259、お披露目と婚約
「ではこれからの予定だが、昨日も言ったがまずはレオンのお披露目を行う。本当は国中の貴族を集めてやりたいのだが、それだと早くても冬の終わりになる。よってとりあえずは二週間後、すぐに駆けつけられる貴族のみを集めてお披露目をする。全貴族へお披露目できるのは冬の終わりに王宮で開かれる、春の月を祝うパーティーだな」
二週間後ってすぐだな。色々と忙しくなりそうだ。
「かしこまりました」
「それからこれは提案なので断ってもらっても構わないのだが……レオン、マルティーヌと婚約しないか?」
…………え。え! え!?
俺はアレクシス様のその言葉が一瞬理解できなかった。マルティーヌと婚約って言ったよね。絶対言ったよね!?
「え、えっと、あの、なんでそんな急に……」
「はははっ、そんなに慌てているレオンは初めて見たな」
「だって……それは慌てます!」
慌てるに決まってるじゃん! こんな急に言わないで。
「それでどうだ? レオンは今婚約者がいないが、使徒様だと発表し叙爵すれば、適齢期の娘を端から紹介されることになるだろう。それを防ぐためにもお披露目で婚約発表までして仕舞えば良いと思ったのだ」
それは……俺からしたらめちゃくちゃ嬉しいんだけど。でもマルティーヌが乗り気じゃなかったら断るべきだよね。俺はマルティーヌに幸せになってほしいし……
「マ、マルティーヌは、どう思ってるの……?」
俺は人生で一番緊張しつつマルティーヌにそう問いかけた。一瞬マルティーヌの顔を見たけど、怖くてすぐに逸らしてしまう。うぅ〜、俺のヘタレ。
でも本当にやばい、心臓がバクバクしすぎて死にそうだ。手には汗が凄いし口の中はカラカラだし。もう倒れそう。
そうして実際には数秒、俺からしたら数分にも感じるような時間が過ぎ、マルティーヌが口を開いた。
「私はずっと、レオンの下に嫁げたらいいと思っていたわ」
その言葉を聞いて、俺は思わず勢いよく顔を上げた。すると俺の方を見て綺麗に微笑んでいるマルティーヌがいる。
やばい……心臓がもたない。
「ほんとう……?」
「本当よ。今まではそう思っていながらも、レオンの立場は平民だったから口に出すことは避けていたの」
「全然気づかなかった……」
「もうっ、レオンってそういうところ鈍いわよね」
マルティーヌはそう言って少しだけ拗ねたように唇を尖らせた。
「なんか、ごめん」
「別にいいわよ。それでレオンは? レオンは私のことをどう思ってるの?」
「それは……」
やばい、改めて口にするのめちゃくちゃ緊張する。でもここで言えなかったら男じゃない! 俺、頑張れ!
「俺は、その、マルティーヌが……、好きです。……俺と婚約してくださいますか?」
「はい! 喜んで」
そう言って笑ったマルティーヌの笑顔は、多分一生忘れられないと思う。
俺はマルティーヌのその笑顔に完全にやられて、しばらくの間ぼーっとマルティーヌを見つめ続けていた。
「――レオン、顔が真っ赤だな」
「っ!! あ、ス、ステファン」
すると横からステファンに話しかけられる。
そうだよ。ここにはステファンもアレクシス様もリシャール様もいたんだった。完全に視界に入ってなかった。
……めちゃくちゃ恥ずかしいじゃん。穴があったら入りたいとはこのことだ。
「では、二人は婚約するということで話を進めていいか?」
俺が恥ずかしさに悶えていると、アレクシス様が温かい目で俺にそう聞いてくれた。アレクシス様、お願いですからその目はやめて下さい!
