263、家族への告白 前編
そして次の日。今日はやっと落ち着いて家族皆と話す時間が取れた。
俺は朝食を食べてから皆を部屋に呼び、今はロジェにお茶を入れてもらって一息吐いたところだ。
「皆、帰ってきてから色々と忙しくて話せなくてごめんね」
「別に大丈夫よ。それよりも何があったの? 私達は危険かもしれないからとりあえず公爵家に匿うと言われただけなのよ……」
「何かあったのかい?」
「お兄ちゃん、お家に帰れないの……?」
母さんと父さんは俺をかなり心配してくれているようだ。マリーは俺達の不穏な空気を悟ったのか、これから先の心配をしているらしい。
「とりあえずここにいれば危険はないから心配しなくていいよ。でも家に帰るのは難しいかもしれない。マリー、ごめんね」
「……私のお部屋は?」
マリーは家に帰れないと聞いて目に涙を浮かべている。初めて自分の部屋を持てて凄く嬉しそうにしてたから、俺としても本当に心が痛い。
……新しく作る屋敷のマリーの部屋は、マリーの好きなように作ってあげよう。
「マリーごめんね、お部屋にも帰れないんだ……。また新しいお家を作ったらそこにマリーのお部屋をつくろうね」
「いやだ! 私はあのお部屋がいいの! うぅ……っ……うぇ〜ん……わぁぁぁん、お兄ちゃんの、ばかぁ……」
「ちょっ、ちょっとマリー、泣かないで」
マリーは今まで見たことがないほど大号泣している。俺はそんなマリーの様子を見たことがなくて、ただ狼狽えるしかできない。
「か、母さん、どうしよう!」
「大丈夫よ。泣いたらスッキリして落ち着くわ。マリーは突然公爵家に住むことになってずっと不安だったみたいだから、家に帰れないと言われてそれが爆発しただけよ」
「そっか……」
「それでレオン、家に帰れないってどういうことなんだい?」
「話を続けても大丈夫……?」
マリーは母さんの膝の上に乗って抱き締められたら少しは落ち着いたようだけど、まだ泣き続けている。
「大丈夫よ。もうぐずっているだけだから」
「……なら、話を続けるね。あのさ、俺って全部の属性魔法が使えたでしょう?」
「それは知ってるわよ」
「それでね、その理由がわかったんだ。俺が使徒様だから全部の属性魔法が使えるんだって」
その言葉を聞いて母さんと父さんは不思議そうに首を傾げた。やっぱりこんな反応だよね……
実は使徒様のことが平民の間に殆ど広まっていないことが問題だとアレクシス様も認識したみたいで、これからは広場などで今までの使徒様の功績や使徒様の強さなどを広めるのだそうだ。だからそのうち母さん達も使徒様のことを知る機会があるだろう。
でも今、少しは理解してもらわないとなんだけどね……
「使徒様って、なんだい?」
「簡単に言うと、神様から特別に力を与えられた存在って感じかな」
「神様……?」
「そう。教会に女神様の像があるでしょ? あの女神様」
「女神様って、本当にいるの?」
「本当にいるんだ。俺も実際に会ったよ」
そう言っても二人の反応はイマイチだ。多分話が壮大すぎて逆によく理解できないのだろう。
「とりあえず女神様は本当にいて、その女神様に力を貰ったのが俺、ここまではいい?」
「……ええ。とりあえずいいわ。続けてちょうだい」
「うん。それで女神様から力を貰った使徒様って存在は過去に一人しかいないほどの凄い人なんだって。それで俺もその凄い人だから、王様から貴族の身分が貰えるんだ。母さん達が今ここにいないといけない理由は、前に襲われたみたいにまた襲われる可能性が高いからだよ」
二人は少しなら理解してくれてるみたいだけど、まだ首を傾げている。
「でも、中心街なら大丈夫じゃなかったの?」
「そのつもりだったんだけど、使徒様だってなるとまた話が変わるんだ。もっと強硬手段に出る人がいる可能性もあるんだ。だから皆にはここにいてもらってるんだよ」
「そうなのね……じゃあこれからはどうなるの?」
「実は、母さん達にも貴族の身分が与えられるんだ」
その言葉を発すると、やっと二人は少しだけ驚いたような表情を浮かべた。
「……レオン、それは本当かい? 父さん達が貴族になる?」
「うん。平民のままよりも貴族になって力を持たないと危ないからってアレクシス様、この国の王様に言われたんだ」
「でも、母さん達が貴族になるなんて無理よ。それにレオンは凄いけど母さん達は普通の平民よ……?」
母さんはマリーの頭をゆっくりと撫でながら、困惑した表情を浮かべた。マリーはまだ母さんの肩に顔を押し付けている。
やっぱり戸惑うよね……突然貴族になってなんて。しかも騎士爵とかじゃなくて大公や伯爵だし。
「それでも貴族になってもらわないといけないんだ……ごめんね。多分平民のままだとずっとこうして隠れて過ごすことになると思う。俺と縁を結びたい貴族、俺を排除したい貴族、俺を手に入れたい他国、そんな人達が母さん達に押し寄せることになるから……」
