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宇宙要塞アマテラス  作者: 川越トーマ
14/20

化かし合い

「で、太陽に向かってミサイルを撃つのか?」

 空間投影スクリーンに浮かんだトマス・キーン少尉の端正な顔は、困惑していた。

 プランの詳細は説明済みだ。

「はい、お願いします。一発だけで結構です」

 士官同士の連絡なので、ブレインAIインターフェースのネットワーク通信で済ませることもできるが、セシルさんは俺も参加させるために敢えて旧世代の通信装置を使用してくれた。

「構わないがケープタウンは迎撃ミサイルしか積んでいないぞ。射程は一〇万キロくらいだ」

 輸送艦なので惑星間弾道弾など搭載していないのは当然だ。キーン少尉の心配は、太陽に向けてミサイルを発射しても、すぐ燃料切れになって慣性飛行に移行してしまうという点だろう。

「それでも発射後、比較的短時間で秒速一〇〇キロ程度に達しますよね。敵が追跡してくれれば儲けものです」

 先ほどの俺の興奮がうつったのか、セシルさんの声が熱い。

「まあ、確かに相対速度ゼロから秒速一〇〇キロまで持っていくのは簡単じゃないよな。大型宇宙船なら乗員のGによる負担を無視しても丸一日はかかるか……」

「乗員の負担を考えたら数日かかります」

 さすが士官の皆さんは、このあたりの計算が速い。

「敵艦の航法担当が常識的な人間であることを期待しましょう」

 セシルさんが、にっこりとほほ笑んだ。

「それにしても、よくそんなことを考え付きましたね。ミュラー准尉のアイディアですか?」

「いえ、ショウ……オハラ二等兵のアイディアです」

 セシルさんはうっかり口を滑らせそうになって、フォーマルな呼称に取り繕った。

「オハラにそんな才能があるとはね。たいしたもんだ」

 嫌味の成分は皆無で、キーン少尉は、その爽やかな顔に笑みを浮かべた。

「いやぁ、それほどでも」

 褒められれば悪い気はしない。俺の頬は、きっとだらしなく緩んでしまっていたに違いない。

「で、ミサイル発射のタイミングは?」

 キーン少尉は真顔に戻った。

「出港して、できるだけ、すぐの方がいいと思います。タイミングはそちらに任せます」

 セシルさんも思わず姿勢を正す。

「了解です。ご武運を」

 キーン少尉が折り目正しく敬礼して、映像が終了する。

 とりあえず、第一の仕込みは終わった。次は要塞内の船外作業艇などに使えるものがないかの確認だ。惑星間航行が可能な艦艇が残っていないのは確認済みだが、要塞周辺をウロウロすることしかできない作業艇には使えるものがあるはずだ。

「全員を集めて、情報の共有とアイディアの募集を行いましょう。ショウさん、ありがとう」

 まもなく、宇宙輸送艦ケープタウンの出港時刻だ。約束した休憩時間も終わる。

 セシルさんは、翡翠のような瞳にやさしい光をたたえ、じっと俺の目を見つめてくれた。

 俺はそれだけで幸せな気分になった。

「いえ。お役に立てて嬉しいです」

 敬礼しようとして、やめた。それだと、単なる上司と部下になってしまうような気がした。

 幸せな気分でセシルさんの瞳を見つめ返していると、俺の左腕の携帯端末が、着信を伝えるメロディーを奏でた。誰だ、母さんか? 今、いいところなのに。

 素早く空間投影スクリーンを展開してメッセージ画面を確認すると差出人の名前はハンス・ミュラーだった。

「へっ?」

 俺は思わず間抜けな声を漏らした。

 それはセシルさんの父親の参謀本部長の名前だった。

 なぜ、俺に? 無視されなかったのは光栄だがセシルさんにはメッセージを送ってくれたのか?

