329、公爵家へ帰還
「今日聞きたかったのは魔石と魔鉄のことなんです。さっきアレクシス様から一箇所からしか産出しなくて、それがこの国にあるから他国との関係で有利になれると聞いたんですけど、それって本当なんですか?」
『あー、その話ね。魔石と魔鉄が産出する山は、今現在レオンがいる国にしかないのは事実よ』
そう話したミシュリーヌ様の声は、さっきまでの明るさとは一転かなり暗い様子だ。あんまり聞かないほうが良かったのかな……
『その二つは前の使徒の子と話し合って作ったものなの。この世界にも地球の機械みたいなものを作ろうってことで色々と考えて、結局は魔石と魔鉄の二つに落ち着いたのよね。それでまずは使徒の子がいた国で産出するようにって、今レオンがいる国にある山を魔石と魔鉄が生み出される山に変更したの』
「そんな経緯だったのですね。それで他の場所にはその後に作らなかったのですか?」
俺のその質問の後でしばらく沈黙が流れる。……この話はやめた方が良いのかな。そう思って口を開こうとした矢先に、ミシュリーヌ様の声が聞こえてきた。
『最初の山を作った時点でもう神力が空っぽだったのよ。それで予定通りいけば使徒の子が魔法具を作って、それによって信仰心を集めて神力も増やすつもりだったんだけど、ちょっと誤算があってね。あの山の魔石と魔鉄は魔素を取り込んで時間経過と共に作られるようになってるんだけど、最初に産出するまでに十年以上の月日が必要だってことが作った後に分かったの。そしてそれを待ってる間に使徒の子は亡くなっちゃったのよ。もうあの時はかなり歳をとっていたから』
……そっか。この話は前の使徒の人が亡くなった時のことを思い出しちゃう話だったのか。悪いこと聞いちゃったな。
それにしても今までの話からして、ミシュリーヌ様と前の使徒の人ってあんまり良い関係性じゃなかったのかなって思ってたんだけど、今のミシュリーヌ様の感じからするとそんなことはなさそうだ。なんだかんだ仲良かったのかな。
……ずっと存在し続けるっていうのも辛いんだね。
「辛い話を思い出させてしまってすみません」
『いや、別に良いのよ。随分と昔の話だもの。もう何百年も経ってるのね……』
……何百年って、やっぱりミシュリーヌ様は神様なんだね。最近は全然神様っぽくないと思ってたけど、こういう話を聞くと実感する。
「これから先、新たな産出場所を作る予定はないのですか?」
『そうね〜、一応他の場所にも作ろうとは思ってるんだけど、あれを作るのにはあり得ないほどたくさんの神力が必要なのよ。だからもっと余裕が出来てからになるわ。でもさっき言ったように、あの山の魔石と魔鉄は時間経過とともに魔素を取り込んで新たに作られるから、尽きることはないはずなの。だから他の場所に作るのは当分後回しになるわね』
まさかの尽きることがない鉱山だったのか。それはラースラシア王国としては最高だよね。毎年少しずつでもずっと魔石と魔鉄を手に入れられて、それを他国に売り続けられるんだから。
……でも一歩間違えたら確実に争いの種になるだろうな。ミシュリーヌ様の神力が溜まったら、他の場所にもいくつか産出する場所を作ったほうが良い気がする。
「色々と教えてくださってありがとうございました。また気になることがあったら聞きますね」
『分かったわ。じゃあ、イベントの話は頼んだわよ!』
ミシュリーヌ様はさっきまでの暗い雰囲気を払拭するかのように、明るい声でそう言った。俺はその声に少しだけほっとして言葉を返す。
「はい、ちゃんと計画するので安心しててください。ではまた連絡しますね」
『ええ、頼んだわよ。ファブリスもちゃんとするのよ』
『分かっております』
そうしてミシュリーヌ様との通信は切れた。ふぅ、予想以上に長い話になっちゃったな。途中で公爵家に着きそうだったから、無駄に中心街を散歩しちゃったよ。
「じゃあファブリス、公爵家に戻ってくれる? 道はあっちね」
『もう戻って良いのか?』
「うん。話は終わったから」
『了解した』
ファブリスに乗って公爵家に向かうと、既に情報が行き渡っているのか門番さんはすぐに門を開けてくれた。そして中に入ると、ロジェが迎えに来てくれる。ロジェはまた門番の詰所で待ってたんだな。
「レオン様、ご無事のご帰還心よりお祝い申し上げます。それから神獣様、お初にお目にかかります。レオン様に従者として仕えておりますロジェでございます。よろしくお願いいたします」
「ロジェただいま、出迎えありがとう」
ロジェを見るとやっと帰って来たなと改めて実感する。なんか安心するんだよね。
「ファブリス、この人は俺の世話をしてくれたり仕事を手伝ったりしてくれる人だよ。これから関わることも多いと思うから仲良くしてね」
『ロジェだな。主人共々よろしく頼む』
「よろしくお願いいたします。ではレオン様、神獣様、お屋敷までご案内いたします」
そうしてロジェの先導で屋敷の前まで向かうと、そこには家族皆とカトリーヌ様、リュシアンが待ってくれていた。俺はすぐにファブリスから降りて皆のところに向かう。
