399、伝統衣装
ヴァロワ王国の王宮に来てから三日目の朝。明日の昼頃には魔物の森へ向かう予定となっているので、実質今日が王都滞在の最終日となる。
一日目と二日目はフェリシアーノ殿下によってさまざまな文化を紹介してもらったので、今日は基本的に自由時間だ。俺はマルティーヌと相談して、買い物に時間を費やすことに決めた。
「マルティーヌ、おはよう」
まず午前中は王宮に呼んだ仕立て屋、靴屋、装飾品店で買い物を楽しむ。ロジェに連れられて店の人が来ているという応接室に向かうと、既にマルティーヌもソファーに座って俺を待っていた。
「レオンおはよう。やっと来たわね」
「待たせてごめん。でもマルティーヌが……早くない?」
「楽しみで早く着きすぎたわ」
そう言って無邪気な笑みを浮かべたマルティーヌは、この遠征で一番楽しそうにはしゃいでいる。ずっと王女として気を張ってきたのだろうから、こういう時間も必要だろう。まだまだ帰りも含めたら先は長い。
「俺も楽しみだったよ。じゃあ早速色々と見せてもらおうか」
「ええ、ではお願いします」
マルティーヌがまずは仕立て屋に声をかけると、多くの布と既製品を持った女性三人が前に出てきた。
「この度はラースラシア王国の王女殿下と大公様にお呼び立ていただき、感謝の念に堪えません。ご滞在が明日までということで既製品と布をご所望でしたが、一から仕立てて後に貴国へ服を送ることも可能ですので、デザイン画も持参いたしました」
あとで送ってもらうことなんてできるんだ……これもフェリシアーノ殿下が配慮してくれたのかな。
「あら、それは本当なの? それならば、いくつか一から仕立ててもらうことにしようかしら……レオン、どう思う?」
「俺は良いと思うよ。ヴァロワ王国とはこれからも関係が続くだろうし」
俺のその言葉にマルティーヌは少しだけ考え込んでから一つ頷き、仕立て屋の女性達に微笑みを向けた。
「では数着仕立てるわ。デザイン画の方もお願いね」
「かしこまりました。まずはどちらからご覧になりますか?」
「そうね……既製品からにするわ。こちらで気に入ったものを先に購入して、それ以外で欲しいデザインを頼むことにします」
マルティーヌのその言葉に、三人は決して騒々しくはないけれどかなりの速度で動き始めた。そして数分で目の前にはたくさんの服が並べられる。
「うわぁ、素敵だわ」
「本当だね……凄く豪華だ」
この国の女性のドレスは、分厚めのツルツルしている生地が一枚だけで作られているものが多い。スカートはふんわりしていなくて、タイトスカートが主流みたいだ。マーメイドスカートのようなものもある。
何枚も布を重ねて豪華さを表す、ラースラシア王国のドレスとはかなり違う。この国のドレスは布は一枚だけの代わりに、色合いや刺繍で豪華さを表すようだ。
「この国では複数の布を繋ぎ合わせることなく、一枚の布で作られたドレスが良いものだと言われております。伝統的なものはこちらのタイトスカートに少しだけスリットが入ったものに、上半身は長袖のハイネックです」
これはパーティーで王妃殿下が着ていたドレスに形が似てる。伝統衣装だったのか。
「とても素敵だわ。その伝統的な形のドレスは一着購入します。そうね……そちらの青色のものが良いわ。試着をしてみても良いかしら?」
「もちろんでございます」
部屋の隅に事前に準備してあった試着のスペースに、マルティーヌとそのメイドが二名、そして護衛が一名と店員さんが一名向かった。俺はマルティーヌの着替えが終わるまで待機だ。
「伝統的なドレスは長袖みたいだけど、他のデザインは半袖が多いんだね」
マルティーヌが帰ってくるまでに何か雑談をと思い、気になっていたことを聞いてみた。
「はい。やはり一年を通して温暖な気候のため長袖では暑さが辛いという意見が多く、時が経つとともに半袖が主流となりました。現在は基本的には半袖のまま過ごし、公の場やパーティーなどではこちらの薄いショールを羽織るのが一般的です」
