279、紫色の粉
「尋問が終わりましたので結果をお持ちいたしました!」
そんな騎士の声が聞こえる。もう終わったのか。思いのほか早く喋ったんだね。
「入って良いぞ」
アレクシス様がそう言うと、部屋には騎士とアレクシス様の従者が入ってきた。そして騎士が持つ紙を従者がアレクシス様に渡す。
「ご苦労。またしばらくは外に出てくれるか?」
「はっ!」
「かしこまりました。失礼いたします」
そうして二人はまた外に出ていき、執務室は三人だけになる。
「レオン、例の紫の粉だが、肌が黒く紫の瞳と髪色をした男にもらったとプレオベール公爵は言っているようだ。それから他の貴族家当主も同じ粉を毎日飲んでいたらしい。同じくその男にもらったと」
……それも魔人の仕業だったのか。でもそうだよね、俺の暗殺にあいつが来るんだから魔人と貴族たちは結託してたってことだろう。というか、貴族たちが魔人に操られてたって言ったほうが正しいかも。
魔人は、王国を混乱させようとしてたのかな?
さっきの魔物の森によってこの世界が滅ぶのを待っていたという仮説が当たっていたのなら、国が荒れた方が魔物の森への対処ができずに滅ぶのが早くなるだろう。
俺を殺しに来たのも、魔物の森への対処ができそうな人材だから。そう考えたら辻褄が合う。
「その紫色の粉は、いつ頃から飲んでいたのですが?」
「尋問の結果によると二年ほど前からだそうだ」
二年も前からなの!? そんなに前から魔人がこの世界、この国にはいたってことなのか……
それならあいつがこの国の言葉を話せたのも、こちらに来て覚えたのかもしれないな。
「何故そんな得体の知れない男が渡してきた物を飲んでしまったのでしょうか? 姿も人間とは違いますが……」
「それが他国の商人だと言われて信じたそうだ。飲むと魔力が増えて力が強く体が軽くなるという効果も、まずは平民に試させて効果を確認してから自分も飲んだと言っているらしい。実際に魔力が少しずつ増えたそうだ」
本当に魔力が増える効果や体が軽くなる効果があって、飲み続けてると段々と精神がおかしくなっていくものなのかな……凄く厄介だ。
「他国と言っても牙や角が付いているのは明らかにおかしいとは思うのですが、上手く隠していたのでしょうか?」
「頭にはいつも布を巻いていて、口元も布で覆っていたらしい。それが伝統衣装だと言われていたそうだ」
確かにそう言われたら疑問に思わないのか……? 他国の者なら言葉が少し拙くてもそんなものかと思うのだろうか。
「紫の粉は他には流通してないのですか?」
「尋問によれば、最初に数人の平民に試させた後は自分一人で独占したとのことだ」
「それは不幸中の幸いですね」
貴族のがめつさが良い方向に働いた結果だな。
「ああ、その数人の平民は口封じのために殺したと言っているらしいから、粉の存在を知っているのは本当に少数だと思われる」
「……そうなのですね」
その人たちはなんの罪もなかったはずなのに。本当に酷い……
そうしてアレクシス様と話していると、ミシュリーヌ様の声が聞こえてきた。ずっと本を持っていたので通信は繋がっている。
『レオン、見つけたわ!』
「本当ですか! どんな状況なのでしょうか?」
『魔人はそこまで人数はいないみたいよ。全部で数百人ね。しかもその人数が一つの集団というわけではなく、数十人単位の集団がいくつもある感じみたい。それでこちらの世界の存在に気づいてるのは一つの集団のみ。だから数十人ね』
数十人……それでも十分多いな。あの男が二人いるだけで俺は殺されるだろう。
「全員があの男ほど強いのですか?」
『そうじゃないみたいよ。話を聞いていると、あの男が一番強くて、それに並ぶほどの者は三人ぐらい。あとはもう少し弱いけど戦える者。それ以外は非戦闘員みたいね。それでもこっちの世界の一般的な人間よりは強いでしょうけど』
三人か……それならまだ勝ち目はあるのか? いや、でも別に勝たなくてもいいんだよね。魔人があっちの世界にいる間に穴を塞いじゃえばいい。