「父さん母さんマリー!」
「お兄ちゃん! おかえりなさい!」
マリーが俺のところまで駆け寄って来てぎゅっと抱きついてくれた。……もう今死んでも良いぐらい幸せ。本当に俺の妹可愛い、天使以外の何者でもない。
「マリー、寂しくなかった?」
「うん! 私ね、たくさんお勉強したよ。先生にも褒められてるよ」
「さすがマリー、偉いなぁ」
「えへへ」
うちの妹まじ天使、この笑顔プライスレス。
「レオンお帰りなさい」
「怪我はなさそうだね。元気そうで良かったよ」
「うん! どこも怪我してないし大丈夫だよ」
「本当に良かったわ」
父さんと母さんは優しい笑顔を浮かべて、俺が帰って来たことを喜んでくれた。この場所に帰って来られて本当に良かった……
「レオン、無事で良かったわ」
「レオンなら大丈夫だとは思ってたが、心配していたんだぞ」
「カトリーヌ様、心配してくださってありがとうございます。リュシアン、ただいま」
「ああ、おかえり」
俺は皆と挨拶をして改めてぐるりと周りを見回した。すると皆の従者や護衛も無事の帰還を喜んでくれているのが伝わる。俺の護衛のローランなんて、泣きすぎてて顔がぐちゃぐちゃだ。
「ローラン、そんなに泣かなくても良いのに」
「レ、レオン様の、ご無事の帰還が嬉しく……それから、神獣様と並んだお姿が神々しく……」
あ、そっち? さすがローランブレないなぁ。俺は思わず苦笑いだ。でもとにかく喜んでいるのは伝わるから良かった。こんなにたくさんの人に喜んでもらえて出迎えてもらえるなんて……本当に幸せだ。
「皆出迎えありがとう。ただいま戻りました。じゃあ早速だけど皆にも紹介するね、ミシュリーヌ様の神獣で、これからは俺に仕えてくれるファブリスだよ」
『我はファブリスだ。皆は主人の家族か?』
「俺の家族も親友も従者も護衛も、色んな人がいるよ」
『そうなのか、分かった。では皆の者、これからよろしく頼む』
ファブリスのその言葉に皆は跪いて頭を下げた。俺の家族も同じようにしていて、俺がいなかった期間にかなり勉強を頑張ったことが窺える。皆凄いよ……
「ファブリスにはかしこまった態度は必要ないから、あんまり気にしないで過ごしてね。そうだね……俺に対する態度と同じで良いよ」
俺への態度はあまり敬わないでほしいと何度も伝えて、最近やっと普通な感じになって来たからファブリスも同じで良いだろう。
「かしこまりました。ではレオン様、こんな場所で話すのもお身体が冷えますので、どうぞ中へお入りください。神獣様もどうぞ」
ロジェが頷いてそう言ってくれて、俺達は屋敷の中に移動することになった。そしてこの屋敷で一番広い応接室に入る。
「ねぇお兄ちゃん、この子に触っても大丈夫?」
「ファブリスのこと? もちろん大丈夫だよ」
俺が頷いたのをしっかりと確認して、マリーはファブリスにゆっくりと近づいていった。そして少し遠くで立ち止まるとファブリスに話しかける。
「私はお兄ちゃんの妹のマリーだよ。撫でても良い?」
『主人の妹か。もちろん構わんぞ』
「ありがと。――うわぁ、すごい、すっごくふわふわ!」
マリーはちょっと怖がっていたけれど、少し撫でるとその気持ちよさに顔を輝かせた。ファブリスもまんざらでもない様子だ。
『我の毛並みは極上なのだ。いくらでも触って良いぞ』
「本当!? ありがと!」
『お主マリーと言ったか? 我のことはファブリスと呼べ』
「ファブリス様?」
『様はいらん。我の名前はファブリスだ』
「分かった。じゃあファブリスって呼ぶね!」
マリーがそう言ってにっこり笑いかけると、ファブリスはマリーに顔を擦り付けた。
「あははっ、くすぐったいよ」
『もっと撫でろ』
マリーは神獣さえもすぐに手懐けてしまうのか……さすがマリー! でもファブリス、マリーにくっつきすぎだ!
「レオン、私も神獣様に触れて良いか?」
リュシアンはマリーがファブリスと戯れているのを見て羨ましくなったらしい。
「もちろん良いよ。でも神獣様じゃなくてファブリスって呼んだ方が喜ぶと思う」
「それは……良いのだろうか?」
「本人が望んでるんだから良いんじゃない?」
「そうか」
リュシアンは俺とそこまで話をすると、ファブリスの下へゆっくりと向かっていった。
「私も、触れてよろしいでしょうか?」
『もちろん構わんぞ。お主も主人と仲が良いようだな』
「はい。友達……いや、親友です」
『そうか。ではこれからよろしく頼むぞ。我のことはファブリスと呼べ。敬称はいらん』
「分かりました。ではファブリスと呼ばせていただきます」
リュシアンは恐る恐る手を伸ばして、ファブリスの綺麗な毛並みに触れた。
「とても、とても綺麗です」
『そうだろう? もっとしっかり撫でろ。そのように恐る恐る触られるとくすぐったい』
「分かりました」
マリーもリュシアンもファブリスと仲良くなれそうで良かった。やっぱり大人よりも子供の方が仲良くなれるのかも。
そうしてそれからはファブリスと触れ合ったり皆でお茶を飲んだりしながら、とても穏やかな心温まる時間を過ごした。