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宇宙要塞アマテラス  作者: 川越トーマ
11/20

参謀本部からの命令

「ありがとうございました。ドクター・ホフマン」

「ん? 何のこと? 生存者がいてよかったよね」

 セシルさんとホフマン中尉は明るい声で会話していたが、反物質保管庫前は惨憺たる状況だった。

 ホフマン中尉は腕を斬り飛ばされ虫の息の兵士に止血帯を施している。見た目と違って随分肝が据わっていることに驚かされた。

 ホフマン中尉の言うとおり確かに生存者はいたものの、残念なことに二名だけ、しかも重傷だ。

「遺体袋には切断された手足も入れてね。もしも見つからない部位があればボクに報告して。システム管理上必要だから」

 二名の重傷者の処置をしながら、ホフマン中尉は俺たち兵隊や医療従事者に指示を出した。

 例の特殊部隊が要塞内部に侵入する際、兵士の手首を切り落として、手のひらに埋め込まれたICチップを悪用したことを気にしているのだろう。また同じ手段が使われる可能性は否定できない。

 だいぶ凝固してはいるものの、大量の血液が漂っており、それが顔にあたるのは、やりきれないものがあった。また、ヘルメットを抱えていると作業に支障をきたす。

 暑苦しいのが嫌でみんなはヘルメットを被っていなかったが、俺は作業開始に先立って再びヘルメットを被った。

「……こちら……輸送艦ケープタウン……応答してくれ」

 ヘルメットを被った途端、通信機から途切れ途切れに声が聞こえてきた。

「セシルさん……いえ、ミュラー准尉。無線通信です」

「えっ?」

 ブレインAIインターフェースを使った情報連携は確かに万能ではない。現状では一般兵は使用できないというのが、その一つだ。

 しかし、通信機は補助的に使用するのが慣例で、そのため、ブレインAIインターフェースに慣れた上官たちは通信機の存在を軽視し、俺たち一般兵は情報収集をすっかり上官たちに頼るのが常だった。無線で呼び掛けてきた人物は、よほど一般兵のことが頭にあったのだろう。

「こちら、第一警備小隊のセシル・ミュラーです。聞こえます」

 セシルさんは素早くヘルメットを被ると、相手に話しかけた。

 通信はオープンチャンネルで、俺たち全員が通信内容を聞くことができた。

 みんな次々にヘルメットを被る。

「こちら、宇宙輸送艦ケープタウン、トマス・キーンだ。そちらは無事か?」

「おろっ、キーン少尉じゃん」

 ヤンだけでなく、セシルさんを除く第一警備小隊のメンバー全員がビックリした。

 キーン少尉はセシルさんの前任者で、砂色の髪をクルーカットにしたマッチョなイケメンだ。

 セシルさんと交代で輸送艦に乗り、他の宇宙要塞に異動する予定で、今朝方ラニア・コーエン兵長がお見送りしたはずだ。

「御無事で何よりです」

「その声はアシナ曹長! みんな無事か!」

 元気のよい、弾むような声が返ってきた。相変わらずテンションの高い人だ。

「残念ながら、コステロ小隊長は戦死されました」

「そうか、それは残念だ。ところで、ラニア、いやコーエン兵長は無事か?」

 コステロ中尉への哀悼の意の表明は、とても呆気なかった。

 これでは、さすがにコステロ中尉がちょっと気の毒だと思った。まあ、後半の質問が本命なので仕方ないが。

「あっ、どうも」

 キーン少尉の情熱的な問いかけに、コーエン兵長は、なんとも煮え切らない言葉を返した。愛想も何もあったもんじゃない。

「よかった! ケガはないか?」

「ないっす」

「よかった。本当に良かった」

「そちらの皆さんはどうですか?」

 事情を知らないセシルさんはキーン少尉の気持ちを斟酌せず、二人の会話を遮って、当然の質問を普通に行った。

「あまり、いい状況とは言えない。補給作業中に襲撃され、艦長以下数人が戦死した。本来、乗員ではない俺が通信や索敵に参加しないと艦が動かせない状況だ。艦は損傷しているが航行は可能。現在、地球連邦宇宙軍の参謀本部に状況報告を行い、指示を仰いでいるところだ。そちらの状況はどうだ?」

