380、ナイショの治癒
「はい、どこか痛いところはある?」
「え、え、どこも痛くねぇ! なんだ、レオンすげぇな。お前何者なんだ!?」
男の子は自分の体を見下ろして、怪我どころか汚れひとつなくなったことに驚愕している。
「俺は神の使徒なんだ。そして大公位も貰ってる」
「……あれ、そういえば使徒ってどっかで聞いたことあるような。もしかして、魔物の森の奥にいる強い魔物を倒してくれたっていう、あの?」
「そう、知ってるの?」
意外とこんな田舎の村にまで話が伝わってたみたいだ。
「行商人が言ってたんだ! 村の子供達の憧れだぞ。え、でも待って、レオンが使徒様なの? 使徒様ってもっとでかくてムキムキで強そうなんじゃ?」
こんな田舎にまでその誤解が……! どうせ俺はムキムキじゃないし威厳もないよーだ。別に良いんだ、誤解されてる方が使徒だとバレなくて動きやすいし良いんだ!
うぅ……泣きたくなってきた。
「た、確かに、今の魔法は凄かったな。レオンはすげぇな、使徒様なんだな!」
「別に気を遣ってくれなくて良いよ……」
――ぐるぅぅぅ。話をしていたら唐突にお腹の音が辺りに響き渡った。発生源はもちろんルイのお腹だ。
「お腹空いてるの?」
「わ、悪いかよ! 二日前から少しの果物しか食べてねぇんだ」
「ごめん、話に夢中になってて気づいてあげられなくて。とりあえず食事しながら話をしようか」
これから村で夕食を食べるし久しぶりなら消化に良いものが良いよね……そう考えて、スープとパンだけをアイテムボックスから取り出した。そして机と椅子も設置してその上に食事を乗せる。もちろん辺りにバリアを張ることも忘れない。
「はい、これ食べて良いよ。座って」
「え、ちょっ、な、何これ!? どこから出てきたんだよ!」
狼狽えるルイの様子が新鮮で思わず笑ってしまう。最近はアイテムボックスにも驚かれなくなってるから。
「俺の魔法だよ。使徒だって言ったでしょ?」
「す、すげぇな!」
ルイの俺を見る目がキラキラとしたものに変化した。俺はその視線に少しだけ良い気分になりつつ、もう一度ルイに椅子をすすめる。
「遠慮しないで食べて良いよ。ローランも座って。ファブリスもゆっくりしててね」
「かしこまりました」
『了解した』
ルイは最初こそ遠慮して少しずつスープに口を付けていたけれど、すぐに空腹に勝てなくなったのか、がっついて食事を始めた。食事のマナーなど全く身についてないけれど、一心不乱に食べすすめる様子には思わず顔が緩んでしまう。
やっぱり子供が空腹に耐えてるなんてダメだ。子供はお腹いっぱい食べて元気よく走り回らないとね。俺は自分も子供だということは完全に忘れてそんなことを考えていた。
それからルイが落ち着くまで食事を食べさせてあげて、食後のお茶と果物を取り出す。
「それでルイがここにいた理由だけど、薬草を探してたんだっけ?」
「そうだ。母ちゃんが病気でベッドから起き上がれなくなって、行商人に効く薬草を聞いたんだ。それで森に探しにきてた」
「他の家族は?」
「父ちゃんは数年前に病気で死んだからいない。あとは妹が二人いる」
じゃあお母さんがいなくなったら、ルイは両親を共に失うことになるのか……ルイのお母さんを助けたいな。
でも大々的に治してしまうと、俺が大きな病気まで治癒できることがバレることになる。実は病気の治癒に関しては、あまり情報が出回らないようにしているのだ。この世界に住む人全員を治すわけには行かないし、俺のところに連日大病を患った人が訪れることになっても困るから。
定期的に行っている魔法の授業で、回復属性の人には人体の仕組みなどを教えていて、センスがある人は数日に分ければ病気も治せるようになってきている。だから俺が治してしまうのではなくて、そうやって治せる人が少しずつ増えていけば良いと思ってたんだけど……いざ目の前に病人がいるとなるとやっぱり治してあげたくなるよね。
それに俺が治さなかったら、ルイのお母さんは助からないだろう。病気を治せる人が増えてるとは言ってもまだ王都や主要都市だけだし、治してもらう治癒費も病気の場合は高くなる。
……ルイ達家族には俺のことを内緒にしてもらって治癒しようかな。ルイが必死に採取してきた薬草が効いたってことにしてもらえば誤魔化せるだろう。この村には薬学に精通してる人なんていないだろうし。