「どうかしましたか?」

 不可解な俺の様子にセシルさんは怪訝な表情を向けていた。とても愛らしい。

「いえ、別に」

 とりあえず、ごまかして、メッセージに目を走らせた。

『ありがとう、ミスター・オハラ。立派な部下を持ってミュラー准尉は幸せ者だ。しかし、私の娘は死んだ。三年前にな。君は死ぬなよ』

 まったく意味が分からない。

 俺は、自分の表情がみるみる曇っていくのを自覚することができた。


「以上の経緯を踏まえ、敵を混乱させて時間を稼ぐために、宇宙輸送艦ケープタウンには太陽に向けてミサイルを発射してもらいます。他に、敵を混乱に陥れるアイディアはありませんか?」

 心の中に黒い塊を抱え込んでしまった俺とは対照的に、セシルさんの表情は何かが吹っ切れたように晴れやかだった。反物質保管庫前に戻ってきた自身を除く十六名の兵士たちを前に、宇宙輸送艦ケープタウンとのやり取りを嬉々として説明している。

『……私の娘は死んだ。三年前にな……』

 ミュラー中将のメッセージが俺の頭の中をちらついていた。

 彼女は生きているじゃないか、俺の目の前で。それとも何かの比喩なのだろうか。

 おまけに俺の願いは無視されたようだ。セシルさんが父親からのメッセージを受け取った様子はない。

「確かに、突然、敵のいない方向に向けてミサイルを発射したら、何かあると思うよな」

 セシルさんの説明を受けて、ブルドックのような顔をした下士官が感心したようにうなづいていた。

「面白れぇ」

 コーエン兵長が例によって長大な高周波ブレードを肩に担いだままつぶやく。表情は朗らかで本当に楽しそうだ。

「一体、誰のアイディアですか?」

 アシナ曹長が太い眉の下の大きな目を見開いた。

「オハラ二等兵のアイディアです」

 セシルさんが自分のことのように誇らしげに胸を張る。

 疑問は何も解消されなかったが、暗い思考は中断され、俺の心はみんなの下へと戻った。

 わからないことをいくら考えても仕方がない。

「道理で。こんな性格のひねた悪だくみは、まともな人間には考え付かねえからな」

「お前に言われたくはない」

 ヤンの毒気のある発言に、すかさず俺は言い返した。周囲から軽い笑い声が漏れる。

 ともかく今は目の前のことに集中だ。

「敵がダミーのミサイルに食いついて、遠くに行ってくれればありがたい」

「うまくいけば、一〇日は稼げるな」

 痩せた兵士に続いて、小柄な兵士も明るい表情を俺に向けた。

「無駄足を踏んで怒って帰ってきた敵の目の前で、次は船外作業艇を太陽に向けて射出するっていうのはどうだ」

 ブルドックのような下士官のアイディアに周りが沸いた。

 実はそのアイディアは俺も考えついていて、船外作業艇二隻が使用可能であることは確認済みだ。

「どうした。軍曹」

 無表情なナザロフ軍曹が、明らかに何か考え事をしている様子に気づいて、アシナ曹長が声をかけた。

「敵が、こちらの意図に乗らなかったら、どうなるかと思いまして」

「具体的には、どんなケースが想定される?」

「それは……」

 アシナ曹長は詰問したわけではなかったが、ナザロフ軍曹の顔色が紙のように白くなった。

 怖いイメージしかなかったが、意外と生真面目で神経質というのが、彼の本質なのかもしれない。

「なら、クヨクヨ考えんことだ。なるようにしかならん」

 俺たちがこんな調子で騒いでいると、頭上に巨大な空間投影スクリーンが二つ展開した。

 一つのスクリーンには、青白い照明に照らされた宇宙港に停泊中の宇宙輸送艦ケープタウンが映し出されていた。敵に破壊された我が軍の戦闘艦艇の残骸に紛れているダークグレイの飛行船のような形状の軍艦だ。データベースで確認したところ、全長三〇〇メートル、大型艦に分類されるサイズだ。

