十三話 事情②
玄斗のお礼という言葉につい頷いてしまった委員長は、玄斗の後ろについていく。
玄斗の目的が分からず言われるがままついていくと、ある一軒家の前で立ち止まった。
「いきなり家に連れてこられて警戒するかもしれないけど、両親もいるから」
そう言われ表札を確認すると『椎名』と書いてあった。正真正銘、玄斗の実家である。
「あの、椎名君どういうことなの?」
黙ってついてきた委員長だが、ここは確認する必要があった。
「委員長は幸せな家庭なんて無いかもしれない、でもそれを実際に確認できたら自信を持って前に進めるって言ってたでしょ? それを見せてあげようと思って」
「椎名君の家がそうだというの!?」
「そういうこと、じゃあ入って入って」
まだ戸惑う委員長を少し強引に家に導く。
「ただいま~」
「お帰り玄斗。ん? ん?? 」
「父さん、こちら僕のクラスの委員長をしている南海さん」
紹介され、焦る様に委員長も続く。
「あっ、玄斗君と同じクラスの南海 茜です。お邪魔します」
「玄斗の父です。えーっと、南海さんは玄斗と付き合ってたりします?」
「いえっ、ただのクラスメイトで……」
そんなこんな互いに挨拶を済ませると、リビングへと三人で向かう。
「あら、お帰り玄斗。って玄斗が女の子をっ!?」
「玄斗って女の子を避けてばかりでね、まさかと期待してしまったのだけど変な反応をしてごめんなさいね」
「いえ、大丈夫です」
驚いた母親にも自己紹介を終え、本題を切り出す。
「で、そうか、そんな考えをね~今まで大変だったでしょう。私も周りと価値観が全く合わなくて、色々と苦労したわ」
委員長は、大人に女尊男卑の考えに否定的であるということを伝えるのは危険だと思っていたため、玄斗が事情を話し始めた時、思わず止めようとしてしまったが、事前に玄斗から聞いていたことを信じて見守った。
聞いた後の反応は、委員長の知っている世間の女性の考えとは全く違った反応だったため、ひとまず安心した。
「でも私はそれが間違っているとは思っていても、意見を真っ向から訴えることは出来なかった。今の環境が壊れて家族になにか被害が出るといけないから。この家庭を守れればそれでいいと。それは正しいと思っているのだけど、でもその女尊男卑を本気で無くそうとしている人がいることは本当に尊敬します」
真剣に訴える様に、委員長も玄斗の母親が本気で言っているのだと分かった。
「ありがとうございますっ、本当に」
玄斗が委員長の考えを認めた時はまだ半信半疑だった。玄斗は男だし、それは女尊男卑が無くなる方が良いと思っているのが普通だから。
だが同じ女性、しかも大人の女性に認められ尊敬するとまで言われ、今までやろうと思っていたことが必ずしも間違ったものじゃない、同意してくれる女性もいるんだという現実を知り、思わず涙がこぼれてしまった。
「委員長……」
少し経つと委員長も落ち着いたのか、いつも通りの表情で顔を上げる。
「すみません、取り乱してしまって」
「いいのよ。それで私の考えは伝えたけれど、私たち夫婦が仲良くやってるところを見せればいいのかしら?」
真剣な話から一転、悪い笑みを浮かべると、母親は父親に向かって唐突にキスをして見せた。
「きゃっ、そこまでして頂かなくてもっ」
「母さん!!」
委員長は恥ずかしがるように反応し、玄斗は突然の行動に母親を注意する。
「分かりやすいかと思って。ごめんなさいね」
相変わらず悪い表情である。父親も苦笑するだけで特に言うことは無いようだ。
「そんなことして頂かなくても、見ているだけで仲が良いのは伝わってきました。もちろん玄斗君とも。それに、私を認めてくださった時のあの言葉は、自然と心の底から思っていることなんだと理解できました」
玄斗は焦ったが、委員長があまり気にしていない様子だったため安心した。
それからは少しだけ雑談をして。
「大変貴重な機会と時間をありがとうございました。自分が目指す目標を求めている人がいて、それを家庭内だけとはいえ、こんな社会の中で実現できている人がいることを知れて本当に良かったです」
しっかりと頭を下げる。
「私も嬉しかったわ、もちろん夫も。頑張ってね、なにかあったらまた話しに来てくれていいから」
「はいっ! じゃあ失礼しますね」
「見送るね」
家の玄関を出る。
「今日は本当にありがとう。それと最近キツく当たってしまってごめんなさい」
「ううん、問題無いよ。僕も最初はなんで委員長の様子がこんなに気になるのか分かってなかったけど、僕自身が望んでいる、僕が出来ないことをやろうとしている委員長が本当に凄いなって。応援したいし手助けしたいと思っていたんだと思う。母さんも言ってたけど、何かあったらストレス発散のためでもいいから何でも言ってね」
「うん、助かるわ。頼りにさせてもらうね。じゃあまた学校で! あっ、明日は書類忘れちゃダメよ?」
最後は玄斗が今まで見たことのない、冗談めかせて言って出た、自然な笑いを残して帰っていった。
「いや~凄い子だったねぇ」
委員長がリビングに来てからは口を開かなかった父親が言う。
「そうよね、あの歳でなかなかやろうと思える事じゃないわ。玄斗もいい子と知り合いじゃない、母さん安心したわ、逃すんじゃないわよ」
「だからそんなんじゃないって! 委員長が凄いのはそうだと思うけど……」
家族が対等で仲が良く、冗談も言う。そんな、家族らしい平和な会話が幸せなことなんだと、今回の一件で玄斗は改めて実感した。