 テキパキと返事をしたキーン少尉に、俺は思わず感心した。さすが士官、ただの筋肉馬鹿ではなかったんだ。

「現在、生き残っている戦闘員は、第一警備小隊のメンバーを中心に十九名、そのうち、戦闘に耐えうるのは十七名です。士官一、下士官四、兵十二。他に非戦闘員が数十名います」

「そいつは酷いな。敵は小惑星に偽装した強襲揚陸艦一隻だけのようだが、装甲擲弾兵と特殊部隊の兵隊あわせて三〇名くらいが健在だ。最初は五〇人くらいいたようだがな。それに比べ、我が軍で稼働している艦艇は、多分、本艦だけだ。要塞砲も最初の段階でつぶされた」

 要塞砲さえ生きていたら、正体が明らかになった戦闘艦の一隻や二隻、軽く葬り去ることができたのに。

「先程、我々の撤退を支援してくれたのは、あなた方ですね。心から感謝します。ところで、敵は小惑星に偽装していたんですか?」

 俺は撤退の途中で敵艦を偶然見つけたが、恐らくセシルさんは見ていない。当然の質問だ。

「ああ、見事なもんだ。岩石型小惑星をくりぬいたんだか、砕いて張り付けたんだか知らないが、見た目は小惑星そのままだ。我が軍の索敵網を潜り抜けるために、おおかた小惑星帯メインベルトから慣性航行をしてきたんだろう。御苦労なことだ。おまけに装甲擲弾兵や特殊部隊を出撃させたのも、太陽フレアで我々の索敵能力が低下したタイミングだったしな。たった一隻で一個艦隊が常駐する宇宙要塞に殴り込みをかけるなんて、作戦の要諦自体は馬鹿げてるが、実行した奴らは大したもんだ」

 駐留艦隊の乗員には悪いが、一個艦隊を壊滅させたのは、たまたまだったのかもしれない。

 彼らの一番の目的は反物質の奪取だったように思えてならない。

 だとしたら、彼らはまだ目的を果たしていない。

 だから、きっとまた襲ってくる。

「状況にもよりますが、非戦闘員の脱出に協力をお願いするかもしれません」

「了解した。連絡を待っている」

 キーン少尉の通信は、そこで終わった。

 とりあえず、一番の関心事を確認できて満足したというところだろう。

「すいません、兵長。質問していいすか?」

 気がつくと、ヤンがラニア・コーエン兵長に近寄って、小さな声でささやいていた。

 しかし、通信機のスイッチが入ったままなので、みんなに筒抜けだ。わざとか?

「なんだよ」

「キーン少尉のお見送りには行ったんですよね?」

「行った。みんなを代表して見送りに行って来いって、曹長がうるさいから」

「なんか言ってましたか? キーン少尉」

「わけわかんなかったな。空間投影スクリーン見ながら『今日は星がきれいですね』とか言っちゃって。天候の影響を受けない宇宙要塞の中からじゃあ、星の見え方なんか三六五日同じだっつうに」

 どうもコーエン兵長には、キーン少尉の気持ちも、周りの配慮も一切伝わっていない感じだ。通信機から、アシナ曹長のため息が聞こえたような気がする。

 それにキーン少尉もキーン少尉だ。十九世紀の人間じゃあるまいし、相手がコーエン兵長じゃなくても、そんな婉曲表現が通じるわけがない。

「ん、何かマズかったか?」

「何でもないっす」

「なんだ、変な奴だな」

 コーエン兵長の戸惑いとヤンの失望を通信機越しに確認すると、俺は聞き耳を立てるのをやめて、御遺体を遺体袋に入れる作業を開始した。

 まず、最初は、俺たちの上官、レオナルド・コステロ中尉だ。

 無重力環境下とはいえ、熊のような巨漢なので動かすにはそれなりの力がいる。

 おまけに一度動き出すと、そのままずっと動き続けようとするので、止めるのにも力がいる。

 なるべく見ないようにしていたのだが、ほとんどが炭化した頭部がどうしても目に入ってしまう。夢に出てきそうだ。

 高圧的な上官だったが、こうして殺されてしまうと哀れだった。

 そう言えば、息子さんが一人いて、まだローティーンだと言っていたような気がする。一体誰が家族に戦死を伝えるんだろうか。ひょっとして、電子メールで連絡しておしまいか?

