一話 高校生
世は女尊男卑社会。
今から三十年ほど前に、男は女から生まれ女に育てられる。敬い、それを働いた金で養い感謝すべき。
といった考えを発信した政治家がいた。
男女の比率が約半分であるこの日本において、そんな今更考えを改めるようなことに耳を貸すものなのかと疑問に思うところだが、今の日本はこの女尊男卑の考えが行動や社会に多大な影響を及ぼしていた。
「玄斗~朝だぞ、起きろ~」
「今行くよ」
父親の声に眠たい目をこすりながら起き上がると、リビングへと向かう。
「今トースト入れたからもう少しだけ待ってくれ」
「了解」
そう声をかけてきたのも父親だ。母親はリビングにはいない。
母親は朝早くから仕事に出ていて、玄斗が起きた時にまだ家にいることはまれである。
女尊男卑とはいったが、社会の男女比率が変わっているわけではなく、男性がより家事をするようになった程度であり、玄斗の家庭は父親が専業主婦をしている珍しい家庭なだけである。
もちろん給料の反転や上の立場にいる割合は女性が格段に上がっているため、よく男性社員がいびられているらしいが。
女性が男性を下に見るようになり、男性は女性の機嫌を伺う。これが普遍的になっているが、玄斗の母親はその考えに影響を受けてはいないようで、今の日本では珍しい仲の良い夫婦である。
「ご馳走さま、行ってきます」
「気を付けてな」
そう言って外に出ると、学校へと向かう。
玄斗は現在十六歳の高校一年生である。今は六月であり、ある程度学校にも慣れてきた。
教室に着き、ガラガラっとドアを横に引いて開けると、すでに来ていた生徒たちから視線が飛んでくる。
玄斗は教室の一番左下に位置する端っこの自分の席に向かい、前の席の男子へと声をかける。
「おはよう、武」
「よう、玄斗。聞いてくれよ、昨日の帰り靴が靴箱に見当たらなくてよ、隠されたことが分かって先生に言ったら、無くした自分が悪いんだから必死に探してから言えって言われてよ」
「それはまた……」
「前にもあったからよ、下駄箱横にあるゴミ箱開けたら捨てられてたよ。どうせ松下のやつがやったんだろうがよ」
「ちょっ、武、落ち着きなって」
そんな会話をしていると一人の女子が二人の席に近づいてきた。
「根暗にイガグリじゃない、なんか私の名前が聞こえた気がしたけど舐めてんの?」
根暗が玄斗でイガグリが武のことである。
けんか腰で話しかけてきたのは松下絵莉花。クラスのボス的ポジションの女性だ。
「き、気のせいだよ。松下さんのこと悪く言う訳ないです」
さっきの武はどこへやら、いつもの松下さんを前にした弱気イガグリに成り下がる。
「まぁいいわ。根暗に話があるのよ、ちょっと来なさい」