208、部屋の見学とブレスレット
そこまで話したところで少しだけ落ち着いて周りを見る余裕ができたのか、母さんが俺の部屋をぐるっと見回した。
「それにしても、ここがレオンの部屋なのね。こんなに広くて豪華なところに住んでいたなんて……」
「この部屋凄いよね。俺も最初は緊張したよ。でも流石にもう慣れたかな」
「本当に凄いよ。向こう側には何があるんだい?」
父さんが衝立を指差してそう聞いてきた。
「向こうはベッドがあって、後トイレとお風呂に繋がるドアがあるよ。そうだ、皆の部屋もこの部屋と基本的には同じ作りだから、緊張しないためにも部屋を案内するよ!」
「それはありがたいわ」
「じゃあまずは衝立の向こう側からね。マリー、お部屋の探検しようか」
俺がそう言ってマリーに手を差し出すと、マリーは天使の笑顔で頷いて俺の手を取った。幸せだ……
「まず衝立を越えると、ベッドと小さなテーブルと椅子があるんだ」
「凄いわね……このベッド一人用なの? うちのベッドと同じぐらいの大きさよ……」
「これで一人用なんだよ。ちょっと大きすぎるよね」
「レオン、この机の上に置いてあるのはなんだい?」
父さんがそう言って指差したのは時計だ。
「それは時計だよ。正確な時間がわかるものなんだ」
「正確な時間?」
「そうだよ、えっと……」
時計を知らない人に時計を教えるのって難しいかも……
「父さんたちはいつも鐘の音で時間を把握してるでしょ?」
「うん」
「でもその鐘の間はどのぐらいの時間か正確にわからないから、それを分かるようにするものなんだ。例えばなんだけど……昼の鐘は時計がこの形になっている時に鳴るんだ。夜の鐘はこの位置。その間でもずっと針が一定の速度で動いてるから、後どれぐらいしたら夜の鐘がなるのか、正確に把握できるんだ」
俺がそう言うと、三人は首を傾げながらも少しだけ納得してくれたようだ。
「ということは、昼の鐘と夜の鐘のちょうど真ん中の時間を正確に把握できるってことかしら?」
「うん! 正確にわかるよ。針がこの位置に来たらちょうど真ん中だよ」
「凄く便利なものね」
「そうなんだ! これすっごく便利だよ。うちにも一つ買う?」
「でも、これ高いだろう?」
まあ確かに高いんだよな……。俺が買ってあげるのでも良いんだけど、あまりにも何でも俺が買うってことになると、母さんと父さんも微妙な気持ちになると思うんだよね……
そうだ、時計が壊れた時のために何個かアイテムボックスの中に買い足してあるから、そこから一つあげるって形にすればいいかな? もう使わなくなったからみたいな感じで。
「父さん、俺がもう使わなくなったやつがあるからそれ欲しい? 俺は新しいのがあるからもう使ってないやつがあるんだ。このまま使わずに持ってるのは勿体無いし……」
俺が恐る恐るそう問いかけると、父さんは少し悩んだ後に頷いてくれた。
「ありがとう。じゃあそれを貰おうかな。物は最後まで使ってあげないと可哀想だからね」
「うん! じゃあ後で渡すね!」
渡す時に時計の読み方をイラストで書いた紙も一緒に渡そうかな。とりあえず、昼の鐘と夜の鐘、それからその間の時間がいくつかわかるだけでも便利だろう。
そのうちは完璧に時計が読めるように教えてあげたいし、やっぱり文字も教えてあげたいな……
どこかで時間取れないか、真剣に考えようかな。
俺がそんなことを考えていると、マリーが時計に飽きたようで俺の腕を引っ張った。
「お兄ちゃん、私あっちの透明なやつが見たい!」
「透明なやつ? ああ、ガラスのショーケースのことかな」
「ガラスのショーケース?」
「そう。ガラス製の物を展示する箱のことだよ。中のものが外から見えるようになってるんだ」
マリーをショーケースの前に案内しながら、そう説明する。このショーケースはお店で使わなかったので、とりあえずこの部屋に運び込んだものだ。飾っておくものがなかったので、今は装飾品を仕舞うケースになっている。
ロジェがかなり綺麗に配置してくれているので、宝石店のような雰囲気になっている。
「凄い。綺麗なものがいっぱいだね!」
「宝石とか金や銀で作られた物だよ。マリーもつけてみる?」
「いいの!?」
「もちろん。これは全部俺のだからね」
俺がマリーに答えてそう言うと、大きく反応したのは母さんだ。
「レオン! これがレオンのものって本当なの!?」
「そ、そうだよ……?」
「息子に先を越されるなんて……」
「ロアナ、ごめんね」
「ジャン、別にいいのよ。仕方がないことだってあの時二人で決めたんだもの」
え? 何の話?
