五話 事件
六月も半ばに差し掛かり、地球温暖化のせいか、もうすっかり夏を感じる暑さになってしまった。
小学生の頃などは、夏休みの開始である七月下旬ほどから夏だなぁっと言っていた気がするが、今年が特別暑いのだろうか。
「なぁ~玄斗。女尊男卑ってこんなことにまで影響するもんなのか?! 意味わかんねぇよなぁ」
いつもの武の戯言に何言ってんだとツッコミたいところだが、今回は同意せざるをえない。
「確かにな……。なんで体育の授業の内容が、女子がプールで男子がマラソンなんだろうか」
これは学校の方針で、女性の裸をもしも見たりといったアクシデントが無いようにとの配慮らしいが、流石にマラソンは意味が分からない。
「俺もプールが良かったよ。見たかよ、それを聞いた時の女子の反応。急に笑顔になって、なんて現金な態度なんだ」
クラスの男子全員が体育がマラソンだと聞いた時、驚きと絶望の表情を見せたが、武はつい声に出して「えっ!?」と言ってしまった。
それに反応して松下さんが武のほうを睨みつけたもんだから、武は縮こまるしかなかった。
「逆の立場ならそういう反応になるだろうし、まぁ仕方ないと思おう。せめてもの救いは走る距離が決められてるから、足の速いやつは早めに終われるってくらいかな。僕には関係ないけど、武は良いじゃん」
そう、武は坊主であるがそれはこだわりなどではなく、中学の頃野球部だった頃からの名残である。
人数はそこまでいなかったらしいが、晩年補欠だったらしい。打ってダメ、守ってダメ、肩も弱いの三種の神器を兼ね備えていたのだが。
ここまで聞くとなんで野球部なんだ?と疑問に思うと思う。玄斗も初めて聞いた時はそこを聞いた。
すると、武は小学生の頃、友達の誘いで野球チームに体験で入ったらしい。そこの初めての打席で四球になり出塁すると、テレビで見てやりたかっただけの盗塁に挑戦し成功。その後バッターのヒットによりホームに帰り一点を取った。
野球の醍醐味を何一つ感じていないように思うが、当時の武はホームベースを踏んだ時、快感を覚えすぐ入団を決めたらしい。
実際に、武は足がとても速かったらしいので、塁にさえ出られれば優秀だった。出られれば、である。
「まぁな。長距離はそんな得意って訳でもないけど、流石に運動部でもなかったやつとは比べるまでもないけどよ。あ~憂鬱だ~」
そんなこんなで昼を迎え、体育の授業の時間になった。
「じゃあここから、あそに建っている塔のところで引き返して戻ってきてもらう、合計7kmほどだ。どんなに遅くても授業の終わりの時間に間に合うように、最後尾には私がついていく。早く終わった者から着替えて教室に戻っていい。じゃあスタート」
運動が得意な約半数が先行し、半数を置き去りにする。
武は前者、玄斗は後者である。
玄斗が全体の三分の一ほどの距離に到達したくらいだろうか、前から走ってくる人影が見えた。
なんとなく確認すると、武であった。長距離は苦手などと謙遜していたが、やはりモノが違ったようだ。
すれ違いざま玄斗に軽く頑張れよと声をかけて、軽快に走り去っていった。
「ぜーはー、ぜーはー。おえっ」
玄斗は慣れない運動に肩で息をしながら辛そうにしながらなんとか走り終えると、着替えて少し休んでから教室に戻った。
「おつかれ~」
あれだけマラソンに文句を言っていたくせに、武は笑顔で声をかけてくる。
「マジで死にそうだ……。ん?それガムか?珍しいな」
武はボトルガムを持っていて、口を動かしている所からそれを噛んでいるようだ。
「いや、これ武の机に置いてあったから勝手に貰ったんだけど違うのか??」
「へっ? いや、僕のじゃないよ」
否定により謎と化したガムに、じゃあこれどうするんだよと武があわあわしていると、女子も泳ぎ終えたのか続々と帰ってきた。
「おい!お前どういうつもりだ? これ私んだろ」
教室に入り、どたどたとこちらに向かってくると、武の持つガムを指差しながら、激怒する松下さん。
「いや、えっ、これ、玄斗のだと思っ、て……」
「私の机の中に入れてあったんだから意図的に取ってるに決まってるだろうが。気持ちわりぃな、もう犯罪者のそれじゃねぇか、おいっ」
おいっの声に合わせて松下さんからグーパンチが炸裂した。よっぽど痛かったのか、武は鼻を押さえながら悶絶する。
「ただじゃおかねぇからな、覚悟してな」
松下さんはそう言ってボトルガムを回収すると、そのままゴミ箱に捨てて教室を出ていった。
玄斗は何がなんだか分からず、それを黙って見ていることしかできなかった。