赤い霧
無重力環境下の赤い霧。
しかし、霧と呼ぶには大きすぎるシャボン玉のような粒子も混じっている。
色は明るい赤ではなく黒ずんだ赤。
俺は、その赤い霧の正体を知っている。血だ。
駆けるに従い俺の青い簡易宇宙服が赤く汚れていく。
やがて切り裂かれた簡易宇宙服の欠片や切断された人間の手足なども漂うようになってきた。
それらのほとんどは我が地球連邦宇宙軍兵士のものだ。
通路を曲がり視界が開けた途端、俺は戦場の真っただ中にいることを知った。
赤い霧の中、我が軍の青い簡易宇宙服の兵士が刀剣をふるい、銀色に輝く金属の獣が駆け回り、得体のしれない透明な影が蠢く。
俺が呆気に取られていると、右側から血にまみれた透明な影が襲ってきた。
「パーシモン!」
若い女性の声が響き、透明な影に銀色の猟犬が体当たりした。
その隙に俺は日本刀を模した特殊合金製の刀を鞘から抜き放ち透明な影を袈裟懸けに斬りつけた。
恐怖を感じる暇もなかった。
風を斬る音に続いて硬い衝撃が返り、何か盾の様なもので防御されたことに気づく。
角度を変えて渾身の斬撃を再度叩きつけた。
透明だったそいつがモザイク状に光を放ち、姿を現す。
姿を現したのは黒い簡易宇宙服を着た男だ。正体はおそらく火星の特殊部隊。
胸郭から鮮血が噴き出し、血は霧に姿を変えて、一瞬にして周囲を覆いつくした。
返り血を頭から浴び、背筋に悪寒が奔る。
人を斬ったとは思えないほど、軽い手応えだったが、心には重く響く。
俺が人を殺したのは、これが初めてだ。
急に吐き気のようなものがこみあげてきて、強く刀を握りしめた腕が震える。
今日の朝までは、こんなことになるとは夢にも思っていなかった。
遠い昔に思いを馳せるように、俺は今朝のことを思い出していた。