 そして、もう一つのスクリーンに映し出されていたのは、漆黒の宇宙空間で陽光を反射する細長い小惑星そっくりの戦闘艦だった。艦首に、クレーターに偽装した超電磁砲の砲口が確認できたが、他にどんな武装があるのかよくわからない。周囲に展開している装甲擲弾兵と大きさを比較すると、決して小型艦ではなく、全長二〇〇メートルは超えそうだ。

 俺たちが敵の特殊部隊と宇宙港で激闘を繰り広げた後、宇宙要塞アマテラスに接近し、この時点では宇宙港の出入り口に比較的近い宙域に陣取っていた。

『こちら、宇宙輸送艦ケープタウン。宇宙要塞アマテラス残留の各戦闘員に告げる』

 通信装置から、かすれ気味の重々しい男性の声が聞こえてきた。映像はない。音声のみだ。

「なんだ。キーン少尉じゃないのかよ」

 俺たちは、思わず発せられたコーエン兵長の小さなつぶやきを聞き逃さなかった。

 いろいろ心配したが、コーエン兵長もキーン少尉のことを憎からず思っているようだ。

『本艦はこれより発進する。ご武運を!』

 ケープタウンは姿勢制御用のノズルから推進剤を細かく噴出し、味方宇宙船の残骸の狭間から静かに浮かび上がった。宇宙港内部に漂う細かなデブリがケープタウンの外部装甲板に接触して弾き飛ばされていく。

『こちら輸送艦ケープタウン、これより宇宙要塞アマテラスを退去する。針路を開けてくれ』

 通信装置は、敵に向けた通信も拾っていた。状況が分かって有難い。

 宇宙輸送艦ケープタウンは、後部に設置された補助エンジンから化学燃料を噴射して前進を開始した。質量が大きいので加速は鈍い。

 宇宙港の正面に陣取っていた敵の宇宙船は、ケープタウンに艦首を向けたまま、ケープタウンの動きに合わせるように、ゆっくりと後退していく。ここまでは順調だ。

〈ん?〉

 おそらく俺以外の他の連中も反応したはずだ。

 敵艦の周辺に展開していた敵装甲擲弾兵が接近してくるケープタウンを避けるように広がりながら、一斉に前進を開始した。

「なんだ? すぐに要塞内に攻め込んでくる気か?」

 ブルドックのような下士官が、腰に下げた蛮刀の様な高周波ブレードの柄に手をかけた。

 肩に乗せたコンドルの様なメタルクリーチャーが、銀色の翼を広げる。

「いや、違う」

 アシナ曹長のつぶやきを裏付けるかのように、一〇人を超える装甲擲弾兵たちは急に方向を変えケープタウンにとりついた。アマテラスに向かうかに見せかけたフェイントのような動きだ。

 ミサイル迎撃用のパルスレーザー砲が装甲擲弾兵を射線に収めようと旋回していたが、砲撃のタイミングを完全に逸してしまった。ほとんどの敵兵がすでにパルスレーザー砲の死角に入っている。