 コステロ中尉の亡骸の横では、メタルパンサーが主を喪い、床の上でスリープモードになっていた。こいつの電子頭脳はきっと悲しみなど感じていないだろう。新しい主が登録されれば、その人物の命令に忠実に従うようになるのだ。

 他にも何体か、主を喪ったメタルクリーチャーが、あちらこちらで佇んでいた。狼、虎、鷲、烏、まるで博物館に展示されている彫像のようだ。

「やべえ、吐きそうだ」

 腸のはみ出た遺体を袋に入れながら、ようやく作業に参加したヤンが罰当たりなことをつぶやき、思いっきり顔をしかめていた。

「はぁ、首が見つかんねえな」

 こちらの声はコーエン兵長だが、怖いくらい声の調子が普段と同じだ。

「ブツブツ言わずに、よく探せ!」

 別の遺体を袋に入れながら、ナザロフ軍曹が苛立ったような口調をコーエン兵長に叩きつけた。相変わらず目つきが鋭い。

「だって軍曹、もう残ってるパーツがないんだぜ。手首ならともかく首じゃ目立つだろうし」

 コーエン兵長は口を尖らせた。パズルじゃあるまいし何ていう言いぐさだろう。折角の美人がぶち壊しだ。俺にはキーン少尉の趣味がよくわからない。

「首が見つからないのは誰だかわかる?」

 負傷者の処置が終わったホフマン中尉が、顔を上げてコーエン兵長に声をかけた。

「ん、何せ顔がないからな。お、わかった、わかった、第二警備小隊のハミルトン中尉だ。ネームプレートに書いてある。かわいそうにいきなり攻撃されたんだろうな」

「士官の首か……首がないのは、レーザーで焼かれたから? それとも……」

「燃やされたわけじゃあないな。きれいに斬り落とされてる。いやあ、それにしても何で首がないんだ? 奴らが持っていったんか? 中世のジャパンじゃあるまいし」

 コーエン兵長のつぶやきを聞いて、ホフマン中尉は、思いきり顔を曇らせた。


「食事です」

「すまんな」

 俺とヤンは、みんなにチューブ入りの携行食糧を配っていた。

 俺たちが反物質保管庫前に移動してから、すでに二時間近くが経過している。

 幸いなことに、敵は、すぐには攻めてこなかった。単に補給や休息に時間を費やしているだけなのか、予想以上の人的損害にショックを受けて攻撃方法を再検討しているのか、援軍や何らかの状況変化を待っているのか、理由は分からない。

 いずれにしても積極的に討って出るだけの戦力が残っていない我々としては、ただひたすら臨戦態勢で待機するしかなかった。

「ミュラー准尉。お食事です」

「ありがとうございます」

 俺とヤンが携行食糧を倉庫に取りに行っている間も、セシルさんは宇宙要塞マリナに設置されている参謀本部と、ひたすら交信を続けていたらしい。

 パーシモンを近くに侍らせ、姿勢を正して立ったまま遠くを見るような目つきをしている。ブレインAIインターフェースでどこかと通信している姿は傍から見ると妙な感じだ。

 地球連邦宇宙軍の参謀本部がある宇宙要塞マリナは、地球と太陽が構成する五つの重力均衡点ラグランジュポイントのうち、地球から太陽に向かって一五〇万キロの空間点に設置されていた。宇宙要塞アマテラスからは直線距離で三億キロ近く離れている。

