317、ファブリスとご飯
それからはひたすらステーキを焼き続け、途中でフライパンを増やして三十枚ほど焼いたところで、とりあえず終わりにした。冷めないようにアイテムボックスに保存していたものを、また取り出してお皿に取り分ける。
ファブリスにはとりあえず五枚、俺達には一枚ずつで良いかな。
「焼き終わりました」
「おお、それがファイヤーリザードの肉か?」
フレデリック様が興味深そうにお皿の中を覗き込んでくる。見た目はいつも食べてる牛肉と変わらない感じだ。
「はい。ちょっと味見したんですが驚くほど美味しいです。皆さんの分も準備したので一枚ずつ食べませんか?」
「それは是非食べてみたいね。美味しそうだ」
「ああ、さっきから良い匂いがしてて食べたかったんだ」
トリスタン様とジェラルド様も興味がありそうだ。
「では今日の夕食は、このステーキにパンとスープにしましょう。今日は私とフレデリック様からなので、トリスタン様とジェラルド様は見張りをお願いします」
「分かった。できるだけ早く頼むぞ」
「ははっ、分かりました。ではまずはファブリスにご飯を届けてきますね」
ファブリスの近くまで転移で移動すると、さっきからステーキの焼ける匂いに尻尾を揺らしていたファブリスがすぐに立ち上がった。動きが俊敏すぎてちょっと面白い。
「ファブリスお待たせ。ファイヤーリザードのステーキだよ。お皿ごと置いておけば良い?」
『ああ、美味しそうだ。主人ありがとう』
「これからはいつでも作るよ。あとはこれの他にも色々と料理を置いておくから、好きなやつを食べてね」
俺はもう一つ大きなお皿を取り出して、そこに普通の牛肉のステーキ、それから鶏肉や豚肉のステーキ、カツやビーフシチューなどたくさんの料理を盛り付けた。
「じゃあどうぞ。もしお代わりが欲しかったら言ってね。ファイヤーリザードもこの世界のご飯もどちらもお代わりあるから」
『うむ。ではいただく』
ファブリスがご飯にがっつくのを確認して、三人の元へ戻りいつものバリアを起動した。そして自分で張っていたバリアを消して、アイテムボックスから机や椅子を取り出す。
ファイヤーリザードのステーキとパン、スープとカトラリー、よしっ完璧だ。
「ではいただきましょうか」
「そうだな。いただきます」
ステーキをフォークで抑えてナイフで切る。おおっ、めっちゃ柔らかい。ほとんど力を入れずにスッと切れるところから、この肉の美味しさが窺えるよね。
そして口に入れると……うぅ〜ん、やっぱり美味しい! このステーキの虜になりそう。これヒレカツにしたら絶対に美味しいよ。今度やろう、絶対やろう。
「……何だこれは。本当に魔物の肉なのか?」
「はい。驚きの美味しさですよね」
「ああ、魔物の肉がこんなに美味いとは……だが基本的に魔物の肉は美味しくないというのが通説だったよな? たまに例外はあるようだったが」
「そうでした。癖があって美味しいものもあるけれど、基本的には微妙だと。ファイヤーリザードも例外の一つなのでしょうか?」
「そうかもしれないな」
フレデリック様とそんな話をしながら美味しい食事を堪能していると、俺の耳にファブリスの叫びが聞こえてきた。
『主人!!』
「っ……何? 急に大声出されると驚くよ」
『こ、こ、これは何だ!? この白いものだ!』
「ああ、白くて甘いやつのこと? それはショートケーキだよ」
驚くかなと思って、こっそりとショートケーキもお皿に盛っておいたのだ。ミシュリーヌ様の神獣なら気に入りそうだし。
『ショートケーキというのか……! これをもっと欲しいぞ! 何という美味しさなんだ!』
ファブリスの方に視線を向けると、立ち上がって尻尾をちぎれんばかりに振っているのが見える。さすがミシュリーヌ様の眷属だ……予想以上の反応。
