六話 本格化
ガム事件後、体育がその日最後の授業なこともあり、松下さんは言い残してすぐに帰った。
「いてててて……なんなんだ一体……」
武からすると、玄斗のだと思ってガムを食べただけだ。意味が分からず、痛みのためか涙目で鼻をさすりながら立ち上がる。
「大丈夫っ武!? 誰かのイタズラかな、、」
玄斗は急な出来事に呆然と立っていたが、我に返ると武を心配する。
「なんとかなっ。理不尽な出来事はいっぱいあったけど、手を出されたのはこれが初めてだ。はぁ~、痛ぇし意味わかんねぇし最悪だ。災害だな、災害」
グーパンチを受けても軽口は健在な様で、頼もしい限りである。
「その調子なら大丈夫か。何もフォローできなくて悪かったよ」
「玄斗はマラソンから戻ったばかりで何も分からなかったんだから仕方ないって。まぁ俺も何が何だか理解ができないけどよ」
そんなこんな会話を軽くしてから、お互い帰宅した。
翌日。
「おはよう武、元気ないね。実は昨日の事気にしてた?」
いつもは自分から喜んで話しかけてくる武が、今日は随分と静かである。
「あぁ、玄斗。いや俺は気にして無かったんだけどよ、今朝上履きが隠されててな。どうやら我がクラスの女王様は気になされておられるようだ」
横目に、松下さんが数人の女子と談笑しているのを確認する。
「災難だね、ホント」
「全くだ。まぁ慣れたもんだ、すぐに終わるだろ」
そんな鋼メンタルに玄斗は安心した。
しかし、松下さんは昨日のことを随分と腹に据えかねていたらしい。移動教室の度に、武は何かをされていた。
椅子を隠され、筆箱を隠され。ここまではいつもより回数が多いが、武はそこまで気にしていなかった。
だが、午前の授業が終わり昼食の時間になると、思わず黙っていられなくなった。
武はいつも弁当を持ってきている。自分のロッカーに入れておいた弁当袋を持って机に座ると、それを広げた。
「っっっっ、くっ」
なんと弁当の中身が、袋の中にぶちまけられていてグチャグチャになっていた。あまりの出来事に理解が追いつかず固まっていたが、現実を認めると思わず立ち上がり、松下さんのほうへ歩き出す。
いつも昼食を他のところで食べている松下さんだったが、今日は珍しく居座ってこちらをチラチラと見ながら笑っていた。
やられた本人からすると犯人は明らかである。
「おいっ! これはやりすぎだろ、昨日のことは俺が狙ってやったことじゃない」
松下さん本人を前にしてはいつもビクビクしているだけなのに、今回はハッキリと告げていた。
よっぽど納得がいかなかったらしい。
「はぁ? いきなり来てなんのことよ。何に怒ってるのか知らないけど目障りよ」
松下さんは相変わらず少しにやけた表情でとぼけている。
「こっち見て笑ってんじゃねぇか! お前、しらばっくれてんじゃねぇよっ」
「あぁ? お前って私のこと? 舐めてんじゃねぇぞ」
松下さんは表情を一変させ激怒の表情になると、武の胸元を掴んで威圧する。
「うっ」
それを受けて苦しそうにする。
「まだ何か言いたいことはあるか? なぁっ?!」
「な、無いです。ごめんなさい、失礼しました……」
「ふんっ」
松下さんはそれを聞くと、掴んでいた服を放して、投げ捨てるように武を押し出す。
武はとぼとぼと席に戻ってくる。
「き、気にしないでいいって。ほら、僕の弁当分けられるし」
「あぁ、サンキュー」
ここまで意気消沈した武を見たのは初めてだ。
だが不幸なことに、武への嫌がらせはその後も続いた。目に見えて武は憔悴していった。
玄斗は自分が何もできない無力さを情けなく思いながらも結局行動できず、放課後の委員会の仕事の時間になっていた。
「なんとかしたいけど、僕に出来ることってなんだろう」