「……何の話?」
「実はね、母さんと父さんが結婚する時、お揃いのブレスレットを買おうとしてたのよ。でも今のお家を買うお金で貯金は全部なくなって、その時は諦めたの。それでそのうち余裕ができたら買おうって言ってたんだけど、レオンが生まれてマリーが生まれて、忙しくてタイミングを逃してたのよね……」
「そうだったんだ」
この世界にもお揃いのアクセサリーを買う習慣があったのか。でも、今までそんな話一度も聞いたことない。
「お揃いのブレスレットを買うのが結婚の時の習慣なの?」
「違うわ。ブレスレットじゃなくても、何かなくならないお揃いの物を買うと、末長く幸せになれるって言われてるのよ。大体平民はアクセサリーなんて買えないから、お揃いの手拭いや食器なんかを買うわね」
「そうなんだ。じゃあ、母さんたちは何も買ってないの?」
「いや、一応お揃いの手拭いは買ったんだよ。でもそのうちブレスレットも買おうって言ってたんだ。ロアナがどうしても欲しいって言うからね」
父さんはそう言って少し苦笑している。
「母さんは何でブレスレットが良いの?」
「商家に嫁いだ母さんの友達がブレスレットを貰ったって見せてくれて、それが凄く素敵で憧れだったのよ」
「そうなんだ……」
「でもまあ、私達にもレオンがくれたこのネックレスがあるし、これで十分よね」
母さんはそう言って、この前渡したバリアの魔法具であるネックレスを指で触った。確かにお揃いのネックレスだけど……、それはまた違うよね。
母さんの夢を叶えてあげたい。でも、俺があげたり買ったりするのじゃ意味ないのだろう。ちょっと寂しいけど、ここは二人でお金を出して買うから意味があるんだよな。
食堂は最近お客さん多いみたいだし、ブレスレットを買うお金ぐらい貯まるんじゃないかな?
「今はブレスレットを買える余裕はあるの?」
「そうね……安いものなら買えるかしら?」
「うん。レオンのおかげで少しは余裕もできたからね」
「じゃあ思い切って買う? 俺の魔法で作ることもできるんだけど……、やっぱり二人で買ったものの方が良いよね」
俺がそう言うと、母さんと父さんは顔を見合わせて微笑んだ。そして俺に目線を合わせて口を開く。
「レオンが作ってくれるのならば、それに勝るものはないわ」
「……え? でも、二人の思い出になるものでしょう?」
「そうだけど、二人の思い出よりも家族皆の思い出の方が嬉しいじゃない? ジャンもそうよね?」
「そうだね。レオンがプレゼントしてくれたら何倍も嬉しいよ」
「本当?」
「もちろんよ。さらにマリーもデザインを考えてくれたらもっと嬉しいわ」
母さんがそう言ってマリーの頭を優しく撫でた。
「私がブレスレットのデザインを考えるの?」
「そうよ。母さんと父さんに似合うものを考えてくれる?」
「うん! 素敵なの考えるよ!」
「ありがとう。そうだわレオン、四人分作ることはできるの?」
ブレスレットを四人分か……二回に分ければ作れるかな。でも鉄じゃなくて他の金属も使うとなると、もっとかかるかも。
「一回では無理だけど、二回に分ければ作れるよ。鉄じゃないものも使うとなると、もっとかかるかも」
「高価なものじゃなくて良いのよ。だから鉄で十分よ」
「それなら二回に分ければ作れるよ」
「なら四つお願いしようかしら。それで四人でお揃いにしましょう。このネックレスはレオンだけ着けていないし、皆でお揃いって素敵よね」
「それ良いね。家族皆でお揃いだ」
「皆とお揃い!? それ嬉しい!!」
家族皆でお揃い……それ良いな。かなり嬉しい。俺は自分がどんどん笑顔になっていくのを感じた。
「じゃあ、頑張って作るよ! マリー、どんなデザインがいい? 母さんと父さんもどんなのがいいか考えて」
そうして皆でどんなデザインがいいのか話し合い、シンプルな細身のブレスレットに星のデザインが付いたものに決めた。そして小さなプレートも付けて、そこには家族皆の名前を刻むことにした。
多分素敵な仕上がりになるはずだ。早く作りたいけど明日は魔法の検証だから、それが終わったらすぐに取り掛かろう! 何度も試行錯誤して完璧なものを作らないと。俺はウキウキしながらも、そう気合を入れた。