「それは貴族になっても変わらないんじゃないのか?」
「そうなんだけど、貴族になれば力を持てるから対処できるようになるよ。爵位が低い貴族は無理に突っぱねることもできるし。それに貴族ってだけで手を出す人はかなり減ると思う。後は堂々と護衛もつけられるし」
「平民のままで護衛をつけるのではダメなのかい?」
「それでもいいんだけど、やっぱり護衛対象が平民か貴族かってところで護衛の人の心情は違うと思う。自分より低い身分の人を守るっていうところに疑問を持つ人もいるだろうし……」
「そっか……」
父さんはそう言うとそれきり黙ってしまう。母さんも口を開かない。……やっぱり貴族になるのは嫌なのかな。でもそうだよね、大変だろうって想像はできるし。
本当に俺のせいで申し訳ないな……
それからしばらく重苦しい空気が流れて、それを破ったのはマリーだった。
マリーは静かに母さんの膝の上から降りてソファーに座ると、泣き腫らした顔で俺の方を見る。
「お兄ちゃんは、貴族様になるの……?」
「そうなんだ。お兄ちゃんは大公様っていうのになるんだよ」
「私達も……?」
「うん。皆にも貴族になってほしいと思ってる。凄く大変だと思うんだけど……、平民のままだと危ないんだ」
マリーが真剣に話を聞く体勢になってくれたので、俺もマリーと視線を合わせるようにしてそう説明した。
「じゃあ、私も貴族様になる。お兄ちゃんと一緒がいいもん。……あのね、お兄ちゃん、さっき馬鹿って言って、ごめんなさい」
マリーはそう言ってしょんぼりとした顔を見せた。マリーはそのことをずっと気にして反省してたのか……
俺はマリーのそんな様子にぐわっと感情が昂り、思わずソファーの反対側にいたマリーの元に駆け寄ってマリーをギュッと抱きしめた。
「マリー、お兄ちゃんは気にしてないから大丈夫だよ。急に不安にさせるようなこと言ってごめんね」
「ううん、大丈夫。……お兄ちゃん、くるしい……」
「あっ、ごめん! 大丈夫?」
思わず強く抱きしめすぎたらしい。
「……もう、ちゃんと手加減してよね」
マリーは少しいつもの調子に戻ったようで、頬を膨らませて俺にそう言った。
「気をつけるよ。ごめんね」
俺はそう謝りながらも自分の顔が緩んでいくのを止められない。マリーが可愛い……
そんなマリーの様子に、いつの間にか部屋に漂っていた重い空気もなくなっている。やっぱりマリーは凄いな。
「マリーの言う通り、深く考えても意味ないわね。私達は家族だもの。レオンが貴族様になって私達もなれるっていうなら、ありがたく貴族になるべきよね」
「ふふっ……確かにそうだったね。レオン、父さん達も貴族になるよ」
母さんと父さんはさっきまでの厳しい表情を緩めて、少しだけ笑顔でそう言ってくれた。……本当に嬉しい。
「母さん父さん……ありがとう。貴族になるのは大変なこともたくさんあると思うけど、全力でサポートするから」
「頼むわよ。私達は何も知らないんだから」
「うん!」
俺は今日初めて心からの笑顔を浮かべて頷いた。
「それでレオン、貴族様になるって具体的にはどうなるんだい?」
「うん。まず貴族になるにしても二種類の道があるんだ。一つは一代限りの伯爵位を貰うこと。この場合俺は個人で大公位を貰うことになるよ。そしてもう一つは、父さんが大公位を貰って俺達家族を大公家にして、すぐに父さんの大公位を俺に譲ること。このどちらかを選べるんだって」
「……全く理解できないわ」
「そうだよね。えっと、まず貴族には種類があるんだけどそれは知ってる?」
「貴族様の中にも偉い人がいるのは知ってるわよ」
やっぱりその程度の知識しかないか……これは説明するの大変だ。
「まず大前提だけど、爵位をもらえると貴族になれる、ここまではいい?」
「……ええ、爵位はあれよね。貴族様の偉い基準みたいなやつよね」
「そう! 爵位をもらったら貴族になれるんだけど、その爵位にも種類があって強い爵位と弱い爵位があるんだ。弱い爵位から順番に言っていくね。一番下は騎士爵、次が男爵、子爵、伯爵、侯爵、最後が公爵だよ。全部で六つあるんだ」
「……とりあえず六つあることはわかったわ」
「公爵っていうのが一番偉いのはなんとなく知ってたよ」
確かに今いるのがタウンゼント公爵家だから、貴族の中で一番上の爵位だとかって話も聞くのだろう。
「それなら良かった。それで俺の爵位なんだけど、公爵の上に新しい爵位を作ってくれるんだって。それが大公って爵位なんだ」
「ということは、レオンは貴族様の中で一番偉くなるのかい!?」
おおっ、ここに来て初めて父さんが驚いてくれた! やっと話が通じてきた!