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宇宙要塞アマテラス  作者: 川越トーマ
19/20

見舞い

「気がついたか」

 どこかぶっきらぼうで突き放すような印象の声だ。

 残念なことに、意識を取り戻して最初に目にしたのはヤン・ルキアの漆黒の顔だった。

 えらく痩せており、目が細く、鼻筋が通り、辛気臭い哲学者のような雰囲気を漂わせている。

 身に着けているのは、見慣れた青い簡易宇宙服だ。

「ここは?」

 見覚えのない白い壁、白い天井で、俺は白いシーツに包まれた清潔なベッドに身を横たえていた。身体には心地よい重さの白いカバーに包まれた毛布がかかっている。

 重力がある。ということは居住区らしい。窓の外の明るさから判断すると設定は昼頃だろうか。

「医療センターだよ」

 そうか、敵のレーザーライフルで身体のあちこちを焼かれたんだった……

「敵は!」

 俺は毛布を跳ねのけて身体を起こした。

「うっ」

 急激な動きに悲鳴を上げるように、左の脇腹と左の二の腕に激痛が走った。

「白兵戦部隊は、俺たちがみんな片づけただろうが」

 ヤンが訝しげに眉をひそめた。

「そうじゃない。例の小惑星に偽装した特務艦だよ。戻ってきそうか?」

 俺は痛みを押し殺しながら、ヤンに顔を向ける。

「ああ、あいつらな。今朝方頑張って、ケープタウンが発射したミサイルに追いついたけど、そいつを回収した後、俺たちからは遠ざかっている。戻ってくる気配はない。多分、あきらめたんだろう」

 ヤンの表情は明るかった。

「そうか、よかった」

 俺は、小さく息を吐いた。

「ん?」

 身体が、軽く優しい肌触りの布に包まれていることに気が付いた。

 ごわごわした青い簡易宇宙服ではなく、水色のパジャマのようなものを着ている。

「えっ、えっ?」

 白いカバーに包まれた毛布をめくって下着を確かめると、簡易宇宙服の下に着用していた白の使い捨てパンツ(いわゆる紙おむつ)ではなく、紺色のトランクスになっていた。自分で着替えた記憶はない。

「どうした?」

 ヤンが怪訝な表情をしている。

「ケープタウンは予定通り、宇宙要塞マリナに向かったんだよな」

「ああ」

 医療スタッフは、ほぼ全員が輸送艦ケープタウンに乗って宇宙要塞アマテラスを退去している。となると、俺を全裸にして着替えさせたのは……

「俺を着替えさせたのは、ヤンとアシナ曹長?」

 それは、あくまで希望的観測だった。

「アシナ曹長がやるわけねえだろ」

「じゃあ、ヤンが……」

「着替えを担当したのは、ドクター・ホフマンと、コーエン兵長と、ミュラー准尉だ」

 最悪だ。

 俺は後頭部に熱したアイロンを押し当てられているような気分になった。

「治療に必要だったから、お前が気を失った後、ドクター・ホフマンが、すぐにその場で裸に剥くように指示したんだ。二の腕と脇腹はほとんど消し炭だったぞ。細胞再生シートを貼ってるけど、跡が残るかもしれないと、ドクターが言ってた」

 ヤンは丁寧に俺のやけどの状況を説明してくれたが、俺の興味は別の場所に釘付けになっていた。

「治療に宇宙服が邪魔だったのはわかるけど、パンツまで脱がせる必要はないよね!」

 俺は真顔でヤンを問い詰めた。彼が悪いわけではないのに。

「あぁ? おむつのことか? 不潔だから、清潔なものと交換しなさいとドクターが指示してな。ミュラー准尉が古いのを脱がせて、コーエン兵長が新しいのを穿かせてた」

〈何も、そんなメンバーでやらなくても。お前がやれよ、ヤン!〉

 俺は心の中で叫んだ。

「あれ、面白い顔色してんなぁ。そう言えば、コーエン兵長が言ってたぞ」

「何を?」

「オハラって、意外と……」

 ヤンは、コーエン兵長の口ぶりをまねると、意味ありげに沈黙してみせた。

〈意外と何!〉

「気がついたようだね」

 俺とヤンの騒ぎに気付いて、フランカ・ホフマン中尉が現れた。

 小柄で、幼い少女のような雰囲気を身にまとっている。

 この人にも、俺の全裸を見られたのかと思うと、恥ずかしくて顔から火が出そうだ。

「あれ、顔が赤いね。熱でも出たのかな」

「いえ、大丈夫です。問題ありません!」

「ふ~ん」

 俺が慌てて否定するのを受けて、ホフマン中尉は、訝しげに眉を曇らせた。

 俺の目から下に向けて視線を動かしている。

〈あんまり見ないで欲しい〉

「怖いのは感染症だからね。清潔を心がけて食事と睡眠で免疫力を高めるのが君の仕事だよ。食事を用意するから、残さず食べてね」

「わかりました!」

 声が裏返ってしまった。

 ホフマン中尉はうなづくと、俺に背中を向けて離れていった。

 きっと、食事を持ってきてくれるのだろう。

「いやぁ、予想以上に楽しませてくれるね」

 ヤンは、その気難しそうな顔を奇妙に歪めた。笑いを押し殺しているのだ。

 どうも、俺はヤンにからかわれているらしい。

「なんで、よりによって最初の見舞客がヤンなんだよ!」

 俺は、漆黒の顔を睨みつけて毒づいた。

「ミュラー准尉の方がよかったか?」

「へっ?」

 図星だ。

「お前、ミュラー准尉に気があるだろ」

「えっ、えっ、なんで?」

 何だ、こいつ、超能力者か?

