、障害が発生する場合もあった。

「さ、いくぞ」

 なかなか動き出そうとしない俺に業を煮やして、ヤンは宇宙港とは反対側に設置されている警備隊の訓練施設へと足を向けた。

 俺はと言うと、宇宙港に停泊している宇宙巡航艦に心魅かれ、じっと見つめていた。

 紡錘形のフォルムにハリネズミのように配置された旋回式の高出力レーザー砲。艦首には艦全体の長さを使って加速距離を稼ぐ電磁誘導砲の砲口が見える。強力な火器を身に纏った我が軍の力の象徴だ。

 その姿に俺は憧れを抱き、いつか乗ってみたいと思っていた。

 しかし、残念なことに下級兵士の俺には大型の戦闘艦艇に乗る資格がない。

 戦闘艦艇を操るのは士官の連中で、拠点制圧任務のために戦闘艦艇に同乗する装甲擲弾兵は下士官以上があてられる。だから一般兵の俺は、まず下士官に出世しないと、憧れの艦隊勤務に就くことができないのだ。

「おい、早くしろよ」

 宇宙巡航艦を見入っていた俺に、ヤンが振り返って声をかけた。声が多少イラついている。

「今、行く」

 俺は、名残惜しい気持ちを押し殺して空間投影スクリーンに背を向けた。

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