「魔人はあっちの世界で暮らしてるんですよね?」
『そうみたいね。こっちの世界の人間が滅んだら移住する予定らしいわよ』
「じゃあ気付かれないうちに穴を塞いでしまえば、戦わなくても大丈夫ってことですね」
『そうね。早めに穴を塞いだほうがいいわ』
「分かりました。そうだ、紫の粉について何か分かりましたか? こちらの世界にあの男が持ち込んだものみたいで、飲むと魔力が少し増える代わりに段々と精神異常をきたすのだそうです」
『ちょっと待ってなさい。――あれかしら? ひとり紫色の花のような物をすり潰しているわ。これで面白いぐらいに操れるとか話してるし、多分あれじゃない?』
それだ! その花には気をつけないとだな。この世界の魔物の森にもあるだろう。
「どんな特徴の花ですか?」
『そうね……かなり小さめの花よ。指先ぐらいの小さな花。それが木にたくさん咲いてるみたい。魔人達がちょうど今、その木から花を摘んですり潰してるのよ。乾燥させたりはせずにそのまますり潰してるわ』
「木ってどのぐらいの大きさでしょうか?」
『そうね……人間の腰ぐらいの高さよ』
「分かりました。ありがとうございます。……アレクシス様、人間の腰ほどの高さの低木に咲く紫色の小さな花。指の先ほどの大きさだそうです。それをすり潰したものが紫色の粉の正体かもしれません。この世界の魔物の森にもある可能性は高いので、見つけ次第アイテムボックスに入れてそのまま消すように指導していただけますか? 燃やすのも良くないと思うので」
煙を吸っても悪影響があるかも知れないし、一番はアイテムボックスに入れて消しちゃうことだろう。
「分かった。すぐに通達を出そう」
「よろしくお願いします。ではミシュリーヌ様、こっちの世界にいる男と向こうの世界の魔人たちの動きを監視していてもらえませんか? そして何かしらの動きがあったら俺に教えてください。……そういえば、ミシュリーヌ様から俺に連絡をすることもできるのですか?」
『分かったわ。今回こそはちゃんとやるわよ! 私からの連絡はレオンがその本を持っていないと難しいから、肌身離さず持ち歩いていなさい』
「それって、アイテムボックスに入れているのじゃダメですか?」
『それでも問題ないわ。でも実際に持ってるほうが繋がりやすいから、私からの声が聞こえたら本を持つのよ』
「分かりました。ではいつでも連絡してください」
『ええ! レオン、私の世界を頼んだわ』
「はい。任せてください」
そうして俺はミシュリーヌ様との通信を終えた。通信は意図して声が届くようにと思っていないと繋がらないので、切ろうと思ったらいつでも切れる。凄く便利だ。
「アレクシス様、リシャール様、こちらの世界に気づいている魔人は数十人程度で、魔人の動向はミシュリーヌ様が監視してくれるそうです。今はまだあちらの世界にいるみたいなので、その間に時空の歪みを塞いでしまったほうが良いとのことでした。なので早めに魔物の森へ行こうと思います」
「……分かった。レオン、よろしく頼む」
「レオン君、この国を頼む」
二人はそう言って深く頭を下げた。
「お任せください。必ずこの国は守ります」
俺は力強くそう答えた。実際はもし魔人が数人で乗り込んできたらこの世界は終わりかもしれないけど、最悪の状況は考えないようにする。そしてこの世界を救うために全力を尽くそう。
「ありがとう。それにしても魔人とは……厄介だな。魔人の存在は秘匿した方がいいだろうか?」
「そのような存在がいると知られたら大騒ぎになるでしょう。できる限り秘密にした方がいいとは思いますが……」
「……そうだな。では魔人の情報は基本的にここだけで留めてもらえるか? 各々必要だと思った相手には話しても良いが、基本的には秘密としてほしい」
こう言ってもらえるってことは、信頼してくれてるってことだよね。ちょっと嬉しいな。
「かしこまりました」
「承知いたしました」