『何の真似だ! 約定を違えるのか!』

 先程のかすれ気味の男性の声が激しい感情を敵艦に向けて叩きつけた。

『こちら火星宇宙軍特務艦アーケロン。本艦の任務は反物質の奪取であり諸君らの命ではない。無駄な争いは望まない。これより輸送艦内で反物質の捜索を行う。協力されたし』

「思った以上に手際がいいですね」

 敵艦からの通信を聞いたセシルさんが、小さな声でつぶやいた。

 そう、セシルさんは、ケープタウンが拿捕される可能性を最初から想定していた。

「くそっ!」

「どうしたんだ。早くミサイルを発射しろ!」

 痩せた兵士と小柄な兵士が苛立ちを抑えきれずに叫んだ。

 ケープタウンが敵に制圧されてしまえば、我々の計略は実行に移せなくなる。

「マズいな。今の状況でミサイル発射管を開いたら、いきなり撃たれる」

 無表情なナザロフ軍曹が珍しく眉間にしわを寄せた。

「敵艦にもアマテラスにも近すぎる。どこにも当てずにミサイルを発射する方が難しいぞ」

 アシナ曹長も苦虫を嚙み潰したような表情だ。

『我々は、拿捕、臨検を甘受するつもりはない。通してもらうぞ』

 ケープタウンは、なおも前進を続けている。

『停船せよ! 然らずんば砲撃す!』

 俺は思わず拳を握りしめた。じっとりと汗ばんでいる。

 敵の艦首電磁誘導砲が火を噴けば、装甲の薄い輸送艦など、一撃で粉砕されてしまうだろう。

 俺たちが固唾をのんで見守る中、ケープタウンの艦尾がアマテラスの宇宙港から完全に抜け出した。そして、じりじりと距離を稼いでいく。

「いけるか」

 アシナ曹長がつぶやき、セシルさんが息をのむのが分かった。

 ミサイル発射管は、艦首と艦尾にそれぞれ四門ずつ設けられていた。

 この状況だと艦首ミサイル発射管の使用は難しいが、艦尾なら使用できるかもしれない。

『停船する』

 ケープタウンの艦首姿勢制御ノズルが化学燃料を噴射して制動をかけ、パルスレーザー砲の砲身が全て仰角九〇度の位置へと動き始めた。攻撃の意志がないことを示す行動のように見える。

