442、レオンの暗躍
「ミシュリーヌ様、エクスデ国はこの辺ですか?」
寝起きで眠い目を擦って伸びをしながらミシュリーヌ様に問いかけると、すぐに返事が来た。
『うーん、もう少し先よ。北東の方角ね』
「ファブリス、北東にもう少しだって」
『相分かった。ではもう少し走るぞ』
それから数十分、ミシュリーヌ様の指示通りに走っていると目の前に街が見えてきた。低めの外壁に囲まれたその街は、あまり家が密集しているという感じではなく長閑な雰囲気だ。
そしてそんな街の雰囲気に全く似つかわしくない豪華な城が、街の中心部に位置しているのが分かる。
「歪な国だね」
『そうなのよ。あの王宮を作るためだけにかなりの税金が投入されていて、国民は厳しい生活を強いられているわ』
「……そのうちクーデターでも起きそうだけど」
『実際に計画されてるらしいわ。ただそれよりもあの愚王が戦争を始める方が早いでしょうから、このままだとクーデターが成功する前に国がなくなるわね』
なんか本当にヤバい国なんだな……今回のことで少しでもこの国の国民生活が上向けば良いけど。
「さっそく作戦を始めようか。俺とファブリスで王宮の中に忍び込んで、俺は途中でファブリスから降りて爆破予定の塔に向かうよ。その間にファブリスはエクスデ王のところに行って、エクスデ王を脅かしておいて」
『分かった。我の言葉は主人と、エクスデ王とその周辺の者にだけ聞こえるようにすれば良いのだな』
「うん、それでお願い。ファブリスの言葉に合わせて俺が塔を爆破させるから、そこまで終わったらファブリスは塔まで来て。あとは俺の転移で街の外まで逃げよう」
これで上手くいくと良いんだけど……もしダメだったら次の作戦を考えないと。
「ミシュリーヌ様は、塔に人がいないかを確認していてもらえますか? 爆破前に声をかけるので」
『分かったわ』
「じゃあファブリス、怪我しないように気をつけて。もし攻撃されたらできれば殺さない程度の反撃でお願い」
『分かっている。人間の攻撃などいくらでも防ぐ手立てはあるから大丈夫だ』
そう言って自信ありげに頷いたファブリスと視線を合わせ、俺達は頷き合ってから街に向かって駆け出した。外壁は低いのでファブリスなら楽々越えられるみたいで、すぐに街中への侵入には成功する。兵士達は何が起きているのかも分からないうちに侵入を許したようだ。
ミシュリーヌ様に確認してもらったところ、エクスデ王はいつもの定位置であるバルコニーにいるらしいので、一直線にそこへ向かう。
「ファブリス、俺は塔に向かうよ。エクスデ王はよろしくね」
『任せておけ』
〜〜〜
エクスデ国の王宮のバルコニーで、肥え太った王が女性を侍らせて酒を飲んでいると、突然王宮の外が騒がしくなった。もちろん原因はレオンとファブリスだ。
「ん? なんの騒ぎだ?」
「なんでしょう。陛下のお姿を見たい平民が、王宮に殺到しているのではないかしら」
「陛下は素敵な殿方ですものね」
「ぐふっ、ぐふふっ、そうかそうか。それならば我の姿を一目見ることを許そうではないか。見目麗しいのならばお前らの末席に加えてやっても良い」
「ふふふっ、まあ、陛下ったら」
「また増やすのですかぁ?」
しかしエクスデ王は全く危機感を持たず、見当はずれな予想で鼻の下を伸ばしている。こんな時までそのような思考ができるとは、無能すぎて逆に幸せな王なのかもしれない。
しかしバルコニーにファブリスが現れたことで、エクスデ王の表情は一変した。突然現れた強者の気配が漂う神獣、エクスデ王の認識からしたら魔物を前に、顔を強張らせて慌てたように後ずさる。
「な、な、なんでこんな場所に魔物がいるんだ……! お前達、早く倒さんか!!」
「は、はっ!」
騎士達は突然の魔物の出現に固まっていたが、エクスデ王のその言葉でやっと剣を手に取り動き出したようだ。しかしファブリスの声を聞いたことで、再度動きを止める。
『愚かなる王よ、我は魔物などではない。この世界の神であるミシュリーヌ様より遣わされし神獣だ。我はミシュリーヌ様からの忠告を伝えにきた。野心に従い行動すれば、貴様には死が待つのみだ。王位を第三王子に譲り退位せよ。さもなくば最悪の未来が待っていようぞ』
ファブリスのその言葉を聞いて、エクスデ王は真っ青を通り越して真っ白な顔色でその場に倒れ込んだ。
『これから起こるのは、貴様がこのまま行動した場合のこの国の末路だ。しっかりとその目に焼き付けるんだな』
ファブリスがそう言ってエクスデ王を睨みつけた直後、突然バルコニーから見える監視塔が……凄い勢いで爆発した。腹に響くような爆音が響き渡り、建物が少し震えている。
エクスデ王はその光景にもう言葉も出ないようで、汚くズボンを濡らしながら床に這いつくばっている。
『こうなりたくなければ、我の忠告を聞くんだな』
最後にそう言葉を発してファブリスはバルコニーから姿を消し、後に残ったのは顔色の悪い王と侍らせていた女達、それから騎士達だけだ。
さっきのは夢かと一瞬頭をよぎる楽観的な思考も、目の前で崩れている塔を見れば現実に戻される。さっきのは実際に起きたことなのだと。
「わ、わ、私は死にたくない……! 死にたくないぞぉぉぉ!!」
エクスデ王はたっぷり三分はその場で固まってから、突然そんな叫び声を上げてバルコニーを飛び出して行った。向かった先はもちろん第三王子のところだ。
先程の塔が爆破するという事態を受けて、父親である愚王のところに向かっていた第三王子は、死にそうな表情の王に廊下で遭遇する。
「……父上? どうされたのですか?」
「お、お前に、お前に王位をやる! 私はもう王など辞める! 私は死にたくないんだ……た、確か別荘があったよな!? 私はそこに行くから、お前にあとは任せたぞ!」
エクスデ王は第三王子にそれだけを告げると、ぐちゃぐちゃの汚らしい顔面のまま、這う這うの体で自室に向かった。そして従者に最低限の荷物を準備させると、着の身着のままで馬車に乗り込み王宮を後にする。
よっぽど人智を超えた力が怖かったのだろう。この愚王はこれから先の人生で、ついに王都に戻ることはなかったそうだ。