九話 委員長
「そういえば、解決はしたのか?」
絵莉花と約束を取り付け、それを確認した次の日の朝、父親が思い出したかのように聞いてきた。
「うん、なんとかいい方向に収まったよ。ちょっとよく分かってない部分も出てきたんだけど……」
絵莉花は約束を守ってくれたが、急に玄斗を悪口のようなあだ名で呼ぶことをやめた。
前日のあれが影響したのは理解しているが、何が狙いなのか……と初めての経験に深読みしてしまう。
「それなら良かった」
父親は優しく笑うと、リビングを出ていった。玄斗も準備を済ませ、学校に行く。
「でよ~。それが笑えてさぁ」
すっかり元気になった武の話をいつものように聞いていたら。
「よう、玄斗」
「おはよう、松下さん……」
「けっ」
絵莉花が声をかけてきた。
だが松下さん呼びが気に入らなかったのか、顔を顰めてすぐ行ってしまった。
玄斗にはあまりにもハードルが高すぎた。
「玄斗お前まさか……」
武は一連のやり取りを、信じられない物を見たような反応で眺めていた。
「いやいや、何でもないって!」
「その反応が何でもあるんだよ! あの松下が声を掛けてくるだけでも異常だってのに……いでっ」
「なに生意気に呼び捨てにしてんだよクソイガグリ」
どこから聞こえていたのか、絵莉花が武にげんこつを落とす。
「ご、ごめんなさい松下さん。言い間違えただけで決して意図して言ったわけでは……」
本人がなぜか目の前に現れたことで、こちらもいつもの弱気イガグリが姿を現す。
それを睨みつけると、今度は絵莉花が席に着くのをしっかりと確認し、小さめの声で話し出す。
「丸くなったのかと思ったけど変わらないし、やっぱりお前にだけおかしいじゃねぇか! かぁ~」
そんな様子を見て笑ってしまうと、またうるさく怒られるのだった。
「班目さんありがとう、松下さんのことなんとかなったよ」
委員会ではなく、たまたまラノベを借りに図書室に行くと鏡子がいたため、この前の情報に感謝を伝える。
「私も怒ってる絵莉花をずっと見るのは気になってたからね、こちらこそ助かったわ、ありがとう。予想以上に絵莉花に影響が出てしまったけれど……」
後半は玄斗に聞こえないように小声で呟く。
その後も少しだけ話すと、玄斗が先に図書室を出ていく。その背中を眺めながら鏡子は怪しい笑みを浮かべていた。
昼休みを終えて授業がある教室に移動し席に座ると、同じクラスの委員長が玄斗を確認し、近づいてくる。
「椎名君、確かに私には今のところ何も出来ていないけれど、あんな言い方をする必要はないんじゃないかしら。私も将来のために我慢して我慢して我慢してっ!」
椎名とは玄斗の名字だ。玄斗に向けて急に委員長が怒った様子で問い詰めてくる。
「待って委員長、なんのこと? 僕には何が何だか……」
全く心当たりの無い玄斗は聞き返すことしかできない。
「こんなのを実際に送りつけといて言い逃れができる訳ないでしょっ!」
バシンッと手紙のような物を机に叩きつける。
「私の気持ちも知らないで……くっ」
怒りの中で少しだけ悲し気な表情を浮かべた委員長が玄斗の席を離れていった。
「一体どういうことなんだろ? 松下さんの問題が解決したばかりなのに、また何かあるのか……」
取りあえずその手紙を開いてみる。
そこにはとても玄斗に似た字で、松下さんの問題を筆頭に取り上げ、女尊男卑をどうにかしたいなんてことを言っていたのにお前は何もしないな。みたいな内容が委員長に向けて書かれていた。
ご丁寧に差出人の名前が書いてあり、玄斗になっている。
「僕が何をしたっていうんだ……誤解を解きたいけどあの様子じゃ簡単には受け入れてくれないよなぁ」
最近の心労で疲れていて、やっと落ち着いたと思っていたのに新たな問題が起き、思わずため息をついてしまう。