371、使節団会議 前編
次の日も俺はファブリスと共に王宮に来ていた。今日の目的地はアレクシス様の執務室ではなく謁見の間でもなく、昨日の会議室だ。
昨日の夜にはヴァロワ王国の面々を招待したささやかな夕食会が開かれ、そこで出発日が二日後に決まったらしい。よって至急使節団のメンバーを全員集めて、今日は一日会議をすることになったのだ。
しかし王宮に着いて使用人に案内されて向かった先は、会議室とは少し離れた応接室だった。
「今日は会議室ではないのかな?」
「ジャパーニス大公様と神獣様はまず、こちらの応接室にお通しするようにとのことです。中でマルティーヌ様がお待ちです」
マルティーヌがいるのか。俺はその事実を聞いて、少しだけ緊張していた体を緩めた。中に入ると、マルティーヌがお茶を飲みながらゆったりと過ごしている。
「マルティーヌ、おはよう」
「レオン来たのね、おはよう。神獣様もようこそお越しくださいました。そちらのクッションをお使いください」
『うむ』
にっこりと微笑みながら席をすすめてくれるマルティーヌに従って、俺は向かいのソファーに座り、ファブリスは部屋の隅にあるクッションに寝そべった。するとすぐに淹れたてのお茶が出される。
「今日って会議じゃなかったの?」
「いえ、これから会議よ。だからレオンと一緒に行こうと思ってここで待っていたの」
「そうだったんだ。ありがとう」
俺は応接室に案内された理由が分かり、安心してお茶に手を伸ばした。おおっ……美味しい。少し柑橘系の香りがするお茶だ。
「このお茶美味しいね」
「これは最近輸入されるようになった新しいお茶で、私も気に入ってよく飲んでいるのよ」
「俺も買おうかな」
「本当? じゃあ買い付け先を紹介するわ」
マルティーヌのその言葉にそれぞれの従者が動き、情報交換を始めた。こういう時にサッと動ける従者はやっぱり優秀だ。さすがロジェ、そしてマルティーヌのメイドさん。
「それにしても、二日後に出発だなんて急よね」
「それだけヴァロワ王国の状況が、厳しいのかな……」
昨日の夕食会は公式のものじゃなかったし、俺はまだ未成年だからと参加しなかったので、どんな経緯で二日後の出発になったのか詳しく知らない。でも状況に余裕があったら日程に余裕を持たせるだろうし、一日でも早くと焦るような状況ってことだ。
それに使節団として行くなら、ヴァロワ王国に着いてすぐに魔物の森へと向かうのが難しいのだと思う。多分数日は王宮でさまざまな日程をこなしてから、魔物の森へ向かうことになるはずだ。
この辺は身分があるからこそ動きづらいところだよね。
「強い魔物に街が襲われるなんて……想像もしたくない悲劇だわ」
街の惨状を思い浮かべたのか、マルティーヌは表情を曇らせた。確かにファイヤーリザードが街で暴れたってなったら……木造家屋は口から吐く炎で燃やされ、石造の建物はあの硬化した尻尾で壊され、酷い状況だろう。
「早く助けに行ってあげよう」
「ええ、そうね。確かに準備に時間を取られてる場合じゃないわ」
それからマルティーヌとお茶を飲みつつしばらく雑談をして、会議開始の十分前に応接室を出た。今回の会議は俺達が一番上の身分だから、早く行きすぎるのも避けないといけなかったのだ。
会議室に入ると、既に俺達以外のメンバーは全員集まっていた。
「王女殿下、ジャパーニス大公様、神獣様、ご足労いただきありがとうございます。お二方はこちらへ。神獣様のクッションもご用意してあります」
軍務大臣であるコラフェイス前公爵様が、俺達に席を勧めてくれた。一番上座の席で、ファブリスのクッションは俺の隣に置かれている。
『感謝するぞ』
ファブリスが満足気にそう言ってクッションに寝転び、俺とマルティーヌが席に着いたところで会議は始まった。
今回の使節団の実質的な指揮者であるコラフェイス前公爵様が会議を進行する。
「まず今回の使節団の目的は、両国間での文化的な交流と魔物の森への対処法の共有だ。そしてそれに伴って合同軍事演習も行うことになっている」
やっぱり文化的な交流も目的になってるのか。この世界の他国文化って今まで触れたことがないから楽しみだ。ヴァロワ王国独自の料理とか食べられるかな。
「しかし公になってはいないが、一番の目的はファイヤーリザードと呼ばれる強大な魔物の討伐と、魔物の森を押し返すことだ。同盟国となったヴァロワ王国を助けるため、全力を尽くそう」
「はっ!」
