二話 濡れ衣
ちょっと来なさいと言われ松下さんの後ろを黙ってついて行く。
反対などしようものなら何をされるのか分からない。
何かやったか、やっぱりさっきのを聞かれていて自分にも矛が向いたのか。
色々考えていると前にいる松下さんが立ち止まって入っていく。
「会議室? 入ったら怒られるんじゃ……」
「うるさいわね、どうせPTAやイベントの相談でしか使ってないんだからいいのよ。早く入りなさい」
会議室に入ると松下さんは置いてある椅子に座った。玄斗は念のためたったまま向かい合う。
「朝礼まで時間もそんなにないし、さっさと確認するわよ」
立ったままなのを怒られなかったので、どうやら正解だったらしい。
「昨日聞いたんだけど、あんた私の悪口言ってたらしいじゃない。うるさいし、すぐ男に手を出して何様なんだってね」
「えっ?!」
身に覚えのない指摘に動揺する。百歩譲ってさっきの武との会話で詰められたなら、止められなかった自分も悪いと謝る気でいた(悪いとは思っていないが)。
だが、昨日というと普通に学校で過ごし、真っ直ぐ家に帰っただけである。
「あの、全く身に覚えないんですけど誰かと間違ってるんじゃ……」
「間違ってないわよ、友達が私のクラスにいる玄斗が言ってたって言ってたんだから。クラスの男子の名前なんて覚えてなかったけど、調べたら玄斗なんて名前は根暗しかいなかったわよ、とぼけると酷い目見るよ?」
最後の一言でギアを入れたようで、ムカついてますオーラが全開なのが目に見える。
「そりゃあクラスに玄斗なんて名前は僕しかいないけど、言ってないものは言ってないし、否定することしかできないよ」
否定したところで現実は変わらないんだろうということは察しがつくが、一応抵抗を試みる。
「へぇ~否定するんだ。私の友達が間違ってるってことは、それを信じた私も間違ってるって言ってるわけだ」
「そ、そういうわけじゃ」
「そういうわけなのよっ! もう、認めて謝るか否定して私に喧嘩を売るのか、もう一度ハッキリ聞かせて貰うわよ」
いつもの理不尽さが全開である。自分を正しいと信じてやまない。
高校生活が始まって最初の頃はクラスの事情を探り探りな部分もあり、こうやって松下さんに詰め寄られても、否定し続けた男子生徒も一人だけいた。
だがそれを聞くと、ニヤリと悪い笑みを浮かべた松下さんは、クラスの松下さんと仲が良い女子数人と次の日から陰湿なイジメを始めた。
武と同じで靴を隠されることから始まり、移動教室を一人だけ違う場所を教えられたり、椅子に透明な両面テープを貼り付けられていて、お尻と椅子をくっつけられたり。
絶妙なレベルのイジメを一日に何回も受け、その男子は日に日に弱っていった。
十日くらい経った頃だろうか、その男子はついに心が折れて担任の先生に相談するも、女子の松下さんの肩を持ち、松下さんに謝ってくださいの一点張り。
もちろん後から誤ったところで松下さんが許すことは無い。
その男子は否定した日の十日後、学校を辞めていた。
そんなことを思い出すと、これ以上否定ができる訳もなく。
「ごめんなさい、もしかしたら何かイライラして思ってもいないことを口にしたかもしれないです」
本当は土下座がいいんだろうが、そこは精一杯の抵抗で深く頭を下げるにとどめる。
「そう。まぁ、謝るならいいわ。否定してくれた方が面白かったんだけど……今度も許すとは限らないから気をつけなさいよ」
そう言い残して松下さんは満足したのか会議室を出ていった。
「だけど、誰が松下さんに告げ口みたいなのをしたんだろう。玄斗が言ってたなんて言ってたけど、僕の名前を憶えてるような女子なんているのか……?」
そう口に出した後、保育園の頃に告白されて断ったあの子のことを思い出す。
「あいつも同じ学校だけど、まさかね……一度も話したことすらないし」
歩いてたら車に衝突された、と事故のように思うようにし、玄斗も教室へ戻る。