 アマテラス同様二〇隻の宇宙艦隊が駐留し、大規模な太陽光発電所と、宇宙軍士官学校が併設されていた。

 やがて、セシルさんの緑色の美しい瞳に普通の光が戻り、俺たちを見回して凛とした声を響かせた。

「参謀本部からの通信です。スクリーンに切り替えます」

 ブレインAIインターフェースを装備していない一般兵が多いとセシルさんも大変だ。

 俺たちの頭上に空間投影スクリーンが展開し、眉間にシワを寄せた気難しそうな中年男性の胸から上の映像が映し出された。肩幅の広いがっしりした体形で、金髪碧眼、眼光が鋭く、エラが張っている。俺たち同様、青い軍服姿だが、襟につけられた階級章は俺たちのものとは大きく異なっていた。

「げっ、白座布団じゃん」

 ヤンが俺の横で声を上げた。ナザロフ軍曹の鋭い視線がヤンを斬りつける。

 三億キロも離れていると、光速通信でも片道二〇分くらいかかるので、双方向通信はあり得ない。どうせ映像ファイルを送りつけてきただけだろうと、ヤンはタカをくくっていた。

 それでもナザロフ軍曹はヤンの失礼な態度に腹を立てたのだ。

 映像に映し出された男の階級章は、ヤンが言うとおり、台座が白で、銀色のラインが中央を貫き、そのライン上に金色の星が二つ乗っていた。滅多にお目にかかれない中将の階級章だ。

「参謀本部長のハンス・ミュラーだ。諸君らに参謀本部からの命令を伝える……」

 男の声は低音でハリがあり、よく響いた。

 俺の斜め前に立つセシルさんの横顔が緊張で強るのがわかった。

「第一、非戦闘員が宇宙輸送艦ケープタウンで要塞から撤退できるよう支援せよ。休戦交渉はケープタウンが行う。第二、反物質はいかなる手段を講じても敵の手に渡すな。アマテラス駐留の第一パトロール艦隊に帰還命令を出した。帰還は一〇日後だ。それまで持ちこたえろ。以上だ」

 映像ファイルの再生が終わり、周囲は一瞬だけ静かになった。

 俺たちの間に困惑が広がり、やがて不満が爆発した。

「ケープタウンがいなくなったら、レーザー砲もなくなるじゃねえか! 要塞砲がつぶされたことを奴らは知らねえのか!」

「ケープタウンが出港した途端、奴ら、また、攻めてくるなぁ」

 他の小隊の痩せた兵士の発言を受けて、コーエン兵長が他人事のようにつぶやく。

「ダメだ、一〇日間なんか持ちこたえられない」

 小柄な兵士が肩を震わせた。彼の言うとおり、敵が損害を恐れず攻撃してきたら、戦力的にかなりきつい。

「手段は問わないから、反物質だけは渡すなだと! ふざけるな、いよいよの時は俺たちに自爆しろということか!」

 別の小隊のブルドックの様な下士官が大声で吠えた。

「自爆をちらつかせて、相手を脅すというやり方もある」

 アシナ曹長が苦虫をかみつぶしたような顔で参謀本部をフォローした。

「持ちこたえられるわけがない」

「畜生、参謀本部の奴ら!」

「俺たちはチェスの駒じゃねぇ」

「やめんか!」

 次々に不満の声を上げる兵たちをアシナ曹長が一喝した。

 ビリビリと声が響き、一瞬だけ周囲に静けさが舞い戻った。

 しかし、不満のつぶやきを完全に抑えることなどできなかった。

 低い声が、そこかしこで漏れ始める。

「まったく、何なんだろう、あいつは」

 俺もセシルさんの方を向いて思わず小さな声でつぶやいてしまった。

 その瞬間、アシナ曹長と目が合った。

 俺は怒られることを覚悟したが、何故かアシナ曹長はごつい手のひらで自分の顔を覆った。

 口元が『この馬鹿が』と動いているように見えた。

〈へっ?〉

「皆さん、申し訳ありません」

 俺の目の前でセシルさんが伏し目がちに振り返った。

 小さな肩が小刻みに震えている。

「何で准尉が謝るんだ?」

 そんなつぶやきが背後から微かに聞こえた。

 セシルさんは俺たちに向けて顔を上げたが、目が赤く、潤んでいた。

「参謀総長のハンス・ミュラーは、私の父です」

 そう、確かに参謀総長はファミリーネームをミュラーと名乗っていた。

 俺は、このときの自分のうかつさと失言を深く後悔した。

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