「お前は感情がすぐ顔に出るからなぁ。まあ、それがお前の良いところでもあり、信用できるところなんだが」

 ヤンは、そこまで言うと急に皮肉な笑みを収めて真顔になった。

「人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえというが、友人として忠告する。彼女はやめておけ」

 俺は思わずため息をついた。

「同じ部隊の上官だからな」

 わが組織の不文律だ。

 同じ職場の色恋沙汰は禁止。発覚すれば、良くて違う職場に異動(その多くは左遷)、悪くて懲戒処分だ。だからトマス・キーン少尉は人事異動の日までコーエン兵長に告白しなかった。

 しかし、ヤンは俺の発言に首を横に振った。

「いや、違う。彼女が人間ではないからだ」

「人間だろ!」

 正直ムッとした。何を言っているんだこいつは!

「ネットワーク障害が発生した時に分かっただろ。彼女はコンピューターネットワークシステムの一部だ。ああいう存在を人間とは言わない」

 ヤンの目は悲しそうだった。俺を哀れんでいるようにも見える。

 そう言えば、こいつの持論は『脳を機械で置き換えた人間は、もはや人間ではない』だった。

 通常のブレインAIインターフェースさえ快く思っていないのに、セシルさんが装備している第四世代のブレインAIインターフェースは、記憶の一部まで機械で置き換えている。

 しかも、記憶を保存している機械は身体の中にはなくてクラウド上の量子コンピューターだ。コンピューターネットワークを使って、必要に応じて情報を呼び出し、保存するという形態をとっている。

