二十話 鏡子の思い出
保育園に通っている、当時五歳だった鏡子には友達がいなかった。
だがそのことをそんなに気にしていたわけではない。本が大好きで一人で過ごす時間が苦ではなかったからだ。
周りの女の子は男の子をいじめて楽しんでいたり、走り回ったり運動するのが好きだったりと合わなかったこともある。
「お母さん、図書館行きたい」
そんな鏡子は休みの日に近くの図書館に連れて行ってもらい、本を借りて平日はそれを読んで過ごし、また休日新しく本を借りて読む。これがルーティーンになっていた。
鏡子がいつものように図書館で読む本を選んでいると、声をかけられた。
「それ好きなの? 僕も好きなんだっ!」
その声に振り向き確認すると、見覚えのある顔があった。
名前は知らないが、同じ保育園に通っている男の子だ。まさか話しかけられる、それも男の子からという予想外の自体にうまく言葉が出なかった。
それに確かこの男の子は女の子と話すのを怖がっていた印象がある。よっぽどこの本が好きなのだろうか? 本は凄いなと謎の思考が頭を過ってしまっていた。
「ねぇ、お話しようよ! 誰も本読んでなくてさ、話す人がいないんだ」
嬉しそうな顔が寂しそうな顔へ変わり、そう言ってきた。
鏡子も一人で本を読むのが好きだが、同じ本好きの友達がいれば楽しく話せるのになと思ったこともある。気づけばいいよと返事をしていた。
「そう、カッコいいよね!」
「大ピンチになったところに、騎士様が駆けつけてくれるのはしびれちゃった」
「男の憧れだよ」
相手は男の子だったが、同じ本好き同士で話すことがこんなにも楽しいものだったのかと鏡子は感動していた。
そのまま話していると、あることに気づいた。どうやら相手の男の子は鏡子のことも男だと勘違いしているみたいだ。
鏡子は目にかかるほどの長い髪をしている。しかし本を読むときは邪魔にならないようにそれを結び、さらに今日は帽子もかぶっていたため性別すら分からなかったのだろう。
途中それに気づき教えようかと思ったが、普段の様子を見ている感じ得策とは思えず、伝えることができないでいた。
「僕は玄斗っていうんだ、君は?」
男の子は玄斗君というらしい。名前を教えると女だとバレてしまうため、困った鏡子はとっさに誤魔化した。
「玄斗君だね、えっとわた、じゃなくて僕はキョウだよ」
「キョウかー、いい名前だなぁ」
「あ、ありがとう」
「じゃあ僕はそろそろ帰る時間だから、またね」
今回はこれで別れたが、玄斗もよく図書館へ来るため、この日以降も二人はちょくちょく顔を合わせていた。
玄斗と知り合って三か月ほど経つと、鏡子もすっかり玄斗に気を許し仲良くなっていた。
そうなると同じ保育園に通っていることを一方的に知っている鏡子は、意識して玄斗のことを目で追うようになる。
しばらくはそうやって大人しく目で追うにとどめていたが、普段から話せる距離にいるのに話せないもどかしさを感じるようになり、玄斗に自分がキョウであることを打ち明けることを決心した。
「な、なにかな」
突然女の子に呼び出された玄斗はビクビクしていた。普段のいじめの様子や、テレビで見る印象から女は怖いというのを知っていて、とうとう自分も何かされるんだと不安だった。
「えっとね、玄斗君。私ね、あなたのことが好きなの」
「へっ?」
思っていたのと違った展開に、玄斗はその言葉をそのまま受け取ることができず、その裏に隠されている狙いはなんだと頭をグルグルさせていた。
だが動揺していたのは玄斗だけではなかった。
(どうしよう、どうしよう、どうしよう)
鏡子は顔から湯気が出そうなくらい顔を真っ赤にしていた。
本当は自分がキョウであることを打ち明けるだけのつもりだったが、いざ秘密を話そうと思ってその場に臨むと、間違えて鏡子が玄斗のことを好きだというほうの秘密を先に言ってしまったのだ。
「あ、えっとね、その、間違いで」
鏡子が弁解してとりあえずなんとか自分がキョウであることを言おうとするが、玄斗もそれどころではなかったらしい。
「僕はなにもしてないです、ごめんなさい、怖いんですっ、うわぁぁぁぁあ」
女の子に呼び出され、話したこともないのに告白される。狙いは分からなかったが、これが新手のいじめだという答えを出した玄斗は、とりあえず逃げ出すことに決めた。
「ま、待って!」
呼び止めようとするも止まる気配がない玄斗を、寂しそうに見つめ佇む鏡子。
幼い鏡子の初告白は失敗に終わった。




