421、楽しいお昼ご飯
コーヒーを口にすると、すぐにマルセルさんの瞳が見開かれた。いつもは細い瞳が見開かれてるのは新鮮だな。
「これは……っ、美味いな」
「本当ですか。良かったです」
やっぱりマルセルさんはコーヒーが好きみたいだ。苦さに顔を顰めることなく、どちらかといえば嬉しそうに頬を緩めてもう一口コーヒーを口にした。
「とても癖になる。それにこの苦味が最高じゃ。不思議と嫌な苦味ではないな」
「では牛乳や砂糖を混ぜて飲んでみてください。俺は苦味がそこまで得意ではないので、牛乳を多めに混ぜたほうが好きなんです。マルセルさんなら少量入れるだけでも良いかもしれません」
それからマルセルさんは真剣に牛乳と砂糖を足して味を吟味し、ケーキには一切手をつけずにコーヒーを飲み切ってしまった。
「わしは牛乳を少量だけ入れたものが好きだな。そのままも良いんじゃが、それに少しの甘みが加わってより美味しくなる」
意外にもブラックが一番じゃないみたいだ。
「牛乳が入ると美味しくなりますよね。ではもう一杯淹れますので、今度はケーキを一緒に食べてみてください」
「ああ、そういえば忘れてたわい。ではもう一杯いただこう」
嬉しそうに顔を緩めたマルセルさんは、ロジェにカップを差し出してケーキを食べるためにフォークを手にした。
そしてコーヒーとケーキの組み合わせを口にしたマルセルさんは、完全にコーヒーにハマったようだ。さっきからその素晴らしさを語っている。この様子だとシュガニスでコーヒーをメニューに加えたら、男性客の増加が見込めそうだな。
俺はそんなマルセルさんの様子を眺めながら、ロジェに淹れてもらった、牛乳の方がコーヒーより量が多いカフェオレ、コーヒー牛乳とも言うを飲みながらケーキを楽しんだ。
そうして工房がカフェに様変わりして、まったりとした時間を過ごしていると、工房のドアがノックされてすぐにドアが開かれた。そしてそのドアからは……可愛く着飾ったマリーが入ってくる。
「お待たせいたしました。どうでしょうか?」
口調も立ち居振る舞いも貴族子女らしくお淑やかなものに変え、さらには優雅な微笑みを顔に湛えている。やっぱりこうしてると、完全に高位貴族のお嬢様だ。
「……マリー様、とてもお似合いです」
「ふふっ、そうでしょう? お兄様が私に買ってくださったんだもの」
「パーティーでは、皆の目がマリー様に集まることでしょう」
マリーが貴族子女のように振る舞っていたので、というか実際に大公家子女なんだけど、マルセルさんもそれに乗って丁寧な口調と態度でマリーのことを褒めた。
するとマリーはお淑やかに微笑んでみせる。しかしすぐにいつも通りの可愛らしい笑顔を見せてくれた。
「マルセルおじいちゃん、どうだった? ちゃんとできてた?」
「ああ、完璧じゃったよ。マリーちゃん、凄く似合ってるな」
「えへへ、ありがと!」
マリーは嬉しそうに頬を緩めてから、満足したのか服を見せるのを止めて席に座った。すると机の上に置かれていたケーキに気づいたようで、途端に瞳を輝かせる。
「二人でケーキ食べてたの? 私も食べたい!」
「もちろん良いよ。何ケーキが良い?」
「うーん、ロールケーキが食べたいな」
「了解。ちょっと待ってね」
俺はアイテムボックスの中から一本のロールケーキを取り出し、それをロジェに綺麗に切り分けてもらった。そしてマリーはコーヒーが苦手なので、ホットミルクもケーキと共に机に並べる。
「はい、どうぞ」
「私が好きなやつだ! お兄ちゃんありがと!」