「ルイ、俺なら魔法でお母さんの病気を治せると思う」
「……本当か? な、治してくれるのか!?」
「うん、でも条件があるんだ。俺に治してもらったってことを秘密にしてほしい。俺のところに世界中の患者が来ても困るし、なんであの人は治したのに私は治してくれないんだって言われるとキリがないから……」
俺は目の前に困ってる人がいたら手を差し伸べるけど、世界中の困ってる人を自分の時間を犠牲にしてまで助けたいとは思えない。それにそんなことをしてたら、俺がいなくなってからの世界が大変なことになりそうだし。
俺以外に病気を治せる人を育成して、さらに薬師という職業も絶対に廃れさせてはいけないと思う。そのためには俺があまり出しゃばらない方が良いのだ。
俺のそんな気持ちをどこまで理解してくれたのかは分からないけれど、ルイは真剣な表情で頷いてくれた。
「分かった。誰にも言わない」
「ありがとう。じゃあルイのお母さんを治しに行こうか」
「……レオン、ありがとう」
「ここで会ったのも何かの縁だからね」
それから俺はルイもファブリスの背中に乗せて、村まで急いで戻った。そして広場の方には寄らずに、人気のない村の外れにやってくる。
「ルイがいなくなってたことは村で騒ぎになってるのかな」
「うーん、母ちゃんが病気になってからうちの畑は管理しきれてなかったし、数日なら気づかれてないかも」
「それならこのまま遭難してたことは内緒にしておいてくれる? 俺が助けたってなると、お母さんを治したのは俺だってなるかもしれないし」
このままルイが家に帰って俺は何食わぬ顔で宿に戻れば、俺とルイには何も接点がなくなるから騒ぎになることもないだろう。
「分かった。俺も森で迷ってたなんてカッコ悪いこと言いたくねぇから大丈夫だ」
「それもそっか。家こっちで合ってる?」
「ああ、そこの家だ」
ルイが指差したのは、村の一番端にあるこぢんまりとした平屋だった。家の前にある畑は、半分ほどが管理しきれていないのか雑草が伸びてしまっている。お父さんがいる前提で管理できる広さだったのだろう。
ファブリスから降りると、ルイは家まで駆けて行き玄関のドアをバタンっと開けた。
「母さん、大丈夫か?」
「お兄ちゃん!!」
ルイの声に妹らしき反応が聞こえてくる。妹さんは元気みたいで良かった。それからしばらく家の中から話し声や物音が聞こえ、数分後にルイが俺を呼びに来てくれた。
「レオン、入って良いぞ」
「お邪魔します……あれ、妹さんは?」
「あいつらにレオンを見られない方が良いかと思って、奥の部屋にいてもらってる。母さんはこっちだ」
ルイに連れられて入り口近くの部屋に入ると、そこには俺の母さんと同じぐらいの年齢の女性が横たわっていた。顔色が悪くかなり痩せているし、息苦しそうだ。
「母さん寝てるみたいなんだけど、大丈夫か?」
「うん。今のうちに治してみるよ」
ルイのお母さんに近づき回復属性の魔力で全身を覆うと……これは、肺が悪いみたいだ。アルバンさんを治した時の感じに似ている。
「治せそうか……?」
ルイが不安げにそう問いかけてきたので、俺は安心させるためににっこりと微笑んだ。
「治せるから心配しないで。ちょっと待っててね」
全身に纏わせた魔力を肺に集中させていき、悪いものがなくなるまで魔力を注ぎ続ける。そしてしばらくすると、完全に治しきれたみたいだ。
「これでもう大丈夫だよ」
「……本当か?」
「もちろん。このまま寝かせておいてあげたほうが良いと思う。目が覚めたら体を清潔にして、少しずつご飯を食べればすぐ元気になるよ。食べやすい食事も置いておくね」
ベッド脇にあったサイドテーブルの上に消化の良い食事を並べ、ルイと妹達の分にとステーキや牛肉の煮込みもいくつか取り出した。
「これ皆で食べて。……じゃあルイ、俺はもう行くよ。早く戻らないとだから」
「そっか……レオン、ありがとな!」
ルイは少しだけ寂しそうな顔をしながらも、笑顔で送り出してくれた。ルイとは仲良くなれそうだからちょっとだけ寂しい。
「あっ、あのさ、また会えたらその時は今日みたいに話しかけても良いか?」
「もちろん!」
俺はルイのその言葉が嬉しくて食い気味で返事をした。そしてお互いに苦笑しつつ手を振って別れる。また会えたら嬉しいな。
「ファブリス、ローラン、宿に戻ろうか」
『うむ、夕食を食べなければな』
「ふふっ、そうだね」