457、変装と領地へ
大公領の開発を本格的に始めてから季節一つ分ほどの時間が過ぎ、最近はかなり肌寒くなってきている。もう秋の月も終わる頃だ。
「レオン様、そろそろお時間です」
「分かった。転移で行くから、ロジェとローランは俺の近くに来てくれる?」
「かしこまりました」
今日はずっと心待ちにしていた日。そう、大公領にマルティーヌと一緒に行く日なのだ。魔法も駆使して急ピッチで進めてもらっている大公家の領地邸は、主要部分の建設は終わっていてとりあえず住める程度にはなっているので、満を持してマルティーヌを招待だ。
王女ということを明かさずに行く予定だから変装をするって話だったけど、どんな格好になっているのか楽しみだな。
二人を連れてあらかじめ決めてあった王宮の一室に転移すると、そこにはマルティーヌのメイドさんがいて俺たちを案内してくれる。
そうして入ったマルティーヌの私室には……
……とても可愛らしい男の子がいた。
下位貴族の子息が着てそうなシンプルな服装に、丸くてしっかりとした形の帽子を被っている。
「マルティーヌ、だよね?」
「そうよ。どうかしら、男爵家の三男で騎士見習いって設定なの」
「そんなに細かく決めてるんだ。……凄いね」
変装の技術が凄すぎる。よく見れば辛うじてマルティーヌってことは分かるけど、他の人からしたら普通に男に見えるはずだ。
ただやっぱり体格は華奢だし、男にしては可愛さが強い。でも俺らの歳ぐらいなら少し成長が遅いぐらいで通るだろう。
「髪の毛ってどうやってるの?」
「縛ってまとめて帽子の中よ。ショートヘアに見えるように少しだけ出してるの。室内でも帽子を取れないことが難点だけれど、それは仕方がないわね」
「その帽子の中に髪の毛が詰まってるようには見えないよ」
「ふふっ、良かったわ。優秀なメイド達のお陰ね」
これならマルティーヌってことはバレないだろうな。ただ友達って設定で連れていくことになるんだから、接し方には気をつけないと。下手したら友達の男の子に鼻の下を伸ばしてた大公様、みたいなヤバい噂が流れてしまう。
「名前はなんて呼んだら良いかな」
「そうねぇ。クレメントはどうかしら」
「ははっ、弟の名前をそのまま?」
俺はマルティーヌの弟愛が加速していることを悟り、苦笑を浮かべて別案を提示した。
「少し変えてクレンとかにすれば?」
「確かにそのままは避けた方が良いかしら……うん、クレンにするわ。皆もこの格好の時はそう呼んでちょうだい」
「かしこまりました」
メイドさん達は弟の名前を使いたいマルティーヌを、微笑ましげに見つめている。
実は数週間前に、マルティーヌとステファンの弟となる赤ちゃんが生まれたのだ。俺は万が一の時の回復魔法要員で王宮にいたけど、回復魔法は必要ないほどの安産だった。
そうして生まれたクレメントに、マルティーヌだけでなくステファンやアレクシス様、エリザベート様までデレデレだ。
「じゃあレオン、さっそく行きましょう。メイドは一人だけ連れていくわ。メイドも従者に変装済みよ」
「え、もしかしていつものメイドさん!?」
マルティーヌの側に珍しく従者がいたから少しだけ不思議に思ってたけど、まさかのメイドさんだったとは。凄いな……普通に気づかないかった。
「私もお供させていただきますので、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ。……凄いね、本当に分からないよ」
「ふふっ、お褒めに預かり光栄です」
おおっ、確かに笑い方とか声とかは女性だ。俺がそう思って安心していたら、「ここからは声も変えますのでご心配なさらず」とメイドさんはにっこり微笑んだ。
声も変えられるとか……やっぱり王女様付きのメイドになるような人は凄いんだな。
「一度大公家の俺の部屋に戻ってファブリスと一緒に転移をするから、周りに集まってくれる?」
「分かったわ」
まだ領地への直接転移は難しいので、途中からはファブリスに乗っていかないとダメなのだ。ただ最近はファブリスに一時間ぐらい走ってもらえば、領地に着けるぐらいにはなっている。近いうちに直接転移もできるようになるだろう。
「ファブリスただいま。俺を含めて五人を乗せてくれる?」
『相分かった。……なんだか奇妙な格好をしてるのだな』
『ファブリス様、お久しぶりです。今回は身分を隠して領地に向かうので、性別を変える変装をしているのです』
マルティーヌのその言葉にファブリスは納得したように頷き、俺たちが乗りやすいように寝そべった。最近はマルティーヌもファブリスにかなり慣れて、普通に会話ができるようになっている。
「ファブリスはマルティーヌだって気付いたんだ」
『当然だろう? 匂いが同じだ』
「……そういえば鼻が良いんだったね」
ファブリスって人間味がありすぎるから、ついつい獣の特性があるってことを忘れるんだよな。まあ獣の特性って言っても、四足歩行と鼻が良い、夜目が効くぐらいかもしれないけど。
『全員乗ったか?』
「うん。じゃあ皆、転移するよ」
魔力が僅かに残るようにコントロールをして、いつも目印としている大木の下に転移をすると……今回も問題なく成功した。
しかし一気に魔力を消費した疲れで体が重くなる。ファブリスの背中の上にぐでっと寝そべると、後ろにいるマルティーヌが心配そうに声をかけてくれた。
「レオン、大丈夫なの?」
「うん。ちょっと休んだら復活するから。……着くまで寝るね」
「分かったわ。着いたら起こすわね」
マルティーヌのその言葉を最後に意識が遠くなり……次に目を開いた時にはもう領地に着いていた。
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今までのほのぼのとした作風とは少し違うものになっていますので、この作者こんなのも書けるのか! と楽しんでいただけたらと思います。(そう思っていただけるように頑張ります……!)
「最弱冒険者は神の眷属となり無双する〜女神様の頼みで世界の危機を救っていたら、いつの間にか世界中で崇拝されています〜」
という作品です!
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