「それは涼しげで良いね。男性の服装も変化してたりするの?」
フェリシアーノ殿下や陛下を見ている限り、男性の服装もラースラシア王国とは雰囲気が違っている。詰襟のシャツのようなものにジャケットを羽織り、下はズボンに革靴なので大きく分けると似てはいるのだけど、ジャケットの丈が短くカラフルで、首元には何も装飾がないところが大きく違う。
多分暑いから、首元にはタイをつけないのが主流なのだろう。その代わりに腰回りに布が巻いてあり、豪華さを示しているようだった。
「男性の衣装も近年変わってきています。やはり長袖のシャツに長袖のジャケットを羽織るのは暑いということで、公の場以外では豪華な染めと刺繍をしたシャツのみを着用されることも多いです。ただ公の場ではジャケットを羽織るのが未だに主流でございます」
「そうなんだ。男性用の服も今ここにあったりする?」
「もちろんでございます」
今日はマルティーヌの買い物予定だったからないかなと思いつつ、ダメ元で聞いてみたらにっこりと綺麗な笑顔で頷かれてしまった。さすが王宮に呼ばれる仕立て屋は、こういうチャンスを逃さないな。
「じゃあ見せてほしい。俺もいくつか購入しても良いかと思ってるんだ」
「かしこまりました」
それから並べてくれた服はマルティーヌのものより種類は少なかったけど、俺にとっては十分な品揃えだった。
「たくさんあるね……」
さっきのマルティーヌのドレスもそうだったけど、サイズが全部俺にピッタリなのが凄い。事前にロジェ達が伝えてるんだろう。
「人気なのはどれかな」
「そうですね……やはり圧倒的に人気なのは青や水色などの涼しげなお色と、緑など自然のお色です」
確かにこの国は暑いから、赤とか黄色はあまり着たくない。黒も陽の光を集めて暑くなるし、必然的に青や緑になるんだろう。俺もこの中だと青を選びたくなる。
「あら、レオンの服をもう見てるのね」
俺が自分の服を吟味していたら、着替え終わったマルティーヌが後ろから声をかけてきた。そこでマルティーヌの意見も聞こうと思って何気なく振り返ると……
……思わず、固まってしまった。
「ふふっ、どうかしら? 似合ってる?」
ヴァロワ王国の伝統衣装を身に纏ったマルティーヌは、いつもの可愛らしい雰囲気から一変していた。凄く上品で清楚で……触れるのを躊躇ってしまうような、清廉さを感じる。
「う、うん……凄く、似合ってる」
俺はなんとかそう言葉を返しながら、うるさく鳴っている心臓を落ち着かせるために小さく深呼吸をした。いつものマルティーヌと違って緊張する!
「これ凄いのよ。スカートが広がらない作りになっているから動きづらいのかと思ったけど、そんなことないわ。分厚い布を使ってるけどそこまで重くないし、着心地が良いの」
「そうなんだ、凄いね」
全く気の利いた言葉を返せてないけど、マルティーヌは満足げに微笑んでくれた。今度ちゃんと綺麗だったって伝えておこう……
「それでレオンの服は選んだの?」
マルティーヌの意識が俺の服に向いたことで、俺も少しだけ落ち着いて服に視線を戻す。
「まだだよ。今人気の色を聞いてたところなんだ。青系や緑系統が人気なんだって。涼しげで自然の色だから」
「そうなのね。……じゃあこれとかどうかしら? レオンに似合いそうだわ」
マルティーヌが選んだのは、鮮やかな黄緑色のジャケットだった。刺繍も豪華で俺も目を引くと思ってたやつだ。
「それ良いよね。あと男性はシャツだけでいることも最近は増えてるらしくて、そのシャツとか良いと思わない?」
「これのこと? ええ、とても素敵ね」
「ではジャパーニス大公様もご試着されますか?」
「そうだね……お願いしようかな」
「かしこまりました」
そうして俺とマルティーヌはそれぞれ服を五セットずつ購入し、さらに靴やブローチなど、小物もたくさん選んで大満足で買い物を終えた。
大公になっていろんな服を着させられてたからか、今までよりも楽しかったな。ラースラシア王国に帰ったら、エリザベート様に見せてあげよう。