「……はい。お願いいたします」
「お父様、お願いいたします」
「ではマルティーヌのドレスも準備しなくてはいけないな。エリザベートに話しておこう。レオンの衣装もエリザベートに任せればいいだろうか?」
「はい。お母様は張り切って準備してくださると思います」
「ではエリザベートに頼んでおく。レオン、また明日王宮に来てくれるか?」
「かしこまりました」
ふぅ〜、俺はさっきまでの緊張が少しだけ和らいで、思わず深く息を吐いた。本当に、人生で一番緊張した。
「では二週間後のお披露目ではレオンへの大公位叙爵と婚約発表、それからレオンによる王家支持の宣言を行う。それで良いか?」
「はい。私は衣装以外に準備することはあるでしょうか?」
「そうだな。基本的にはこちらで準備するので特にはない。しかし前日には流れの確認に王宮へ来てもらいたい。あとは作法などだが、レオンは王立学校でも学んでいるので大丈夫だろう。それにレオンの身分は王に次ぐものになるからな、そこまで気をつけることもない」
「かしこまりました。では準備をよろしくお願いいたします。……お披露目までの間は王立学校に通っても良いのでしょうか? それとも公爵家から出ない方が良いでしょうか?」
あと数日で王立学校の授業がまた始まるのだ。もう俺は通えないのかな。学校生活も結構好きだったんだけど……
「そうだな。少なくともお披露目まで王立学校に通うのは禁止だ。そのあとは好きにしても良いが、もう王立学校を卒業する必要はない。王立学校へは貴族となる資格を得るために通ってもらっていたからな」
「そうなのですね……」
せっかくここまで通ったんだから最後まで通いたかったけど、忙しくなるしもう通えないかな。
魔物の森に行くとなると厳しいだろう。そのために必要な話し合いとか訓練とかもあるだろうし。時空の歪みを塞ぐのはできる限り早い方がいいだろうから……
「では、王立学校へ通うのはここでやめようと思います。魔物の森へ行くのも早い方が良いと思うので。そうなると私は退学ということになるのでしょうか? できれば卒業したかったのですが……」
「そうか、では授業を受けなくても卒業試験に合格すれば卒業できるようにしておく。それで良いか?」
「本当ですか! ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
ちゃんと卒業できるのは嬉しいな。試験勉強も少しはしておこう。
「分かった。ではそのようにしよう。……では本日話したことをまとめるが、まずは二週間後のお披露目の準備をする。そしてお披露目が終わり次第、レオンは魔物の森へ向かう準備を開始する。それでいいか?」
「はい。大きな流れはそれで大丈夫です」
「分かった。ではお披露目が終わる頃までには同行する騎士を決めておこう」
「よろしくお願いいたします」
これから忙しいだろうけど、頑張ろう。まずはとにかくお披露目だな。危ない貴族とか調べておいた方がいいかもしれない。というか、貴族達の名前覚えないと……
「それからレオン、お披露目後のレオンの立ち位置についてだが、私の側近となってくれないだろうか?」
「側近ですか……?」
「ああ、相談役のような立ち位置で、国政に意見する立場に就任してほしい」
それって、かなり発言力あるやつじゃないの? そんなのに俺がなっていいのだろうか……
「いいのでしょうか。私で務まるのか少し不安なのですが……」
「大丈夫だ。今までは誰もいなかった役職なので、特にこれといって仕事があるわけではない。ただ相談に乗ってもらいたいだけなのだ。それから、何かこの国を良くする政策などがあれば教えてもらいたい。爵位以外にも王宮での役職があった方が、レオンも色々と動きやすいだろう」
それなら俺でもできるかな。それに実際この国には改善したいことがたくさんあるんだよね。俺の意見を聞いてくれるのならありがたいかも。役職もあったら便利なんだろう。
「では、謹んでお受けいたします」
「ありがとう。ではこれからの予定はそのように。また話し合いながら進めよう。……では、本日はこれからお披露目の準備に入るので解散としよう。レオンはまた明日も来てくれ。リシャール、レオンも一緒に執務室に連れて来てくれるか?」
「かしこまりました」
そうして今日は早めに解散となった。俺が帰ってきてから、連日話し合いに参加してることも考慮してくれたんだろう。確かに結構疲れている。
「レオン、また明日話しましょう。今日はしっかり休んでね」
「う、うん。マルティーヌもちゃんと休んでね。ま、また明日」
「ふふっ、レオン緊張してるでしょ」
「だって……」
「私も少し緊張しているわ。でも凄く嬉しいの」
「……俺もだよ。凄く嬉しい」
「ありがとう」
「こちらこそ」
そうして帰り際にマルティーヌと話して、また心臓がバクバクとうるさくなり始めたところで俺は王宮を後にした。