 確かに、セシルさんがネットワーク障害の影響で俺のことを忘れてしまったのは、とてもショックだった。

 でも、失われた身体の機能を機械で置き換えるなんて普通に行われていることだ。それが、たまたま脳であったというだけで、人間じゃないとカテゴライズするのは酷すぎる。

「今なら、間に合う。たいして傷つくこともないだろう」

 ヤンの声は意外に優しかった。どうやら本当に俺のことを心配してくれているらしい。

 だが大きなお世話だ。

「ありがとう。でも、たとえ身体の一部が機械でも、それが脳の機能であったとしても、心があればそれは人間だと俺は思う」

 俺は、俺の思うところを口にした。

 そう、あの優しくて、気高くて、頑張り屋のセシルさんが、人間じゃないなんてことは断じてない。彼女は誰よりも人間らしい人間で、俺の憧れの上司だ。

 俺は熱を込めて断言すると、俺の目を見つめていたヤンは大きなため息をついた。

「まあ、考え方は人それぞれだからな」

 ヤンが諦めたようにつぶやくと、ちょうど食事のトレイを掲げたホフマン中尉が戻ってきた。


 ヤンが帰って少し時間がたち、俺は空腹が満たされたこともあってベッドの中でまどろんでいた。

『パーシモンていうんです。私のメタルクリーチャーの名前です。名前がないと不便でしょ』

 まどろみの中に現れたセシルさんは、可憐で、優しい笑顔を浮かべていた。

『いいんですよ、セシルさんで。あなたのフルネームは?』

 セシルさんは、俺だけを見て話しかけてくれていた。

 周囲は美しい白い街並みだった。他に誰も歩いていない。 

『じゃあ、ショウさんですね』

 甘美な夢が永遠に続いて欲しい。そう思った。

「おう、元気か」

 しかし、ハスキーな声が全てをぶち壊した。

 声の主は我が小隊の『ガサツ』代表、ラニア・コーエン兵長だった。黙っていれば、相当な美人なのに残念だ。

 ふと、俺の下着を着替えさせてくれた話を思い出し、顔が熱くなった。

『オハラって、意外と……』

 意外と何ですか! と現物のコーエン兵長に向けて叫びそうになり、俺は慌てて、心を落ち着かせた。

 そんなことを急に口走ったら、『おかしな人』認定されてしまう。

 だから俺は平静を装い、口に出してはこう言った。

「はい、おかげさまで」

 完ぺきな演技だ。鈍いコーエン兵長は何も気づかないだろう。

「今回の戦働きで、なんか、軍の方でご褒美をくれるらしいぜ」

 案の定、コーエン兵長は何も気づかなかったようだ。彼女はベッド脇のスツールに腰かけると、長い脚を組んで寛いだ様子を見せた。

「勲章かなんかですかね」

 ご褒美といっても、どうせそんなものだろう。

「う~ん、つまんねえな」

 ヤンと違って、俺はあまり、コーエン兵長と無駄話をしたことがなかったが、話してみると意外と気楽だ。何せ裏表がないので、腹の中を探らないで済む。

「兵長だったら、何が欲しいですか?」

「特に欲しいものもねぇなぁ」

 意外というか、やっぱりというか、とても無欲だ。

 せいぜい、新しい高周波ブレードとか、新作のプロテイン飲料程度かなと予想していたが、その手のものにすら興味はないらしい。

「じゃあ、なんでも望みがかなうとしたら?」

「望みかぁ……」

 ある意味、子供っぽい無防備な思案顔を見ていたら、急にからかいたくなってきた。

「異動希望なんかどうです?」

「はぁ?」

 意味が分からないと、その鳶色の瞳は訴えた。

「異動先は宇宙要塞マリナ、キーン少尉とは別の部隊が良いと思いますよ」

 この条件なら、休みの予定が合えば、公然とデートすることができる。

「あ、な、何言ってんだ、おまえ! オレはもう帰るぞ、忙しいからな」

 予想以上に面白いリアクションだった。

 色白でショートカットのコーエン兵長は耳まで真っ赤にして、そそくさと病室を出て行った。


 人工天体の内部なので、太陽が街を照らしているわけではない。

 しかし、二十四時間同じ明るさの人工照明にしてしまうと、体内時計がおかしくなって睡眠障害を引き起こす恐れがあるそうだ。

 そこで、時刻に合わせて青空や星空が、チューブ型の天井に投影される。

 今は夕方の設定らしく、窓の外が茜色に色づいていた。

「だいぶ良くなったみたいだな」

 病室に現れたのはアシナ曹長だった。

 肩幅が広く、筋肉質で、威厳に満ち溢れているため、普段、実際の身長以上に大きく見えていたが、この時は何か疲れたようで急に萎んでしまっているような印象を受けた。

 肩にとまっているメタルホークが重そうだ。

「おかげさまで!」

 さすがにベッドから降りて敬礼するのも変なので、身体を起こし背筋を伸ばすにとどめた。

「そいつはよかった」

 曹長は小さなため息をつきながらベッド脇のスツールに腰かけ、背中を丸めた。どう見ても元気がない。急に老け込んでしまったようにも見える。

「どこか、お加減が悪いんですか?」

 これでは、どちらがお見舞いを受けているのかわからない。

「俺は、こう見えてというか、この通りというか、未婚でな」

 太い眉の下の大きな目が光を失っていた。

 曹長の発言に、どう反応していいかわからない。下手に肯定するわけにもいかないだろうし。

「結婚はあきらめているんだが、後継者は欲しかったんだよ」

「後継者、ですか?」

 突然、身の上話を始めた曹長に俺は戸惑った。今までこんな話をされたことがない。

 俺のリアクションに、アシナ曹長は小さくうなづいた。

「ああ、二刀流剣技の後継者だ」

 肩のメタルホークがバランスを取るように小さく羽ばたいた。

「俺の知識、技量、経験をブレインAIインターフェースのコンテンツに落とし込んだんだが、誰もものにできなくてな」

 頭の中に、コーエン兵長とヤンの会話が蘇った。

 倒せば我が軍の白兵戦最強の称号を得ることができる『剣豪』

「もしかして、レベル六のあの訓練相手のモデルは……」

 俺が目にしたバーチャル兵士の体格は、肩幅が広く筋肉質で、確かにアシナ曹長によく似ていた。

「そう、自分だ。全盛期のな」

 誇らしげではなく、苦々し気というか悲し気というか、そういう負の感情が表情に滲む。

「最後の希望が、ナザロフだったんだが……」

 敵と戦うアシナ曹長とナザロフ軍曹は、使用する武器に剣と日本刀という違いがあるものの剣技についてはそっくりだった。きっと、ナザロフ軍曹はアシナ曹長の剣技のコンテンツをインストルールして訓練に励んできたのだろう。

 そして、最近、ようやくオリジナルと同等の能力を獲得できたと自信をつけ、例のレベル六のバーチャル兵士に挑んだのだ。

 しかし、まるで歯が立たなかった。

「俺の後継者は、どうやらヒューマノイドということになりそうだ」

 アシナ曹長は俺に目を合わせることなく、自嘲気味につぶやいた。

 考え方はいろいろあると思うが、アシナ曹長はブレインAIインターフェースのような機械の助けを借りたとしても、自分の後継者は人間であって欲しいと願っているようだ。

 ナザロフ軍曹が敵に殺された時、俺もショックを受けたが、アシナ曹長の悲しみは俺の比ではなかったように見えた。きっと、曹長にとって、ナザロフ軍曹の死は、息子を失ったような悲しみだったのだろう。

「曹長」

「ん、なんだ?」

 アシナ曹長が顔を上げ、太い眉の下の大きな目が俺の目を捉えた。

 肩のメタルホークも俺に視線を向ける。

「軍曹には遠く及びませんが、俺にも二刀流を教えてください」

 本当に遠く及ばない。何年修行しても到達できないかもしれない。

 それでも、俺は少しでも、この父親のような雰囲気を漂わせるアシナ曹長の力になりたいと思っていた。

「ありがとうよ」

 アシナ曹長は、力のない笑顔を浮かべた。

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