「なんだ。白旗を上げるのか?」

 小柄な兵が失望したようなつぶやきを漏らした。

 戦場の空気が緊張を緩めたその瞬間、ケープタウン艦尾のミサイル発射管が開き、一発のミサイルが発射された。

「おぉっ」

 ミサイルは一瞬、宇宙要塞アマテラスへと直進したが、弾頭付近の姿勢制御ノズルが推進剤を激しく噴射し、大きく弧を描いた。

 そして、猛烈な加速で仰角九〇度の方向へと、太陽の方向へと、飛び去っていった。

「よし!」

「いったか」

 俺は思わずガッツポーズを決め、周囲でも力の入った声が上がった。

 セシルさんは安堵したように大きく息を吐いている。

『何を発射した!』

 一瞬の沈黙の後、敵戦闘艦から怒号が響いた。

 ケープタウンにとりついた装甲擲弾兵たちは、なすすべもなく太陽の方向を仰いでいる。

『さあな、自分たちで確かめたらどうだ』

 ケープタウンのかすれた声の男性が、不敵に言い放った。

〈さあ、どうする?〉

 ケープタウンから発射されたミサイルは、すでに遥か彼方に遠ざかっている。敵がミサイルを追いかけてあたふたしてくれれば、こちらの思うつぼだ。

『予定通り、臨検を開始する。エアロックを開放せよ。拒否すればエアロックを破壊する』

 俺たちの目論見に反して、敵はミサイルを追跡する動きを見せなかった。

「くそ、失敗か?」

「追いかけろよ!」

 敵艦の電磁誘導砲はケープタウンに狙いを定めたままだ。

 ケープタウンは要求通り艦首付近のエアロックを開いた。

 敵の装甲擲弾兵がケープタウンの外部装甲板に沿って素早く異動し、次々に艦内へと吸い込まれていく。

「ちっ」

「マジかよ」

「なかなか、こちらの思惑通りには物事は進まんもんだな」

 兵たちから次々に失望の声が上がる中、アシナ曹長がうなり声を響かせた。

「申し訳ありません」

 この計画の基本部分は俺の発案だ。みんなの期待を裏切り、俺はいたたまれなくなった。

「オハラ二等兵が謝る必要はありませんよ。それに失敗が確定したわけでもありません」

 セシルさんが、俺をやさしくフォローしてくれた。ようやく周囲の声も落ち着く。

 いつもいつも、セシルさんには助けてもらってばかりだ。

『抵抗はしない。手荒なことはしないでもらおうか』

 ノイズが激しく、言葉は明瞭ではなかったが、そんなやり取りの断片が聞こえてきた。

 ケープタウンから入った通信は敵艦に向けたものではなく、コントルールルームにおけるやり取りを意図的に我々に漏らしているようだ。

『艦内の制圧完了。これより、尋問、捜索に移ります』

『反物質はどこだ!』

 詰問する敵兵の語気は荒かった。ケープタウンの乗員に銃を突き付けているに違いない。

『本艦に反物質は存在しない』

 キーン少尉のような声だった。

『嘘を言うな!』

『隊長! 現在も外部通信を続けている痕跡があります』

『おい、艦内の通信装置の電源を至急落とさせろ。要塞側に情報が洩れている可能性がある』

 次の瞬間、通信装置はだしぬけに沈黙した。

「畜生、バレたか」

 ヤンが悔しそうにつぶやいた。

「おい、見ろ!」

 痩せた兵士が空間投影スクリーンを指さした。

 見ると、細長い小惑星のような敵艦がゆっくりと動き始めていた。電磁誘導砲の砲口が、ケープタウンから狙いを外し、太陽の方向へと向きを変えていく。

「やった!」

「いいぞ、いなくなれ!」

「だが、待て。ケープタウンは? 敵の装甲擲弾兵は、まだケープタウンに残っているぞ」

 兵たちが興奮に沸き立つ中、ブルドックのような下士官が重要な事実を指摘した。

 敵の特務艦アーケロンは、艦尾のレーザー核融合エンジンを作動させた。

 艦尾がオレンジ色の光に包まれ、巨大な質量の戦闘艦はゆっくりと加速を開始する。

 ようやく、先程ケープタウンが発射したミサイルを追跡する決意を固めたのだ。

 ひとたび動き出したアーケロンはみるみる加速を重ね、すぐに小さくなり、見えなくなった。

「やつら、二手に分かれたな」

 ナザロフ軍曹が眉間にしわを寄せていた。俺の考えた計略は、これで失敗が確定した。

「それでも、敵戦力の分断には成功しました」

 俺が肩を落としている様子を見て、セシルさんがすかさずフォローする。

「まあ、ケープタウンの拿捕を継続するのであれば、あちらにも兵力を裂く必要がありますからね」

 アシナ曹長が太い眉の下の大きな目をセシルさんに向けた。

「やつら、また、攻めてくるな」

「今度は、船外作業艇を思わせぶりに発進させようぜ」

 兵たちが次々に声を上げた。

 そんな騒ぎを押しのけるように、通信装置が苛立ちにまみれた敵の声を運んできた。

『宇宙要塞アマテラスの連中に告げる。化かし合いは、もう、うんざりだ。これ以上くだらない動きはするな! そして、おとなしく反物質を引き渡せ、さもないと輸送艦の乗員・乗客が死ぬことになるぞ』

 品格も何もあったものではない。戦争は確かにきれいごとでは済まないが、こんな下品な脅迫をしてくるとは思わなかった。

「もしも、そんなことしやがったら、てめえら全員ぶっ殺す!」

 コーエン兵長が切れ長の目に狂気をはらませた。

『ここには、あなた方に引き渡し可能な反物質はありません。残念ですが、それが事実です』

 敵の脅しに対してもセシルさんの声は落ち着いていた。内容的にも嘘は言っていない。

 反物質はあるが、引き渡しは技術的に不可能だ。

 だが、敵がどうとらえるかは別の話だ。火星の奴らは俺たちが本当のことを言っているとは確信できず、結局、ミサイルを追跡し、輸送艦を拿捕し、要塞にも攻め込んでくるだろう。

「変な動きをしたら人質を殺すってことは、船外作業艇で攪乱するのはマズイってことか?」

「やめておいたほうがいいでしょうね」

 ブルドックのような下士官のつぶやきに、セシルさんが答えた。

『六時間の猶予を与える。反物質を差し出せば、それでよし、さもなくば総攻撃を加える』

 その間、敵は宇宙輸送艦ケープタウン内部を捜索するつもりなのだろう。

 ただ本当に六時間、敵が何もしてこないという保証はない。

 奇襲攻撃をかけてくるかもしれないし、乗員・乗客を殺害すると脅迫してくるかもしれない。

 俺たちは引き続き臨戦態勢のまま、待機することになった。

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