今日は委員会全体での仕事ではなく、明日張り付けるためのポスター制作をするため図書室に来ていた。そこまで量は多くないため、落ち着ける場所でやってしまおうという訳だったが、気分は最悪でなかなか進まなかった。
「隣失礼するわね」
横から声がしたため確認すると鏡子だった。同じくポスター制作をするようで、手に紙を持っていた。
だが、どこか前とは様子が違って見える。なんだか悪いことをした後、相手に謝罪しに行くときかのような雰囲気だ。
「うん……」
二人はポスターを前にするも特に手が動かず、数分の沈黙ができた。
するとその沈黙に耐えかねたかのようなタイミングで、鏡子が玄斗に話しかけてきた。
「絵莉花から聞いたわ。クラスの前田君だっけ、がムカついて仕返ししてるって」
鏡子からのまさかの話題にビクッとしてしまう玄斗。ちなみに前田とは武の名字だ。
「そうなんだ、それを何とかしてやりたいんだけどいい方法が分からなくて」
前の鏡子の調子であれば、あまり相手をしているような余裕は無かったが、この話題には反応せざるをえない。
「謝る、で済むのならもう収まってるか」
「松下さんが今回は謝っても許さないってさ。武も自分が悪いのかよく分かって無くて、謝ろうともあまり思ってないみたいだけど。友達がこんな状況だと見てられないよ。かといって松下さんの自作自演って訳でもなさそうだから、責めることも出来なくて」
「……。そうだ! 絵莉花はね、ブランド物に弱いの。なんか小物でもプレゼントすれば怒りも収まるかも」
そうだ!の反応に期待するも、すぐに諦める。
「ブランド物って……。僕も武もバイトしてないし、小物だとしてもそんなお金無いよ。それにお金で解決っていうのも、どうなんだろうって思うし」
「そうね、ごめんなさい」
すぐにまた沈黙が訪れる。
鏡子はスマホでなにか検索しているようだ。
ん?これって……と何かを見つけたのか鏡子が再び話しかけてきた。
「お金のかからない物がないかなって調べてたんだけど、これとかどうかしら?」
そう言って見せてきたスマホに映っていたのは、可愛いらしいクマにブランド名?ぽいものが刻印されているストラップだ。
「なんか謎解きの会社とコラボするみたいで、そのイベントで早く解けた先着百名にプレゼントされるんだって。参加料自体五百円だし、試してみる価値はあると思うんだけれど」
「確かに、これならいいかも。謎解きなんて本やテレビでしか見かけたことないけど……」
これで松下さんの機嫌が直るなら、十分挑戦する価値はある。
「待って、ごめん。でもこのイベント明日の朝からだったみたい。やる気にさせちゃったのに申し訳ないんだけど、明日は平日だし……」
これを聞いて玄斗は何か考えるように、顎に手を当てて目を瞑る。
「うん、決めた! 僕には他に方法が思いつかないし、明日学校を休んで行ってみるよ」
「えっ?! 大丈夫なの?」
「一日くらい大丈夫でしょ、これから休まなければいいんだし。友達をこのまま放っておけないよ。班目さんありがとう、希望が見えてきた。さっさとポスター終わらせよう! 悪いんだけど完成したポスターは班目さんにお願いできる?」
「それはもちろん大丈夫だけど……」
「ありがとう、助かるよ。色々教えてくれて本当にありがとう」
鏡子はそのお礼に申し訳ないような表情で、「うん」と軽く頷くにとどめた。
そこからはお互いすぐに仕事を終えると、玄斗はポスターを預けて急いで家に帰る。
「なんの知識も無いってなるとあれだから、予習しておこう」
玄斗は明日の謎解きコラボイベントに備え、謎解き会社のHPに上げられている問題をひたすら解いていった。
この一連の流れを終わらすまで書きたかったのですが、最後まで書ききれませんでした。
明日の朝までには次の話を上げられるよう頑張ります。