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宇宙要塞アマテラス  作者: 川越トーマ
10/20

対立

「はぁ」

「くそっ」

 エアロックを抜け、要塞内に駆け込むと、俺たちはだだっ広いエレベーターホールで一様にヘルメットを脱ぎ、大きく息を吐いた。

 危機が去ったわけではないが、とりあえず深呼吸でもしなければやっていられない。

 悪夢のようだった。

 要塞内で待機していた十数隻の戦闘艦艇は、ほぼ全滅。宇宙港の警備にあたっていたはずの二〇名ほどの装甲擲弾兵の姿は見えず、四〇名を超えていた要塞内の警備兵は十数人に人数を減らしている。

 それに対し、敵は装甲擲弾兵が十数人、光学迷彩装備の特殊部隊は数名が残っていた。

「負傷者はいませんか?」

 ヘルメットを脱いだセシルさんが真っ先に確認したのはそれだった。

 白磁のような肌に汗が光り、黄金細工のような前髪が額に張り付いている。

 銀色の猟犬のようなパーシモンが、セシルさんの無事を確認するように彼女の顔を見上げていた。

「負傷者は挙手しろ」

 身体を丸め、喘いでいる兵士が多い中、最古参のアシナ曹長が背筋を伸ばして低い声を響かせた。みんな曹長の方に視線を向けたが手を挙げる者はいない。

 ナザロフ軍曹のほか、二名のメタルクリーチャーを肩に乗せた下士官が背筋を伸ばして健在ぶりをアピールする。

「負傷者はおりません、准尉」

 殊更、兵たちを鼓舞するように、アシナ曹長は力強い声を響かせる。

「わかりました」

 報告を聞いてセシルさんは鷹揚に頷いた。

 緑色の瞳に強い光が宿っている。とても、俺と同い年の女の子とは思えない。

 そもそも、彼女は士官学校を出て、今日、現場に配属されたばかりだ。

 平時だったら二年くらい現場指揮官の下で経験を積んで、それから小隊の指揮を任せられる。

 それが、いきなり要塞防衛の最終責任者だ。

「みなさん、お疲れさまでした。しかし、戦いが終わったわけではありません。気密隔壁の向こう側には、まだ敵がいます」

 セシルさんは、そこで言葉を切り、兵たちの様子を見回した。

 俺は不安な内心が表情に出ないように、必死で無表情を装った。

 背後で人の気配がしたので振り返ると、白い簡易宇宙服を身につけた医療関係者や、水色の簡易宇宙服を身につけた反物質製造工場の関係者、黄色い簡易宇宙服の調理員や清掃員など、様々な人たちが、エレベーターを使用して続々とエレベーターホールに現れるところだった。人数にして数十人はいるだろうか。

「エアロックは、ここだけではありません。つい今しがたブレインAIインターフェースで、全てのエアロックを封鎖するよう、システム管理者のドクター・ホフマンに依頼しました。しかし、敵がエアロックを破壊して再度侵入してくる恐れがあります。我々は反物質保管庫前に最終防衛ラインを築きます」

「そいつは困る!」

 セシルさんの説明に、医療関係者用の白い簡易宇宙服に身を包んだ男が、こちらに歩みを進めながら横やりを入れた。中年の脂ぎった感じの黒髪の男で、黒いセルフレームの眼鏡をかけている。名前は覚えていないが、人気がない方の医者ということだけは知っている。

