四話 平和な日常
鏡子と久々に、普通の会話という区切りで言うのなら初めて話した翌日。
「おはよ~~」
あまり意識しないようにしていたつもりだったが、寝る時についつい鏡子との会話の意味などを考えてしまっていたようで、深い眠りにつけなかった。
そのためちょっと早起きになりリビングに来た。
「あらおはよう。珍しく早いのね、やる気があるようでなにより」
玄斗がいつもより早く起きたため、普段朝に会うことがない母親がいた。
「ちょっと寝つきが悪くて」
「あら、学校が楽しみでって言ってくれたら大好きなお母さんが喜ぶのに」
こういう冗談っぽいことを言う母親だが、そこそこ大きな会社の部長をしているらしい。
エリートらしいが、それを家庭内で主張して息子に無理を強いたりしないおかげで、玄斗の女性恐怖症的なものが緩和されたので、そこは感謝しているが。
玄斗は小学校に上がるまでは、ニュースなどで女性が男性へのパワハラをするなどの問題が山ほど報道されており、それを目にしてきて常にビクビクしていた。
「ま、それは置いておいて。実際どうなの?問題は無い?最近の方針だと男子生徒への風当たりが強いんじゃない?」
急に真面目な顔で聞いてくる。こういうところも憎めないところである。
「そうだね、まぁ実際地位というか立場というか、男子が強く出れない部分はあるけど、まだ問題ない範囲かな」
「そう、それは良かった。じゃあ私は仕事に行くわね」
母親は朝食をさっと食べ終わると、いそいそと動き始める。
「いってらっしゃい」
軽く返すに留めて玄斗も父親に出された朝食を食べる。こういう見送りは自分の仕事ではないのである。
「美里! いってらっしゃい、頑張ってね」
美里というのは母親の名前だ。
「あなたもね。いつもありがとう」
軽くハグとキスを終わらせ家を出ていく。玄斗が家族団欒のためにもう少しだけ早く起きないのは、毎日のこのやり取りを見たくないせいかもしれない。
もちろん仲が悪いよりは良いほうがいいので文句は言えないが。
「玄斗、まぁ本当に何か思いつめたりするようなことがあったら相談するんだぞ。母さんも父さんも味方だから」
見送りを終えた後、父親も真剣に玄斗に言う。こうして心配をしてくれるところは良い意味で似たもの夫婦である。
「分かったよ、ありがとう。じゃあ僕も行ってくる」
「うん、気を付けてな」
学校に着き教室に入ると、いつものごとく前の席の武が話しかけてくる。
玄斗もかなり余裕を持って学校に来ているが、武はいつも先に着いている。明らかに色んな妨害のような軽いイジメも受けているのに、どこからそんなモチベが出るのだろうか。
「玄斗~、彼女って欲しいよな~」
「お前凄いなっ!?」
とんでもない鋼メンタルである。今日からこいつのあだ名はイガグリからドMサンドバッグに変更である。
「いやいや、いつも厳しい女子しか知らないからさ。彼女ってなったら態度が軟化したりするのかな~なんてよ」
「安心しろ、そんな女性は夢だ、幻だ」
玄斗は自分の母親の顔が浮かんだが、首を振りかき消す。
「委員長とかどうなんだろうな。噂では夢が政治家で、女尊男卑の考えや常識を無くすのが目標とかなんとか」
「さてね、反対にとまでは言わないけど、平等な立ち位置になれば理想は理想だけどね。今は想像もつかないかな」
最前列の席に座り、勉強をしているのかノートに何か黙々と書いているおさげの女子生徒をぼんやりと見つめる。
「ま、一度は付き合ってみたいってだけよ。ダメだったらダメだったで経験で……ってやべ、なんか先生が睨んでんな」
武は急いで前を向き姿勢を正す。HRの時間がきたらしい。
玄斗は玄斗で、もし社会が平等になれば自分の女性とのコミュニケーション下手が治るのかな、と考えるのであった。