軍務大臣の呼びかけに騎士の方達が、完璧なタイミングで声を揃えて返事をした。やっぱり騎士ってカッコ良いよね。
「ではここからは実際の道中について、話し合いを行う。まずは隊列についてだが、ヴァロワ王国からの客人を乗せた馬車が一つ、そして王女殿下とジャパーニス大公様が乗られる馬車が一つ、さらに文化交流のため数人連れて行くことになった文官達が乗る馬車が一つ、そして最後に王女殿下と大公様の従者と護衛が乗る馬車が一つ、合計四つの馬車が連なって行くことになる」
その説明に騎士達の間では微妙な空気が流れた。そうだよね、俺も一ヶ所おかしいところがあるなって思った。マルティーヌはまだしも俺の従者は別に必要ないだろう。
もちろんいてくれたらありがたいし心強いけど、できる限り人数は減らした方が楽だと思う。
そのことを口にしようとした瞬間、騎士達の中ではベテランの域に入りそうなガタイの良い人が口を開いた。俺の気持ちを代弁してくれるのだろうか、そう期待して待っていると発せられたのは全く違う内容。
「軍務大臣様、食料を運ぶ馬車はないのですか?」
そしてその言葉にほとんどの騎士が、同意の意味を込めて頷いている。……俺の従者の部分で微妙な顔をしてたわけじゃなかったのか。
「今回は食料を運ぶ馬車は用意しない。しかしその代わりに、大公様がアイテムボックスという魔法で全ての食料を運んでくださるそうだ。またその魔法が魔法具になったものも、いくつか陛下からお借りしている。よって荷物の運搬に関する心配は無用だ」
「そうでしたか、かしこまりました。ジャパーニス大公様、ありがとうございます」
軍務大臣のその説明に、騎士達が揃って頭を下げた。俺はその様子になんだか居心地が悪くなり、話題を変えるためにさっき聞きそびれた質問を口にする。
「軍務大臣殿、私からも一つ良いでしょうか?」
「もちろんでございます」
「先程の話では私の従者と護衛が同行することになっていましたが、私はどちらも連れて行かなくて構いません。人数は極力減らした方が良いと思うのですが」
俺のその提案は通るかなと思っていたら、あっさりと却下された。
「いえ、やはり使徒様としての威厳を見せるためにも、大公様には従者と護衛が必要かと思われます」
確かに威厳と言われると言い返せない。俺自身に威厳がないからね……
「……分かりました。では素直に連れて行くことにします」
「よろしくお願いいたします」
それから他に質問がないかを確認して、次の議題に進んだ。
「次は道中泊まる街について説明をする。まずはこの紙を見て欲しい。王女殿下と大公様もこちらをどうぞ」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
それは一枚の紙にまとめられた日程表だった。昨日の今日でこれを作ったのか……凄いな。
「野営は一度もないのかしら?」
「はい。ラースラシア王国側では、宿や貴族の屋敷に宿泊していただきます。しかし国境を超えてからのことは不明瞭でして……裏面をご覧ください」
軍務大臣のその言葉に皆が一斉に裏面を見る。すると裏には、国境越えをする日からの日程が書かれていた。確かに途中で宿が未定のため野営の可能性ありって書いてあるな。
「もしかしたら何度か野営となってしまうかもしれませんが、ご容赦いただけたらと思います」
「別に野営でも構わないわ」
「ありがとうございます」
「マルティーヌ、野営でもベッドがあるから心配しなくても大丈夫だよ。バリアで覆えば誰も中に入れないし、土魔法で中が見られないように壁も作るし」
俺がマルティーヌの方を向いてそう言うと、マルティーヌは少しだけ呆れた表情を浮かべながらも笑顔で頷いてくれた。
「さすがレオンね。じゃあ野営の時はお願いするわ」
「任せて。ということなので、騎士の方々も野営の心配はいりません。あっ、ですがベッドが人数分はないので……人数分購入できるでしょうか?」
俺のその質問に軍務大臣は、微妙な表情で首を横に振る。
「……いえ、騎士達は野営に慣れておりますゆえ、ベッドは必要ありません。お心遣い感謝いたします」
……野営にベッドは非常識だってことを忘れかけてた。確かに騎士の方達は野営に慣れてるから大丈夫だよね。じゃあ俺とマルティーヌとその従者や護衛、そしてヴァロワ王国の方々の分だけは用意しておこう。
何個か足りないからこの後に買いにいかないと。
俺がそんなことを考えているうちに、話は次の議題へと進んでいた。次は国境越えのルートについてみたいだ。