「なんだ!」

 ナザロフ軍曹は、男の横柄な態度に腹を立てたように、刃物のような視線を向けた。

 男は一瞬たじろいだが、プライドを傷つけられたのか、顔を赤くして怒鳴った。

「私は軍医のユン大尉だ。我々は要塞司令部の退去命令を受けて、ここに集まっている。とっとと我々の避難行動を支援しろ!」

「退去命令? 要塞司令部の?」

 セシルさんが虚ろな目でつぶやいた。

 口から泡を飛ばしているユン大尉に、俺たちは困惑の視線を返すしかなかった。

 俺たちの聞いていない話だ。

 しかし、戦闘開始前後に、非戦闘員の脱出を命じるのは決しておかしな話ではない。それが可能であるならばだが。

「大尉、残念ですが、この要塞の周辺宙域は敵の制圧下にあります」

 セシルさんの説明は丁寧だった。

 先程、我々の退却を支援してくれた艦艇がいたが、航行可能かどうかもわからない。

 よしんば航行可能だとしても、宇宙要塞アマテラスを出た途端、撃沈される可能性が高い。

「ふざけるな! 要塞司令部の連中は宇宙巡航艦コロラドで、我々が乗る宇宙輸送艦ケープタウンを護衛すると約束したんだぞ!」

 俺はようやく、要塞司令部と連絡が取れなくなった理由に気がついた。

 彼らは戦闘を我々に任せて要塞から脱出しようとしていたのだ。

 なんという立派な人たちだろう。あきれ返って反吐が出る。

「残念ながら、コロラドは撃沈されました。我々の目の前で」

 セシルさんの緑色の瞳には憐れむような表情が浮かんでいた。

 メタルハウンドのパーシモンが黒曜石のような瞳をユン大尉に向け、四肢を踏ん張っている。

「いいから、何とかしろよ!」

 なおも口から泡を飛ばしてセシルさんに詰め寄ろうとするユン大尉からセシルさんを隠すようにアシナ曹長が前に出た。

 物騒なことに、ナザロフ軍曹はアシナ曹長の横で腰の剣に手を添えている。

 コーエン兵長は、長巻の様な高周波ブレードを肩に担いでつまらなそうにしていた。

 二人とも何をしでかすかわからない。

 俺は思わず、アシナ曹長のさらに前に出て、ユン大尉に敬礼した。

「申し訳ありません。現時点では皆さんの安全確保のため、宇宙港に出ないでくださいとしか言えません。待機願います」

 視線を合わせると睨みつけてしまいそうだったので、俺はわざとユン大尉の広いおでこに視線を固定して声を響かせた。

「いつまで待てばいいのよ!」

 今度は、ユン大尉の後ろから中年の女性が金切り声を上げた。多分看護師だ。

「申し訳ありませんが不明です!」

 俺は敬礼したまま大声で答えた。

 先程から背後に殺気を感じている。みんな戦闘で気が立っている。

 おとなしくしてくれないと、どうなっても責任が持てない。

「面倒だから、やっちまおうぜ」

 ヤンの奴が俺の横にやってきて一緒に敬礼したはいいものの、俺にだけ聞こえる小さな声で、途方もなく物騒なことをつぶやいた。

「ダメに決まってんだろ」

「ちっ」

「あれ、反物質保管庫前に行かなくていいの? 負傷者がいるはずでしょ?」

 いつ、だれが暴発しても不思議ではない状況に水を差すように、場違いな子どもっぽい声が非戦闘員たちの後ろから響いてきた。

 要塞内で、こんなに子供っぽい声の主は他にいない。

 騒いでいる非戦闘員の間を縫うようにして現れたのは、赤茶色の髪をマッシュルームカットにしたフランカ・ホフマン中尉だった。彼女には不釣り合いな大きさの医療用バッグを肩から下げている。

 ここは無重力だからいいが、居住区から持ってくるときは相当重かったに違いない。彼女の姿を見て、先ほどの看護師が、バツが悪そうに下を向いた。

「恐らく、生存者はいないだろう」

 そんな中、ユン大尉は威厳を保とうと胸を張った。

「恐らくというのは、想像であって事実ではないですよね」

 金属フレームのロイド型眼鏡の奥の薄茶の瞳は、相変わらず人の目を見ていなかったが、ものの見事にユン大尉を打ちのめしたようだ。

「それは……」

 なおも、愚劣に言葉をつづけようとするユン大尉を無視して、色白で小柄なホフマン中尉は珍しく大尉の背後にいる医療従事者たちに視線を送った。

「さぁ、いくよ」

 そういうとホフマン中尉は反物質保管庫に向け、颯爽と歩き始めた。

 後に二名ほどの医療従事者がバツが悪そうに付き従う。

「かっけー」

 コーエン兵長がつぶやいた。

 ホフマン中尉のおかげで、俺たちも当初の予定通り、反物質保管庫前に向かうことができた。

 当然、ユン大尉のことは無視だ。

 背後で品のない罵り声が聞こえた。

 この一件で、ホフマン中尉のファン層がさらに広がったことは言うまでもない。

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