マリーに出したのはキャラメルナッツのロールケーキだ。マリーはスイーツ全般が好きだけど、その中でもキャラメルにハマっている。
「う〜ん、美味しい!」
「良かった。ヨアンに言っておくね」
マリーの輝くような笑顔を引き出してくれるスイーツには、そしてそのスイーツを作ってくれているヨアンには大感謝だ。もう少し給料を上げようかな……それかボーナスを支給するのも良いかも。
それから皆でスイーツを楽しんで、さらに一時間以上は最近の出来事についての話をして、楽しい時間は過ぎていった。そしてついに昼食の時間だ。
「マルセルさん、食べ物系のお土産もたくさんあるのですが、そろそろお昼時ですし出しても良いでしょうか?」
「おおっ、そうなのか? それは嬉しいな。ぜひ出してくれ」
「分かりました」
俺がまず出したのは香辛料で味付けされた串焼きだ。アイテムボックスから出した途端に、空腹を刺激する香りが工房に充満する。ヤバいな……やっぱりこれは圧倒的に香りが良い。
「不思議な香りがするんじゃな」
「香辛料で味付けされてるんです。マリーも好きに食べてね」
「ありがと! マルセルおじいちゃん、これおすすめだよ」
マリーが串焼きの中から一本手に取り、マルセルさんに手渡した。するとマルセルさんは頬を緩めながら肉を口に運び……数回咀嚼して瞳を輝かせた。
「これは美味いな!」
「良かったです。マルセルさんが好きな味だろうなって思ってたんですよね」
マルセルさんはこの歳にして肉が大好きなので、香辛料たっぷりの串焼きは好みど真ん中だろう。
「あとファイヤーリザードがまた手に入ったのでそのステーキと、それから餃子もどうぞ。餃子は母さんと父さんからです。そしてこれ、辣油っていうんですが、餃子につけて食べてみてください」
そう説明をしながら、俺は机の上に次々と料理を取り出した。お土産と餃子以外にも、パンやスープ、野菜炒めなども並べてテーブルの上を華やかにする。
「これは赤い……油か?」
「はい。少し辛いですが、餃子にかけるとより美味しくなります。辛いのが苦手じゃなかったら試してみて下さい」
マルセルさんは興味深げに辣油を手にし、お皿に取り分けた餃子にスプーンで少しだけ垂らした。そして恐る恐るといった様子で餃子を口に運ぶ。
「おおっ、こ、これは辛いな……」
「そうなんです。辛いのが苦手な人には食べるのが辛いと思います」
「ゴ、ゴホッ、わ、わしには辛すぎるわい」
辛いのは苦手なのか……マルセルさんは涙目で必死にパンを食べて、辛さを誤魔化そうと頑張っている。
「マルセルさん、これ飲んでください。冷たい牛乳です」
俺が渡した牛乳を一気飲みすると、やっと辛さが少し引いたのかマルセルさんは体の力を抜いた。
「辛いものは苦手だったんですね。この串焼きぐらいの辛さなら大丈夫ですか?」
「ああ、それは美味いぐらいの辛さじゃった。だから辣油もそうかと思ったら、騙されたわい」
「マルセルおじいちゃんもこれ苦手なんだね。私もこれは好きじゃないの。餃子そのままの方が美味しいよ!」
マリーは仲間を見つけて嬉しいのか、満面の笑みで餃子をマルセルさんの取り皿に載せる。
「おお、マリーちゃんも一緒なのか。では二人でそのまま餃子を食べよう」
「うん!」
そうしてそれからは、皆がそれぞれ好きなものを食べて幸せな昼食の時間を過ごした。辣油は微妙だったみたいだけど、ほとんどのお土産は喜んでもらえて良かったな。
「お兄ちゃん、また一緒にマルセルおじいちゃんのところに行こうね!」
「うん。そうしよっか」
俺は楽しい時間を過ごして満足そうなマリーと一緒に、馬車に揺られて屋敷に戻った。