決着
『宇宙要塞の守備兵に告げる。これ以上抵抗するのであれば、輸送艦の乗員・乗客を順次処刑する。おとなしく反物質を引き渡せ』
「はぁ?」
俺たちが勝利の美酒に酔っていると、突然、無粋な通信がヘルメットの中から聞こえてきた。
ネットワーク障害が回復し、通信装置が復活したのを活用して、奴らは、この期に及んで、まだ悪あがきをするつもりらしい。おまけに人質を使った脅迫。心底胸糞が悪かった。
ヤンの不快そうなリアクションも納得だ。
「敵は、どこに?」
ブルドックのような下士官が、眉間にしわを寄せながら、セシルさんに視線を送った。
「敵は、宇宙港を出て、輸送艦ケープタウンに戻ろうとしています」
セシルさんはそう言いながら、宇宙要塞の外部に設けられた光学カメラの映像を赤外線センサーで補正処理し、空間投影モニターに映し出した。
漆黒の宇宙空間を飛行している装甲擲弾兵と特殊部隊の兵士がぼんやりとした白い姿で確認できる。
「ふざけた奴らだ! 追いかけて、ぶっ殺そうぜ!」
コーエン兵長のうなり声が、ヘルメットの通信装置経由で聞こえてきた。
『いや、それには及ばない』
聞き覚えのある爽やかな声がヘルメットの中で響いた。
それと同時に、宇宙輸送艦ケープタウンのパルスレーザー砲が火を噴き、帰還途中の装甲擲弾兵二体に命中した。装甲車両並みの装甲を誇る彼らも、艦砲射撃の直撃には対抗することができず、宇宙の塵と化した。
想定外の事態に慌てふためいた敵兵は、まっすぐケープタウンに向かうことをやめ、回避運動を開始する。そうなると、的が小さいので、なかなか攻撃も命中しなくなる。
『何をする! 気でも狂ったのか!』
敵の特殊部隊の指揮官と思われる声が叫んだ。
みっともないくらい声が上ずっている。
『正常だよ。お前らは俺たちの敵だからな』
やはりキーン少尉の声だった。
パルスレーザーの火線は、執拗に敵兵を狙い続けている。
また、一名、装甲擲弾兵が粉砕された。
『守備兵はどうした! 応答しろ!』
敵の指揮官が話しかけていたのはキーン少尉ではなく、自分たちが宇宙輸送艦ケープタウンに残した留守部隊らしい。
しかし、答えたのは彼らの仲間ではなく、引き続きキーン少尉だった。
『二名程度の装甲擲弾兵が何だというんだ。俺たちをなめてるのか?』
『まさか!』
『元宇宙要塞アマテラス第一警備隊副官のトマス・キーンが二人とも片づけたわ』
『馬鹿な!』
それが、特殊部隊の指揮官が発した最後の言葉になった。
彼はパルスレーザー砲の直撃を受け、身体のほとんどが瞬時に蒸発し、跡形も残らなかった。
最後の装甲擲弾兵が被弾したのは、その直後だ。
「かっけー」
俺たちはコーエン兵長の恍惚としたつぶやきを通信機越しに聞くことになった。
「お似合いのカップルだな」
ヤンのつぶやきが印象的だった。俺も今はそう思う。
敵の拠点制圧部隊を全滅させた俺たちにとって、残った敵は小惑星に偽装した特務艦アーケロンだけになった。
しかも、彼らは宇宙輸送艦ケープタウンが発射したミサイルを追跡中で、どこをどう頑張っても二日や三日は戻ってくることができないだろう。おまけに、もう彼らには白兵戦が可能な人員は残されていないはずだ。
「みなさん、お疲れさまでした! 別命あるまで休憩してください」
ヘルメットを脱ぎながら、セシルさんは大きな息を吐いた。美しい金色の髪が汗で白磁の肌に張り付いている。緑色の瞳は本来の光を取り戻し、強い意志を感じさせる。
俺たちも思い思いにヘルメットを脱いで、額に噴き出した汗をぬぐった。俺の場合、痛みで噴き出した脂汗かもしれない。腕や脇腹の傷が脈を打っているように感じられた。
「負傷者はいる?」
銀縁のロイド眼鏡をかけた小柄な女性が、大きな医療用バッグを肩から下げて現れた。軍医のホフマン中尉だ。
「お願いします。ホフマン中尉。早く診てあげてください」
セシルさんの声が耳に優しかった。
これでようやく安心して意識を失うことができる。
そんなことを考えたら、本当に意識が曖昧になってきて、視界が闇に包まれた。