俺はちょっと苦笑しながらも、ファブリスに向けて声を張った。
「ファブリスー、それはデザートだから食後に少しだけしか食べられないんだよ。それとご褒美の時かな」
『何と……! それは本当か!?』
「うん。甘いものは食べすぎると体に良くないからね〜」
最初から際限なく与えたらいくらでも欲しがりそうだから、ちゃんと個数を決めておいたほうが良いよね。
『……ご褒美とは。何をしたらもらえるのだ!』
「うーん、何か仕事をした時とかかな?」
『では我に仕事を!』
ファブリスの必死な様子に思わず笑いが込み上げてくる。本当にミシュリーヌ様に似てる。
「今は仕事はないからまた後でね。じゃあ後一つあげるから今日はそれで我慢して」
『良いのか!? 主人ありがとう』
「ファブリスにケーキを一つあげてお皿を回収してきます。ちょっと待っていてもらえますか?」
「分かった。ではバリアを一度解除するか?」
「いえ、転移で行くので大丈夫です」
夜用のバリアは出入り口もないので、外に出るにはバリアを解除しないといけないのだ。でも俺には転移があるから関係ない。
「本当に転移とは便利だな」
「そうですよね。では行ってきます」
またファブリスの目の前に転移をすると、今度はずいっと顔を近づけられる。ファブリス近い……息がかかる距離なんだけど!
『主人、あのショートケーキとは美味しすぎる! こちらの世界にはあのように美味しいものがあるのだな。前の世界にはなかったぞ』
「そうなんだ。あれは俺が開発したものなんだよ」
『主人は天才か……』
こんなところで見直されたけど、どうせなら戦った時が良かったよ。俺は苦笑しつつ返事をする。
「ありがとね。じゃあ今日は特別で一つサービスだから。これからは一日ひとつだよ」
『分かった。それを楽しみに毎日頑張ろう』
何をあげようかな。さっきショートケーキはあげたからちょっと違うやつが良いだろう。……あっ、ミルクレープが良いかも。食感がまた違って楽しめるよね。
俺は切り分けてないホールのミルクレープをファブリスの前に置いた。
「じゃあこれ、ミルクレープだよ」
『おお、先程のものとはまた違うな』
ファブリスは瞳を爛々と輝かせてミルクレープを凝視した。そして思いの外器用にミルクレープを口にする。
『こ、こ、これは! なんて美味しさなんだ! 我は先程のショートケーキよりもこちらの方が好きだ。このなんとも言えぬ食感が最高だ。この上にかかってるソースも良い』
「気に入ってもらえて良かったよ」
ファブリスはふわふわのスポンジケーキよりも、クレープが何層にもなってる食感の方が好きみたいだ。これからはミルクレープのストックを増やしておこう。
『うむ、とても美味であったぞ』
「ふふっ、それなら良かった。じゃあまた明日ね」
『そういえば人間は暗くなると寝るのだったな。我がいれば殆どの魔物は近づいてこないだろうが、我も見張りをしておいてやろう。近づく魔物は排除する』
「それは心強いよ。ありがとう」
『そのぐらい我にとっては造作もない』
「本当にありがとね。じゃあまた明日」
ファブリスとそんな話をして皿を回収し、またバリアの中に転移で戻った。するとフレデリック様も夕食を食べ終えていたので、見張りを交代してトリスタン様とジェラルド様にも夕食を出す。
そしてその後は寝る準備を済ませ、二人ずつ交代で眠りについた。見張り番の時にファブリスの様子を見ていたけれど、ファブリスは基本的に地面に丸まって目を瞑っていた。しかしたまに目を開けて顔を上げることがあり、その時に見ている方向が毎回違ったので、多分その視線の先には魔物がいたのだろうと思う。
そうしていつもより何倍も静かな夜が過ぎていった。いつもなら夜中に魔物が数回は襲ってきていたのに、今日の夜は一度もなかったのだ。やっぱり神獣は凄い、改めてそう実感した。