閑話 規格外の魔法(リシャール視点)
昨日報告をいただいたレオン様の魔法には、本当に驚かされた。影から事前に報告を受けていたとはいえ、実際に見て体験すると更に驚くものなのだな。
しかしレオン様は、あのような素晴らしい能力を公表されたにも関わらず、未だに使徒様ではないと仰られた。理由はなぜなのだろうか……。お聞きしたいが、ご本人に否定されると聞きづらい。
ただ今回はヒントのようなことを仰っていた。使徒様を騙れば神罰が怖いというのは、どういう意味なのだろうか。レオン様は使徒様で間違いないはず……。つまり、レオン様はミシュリーヌ様と何かしらの確執があるということだろうか?
……まあ、私のようなただの人間が考えてもわかることではないな。なんにせよ、とにかく陛下にご報告だ。
そうして私は王城の廊下を進み、陛下の執務室に入った。
「陛下、おはようございます。早速ですがご報告がございますので、人払いをお願いいたします」
「わかった。では人払いを」
最近はレオン様のことで二人きりでの相談も多く、陛下も他の者もこの展開に慣れてきている。
そうしてかなり手慣れた様子で執務室が片付けられ、部屋の中には私と陛下だけになった。
「今回は何の報告だ? レオン様に何かあったのか?」
「いえ。以前にご報告した、使徒様と同じ特別な魔法についてです」
私がそう言うと、陛下は心得たように頷いてくれた。
「その話か。物を何もないところから取り出したり、一瞬で他の場所に移動したり、後はガラスのような物を作り出す魔法だったな」
「仰る通りです。レオン様から昨夜、その魔法についてご報告がありました」
「おおっ、遂にレオン様からのお話があったのだな! 何か特別な意図があったのか?」
「いえ、それが……」
レオン様が私たちに魔法を見せながらも何も話されないことから、何か特別な意図があるのではないかと陛下と散々議論したのだ。
しかし……、レオン様が影の存在について忘れていたとは。あの時は思わず脱力しそうになり何とか耐えた。
「レオン様は、影の存在を忘れていたようなのです」
「なっ……! それでは、この前数時間も話し合ったあれは……」
「あまり、意味がない議論でした」
私がそう言うと陛下がガクッと脱力して、ソファに深く倒れ込んだ。
陛下、お気持ちお察しいたします。
「使徒様は、少し抜けているところもあるのだな」
「……はい。確か使徒様の伝記にも、そのような部分があると記述があったかと思います」
「……確かにそうだった。すっかり忘れていたな。ただ、日頃から使徒様の一挙手一投足に注意するのは悪いことではないだろう」
「私もそう思います。もしかしたら何かしらの意図があるのかもしれませんし、注視しておくべきでしょう」
「そうだな。して、レオン様の報告はどのようなものだったのだ?」
私は陛下のその言葉に頷き、昨日レオン様に見せていただいた魔法の数々を陛下に説明した。今思い出しても、本当に驚きの魔法ばかりだ。
「凄い魔法ばかりだな……俄には信じられん。……レオン様は、未だ使徒様だとお認めになってはいないのか?」
「はい。私はレオン様にもう一度尋ねる良い機会だと思い、使徒様ではないのかと尋ねたのですが、やはりそうではないと仰られました」
「そうか……」
「しかし、一つヒントをくださいました。レオン様は、使徒様だと騙ったことによる神罰を恐れているそうです」
「それは……、どういうことだ?」
「私にもわかりかねますが、何かしらミシュリーヌ様との間に確執などあるのではと愚考しております。しかし、神の御心は私たちにはわからないものです」
私がそう言うと、陛下は真剣な表情で頷いた。
「確かにそうだな。私たちには分からない関係性があるのだろう。しかし、ミシュリーヌ様と使徒様の間で何かしらがあったとしても、私たちのすべきことは変わらない」
「おっしゃる通りでございます」
そこまで話をすると、陛下は少しだけ顔を緩めた。
「レオン様に貴族になっていただくのが一番楽なのだが、仕方がないな。これからも今まで通りお守りしよう」
「はい。今現状でできる最大の力を使ってお守りいたしましょう」
「ああ。……このままいくとレオン様には、タウンゼント公爵家の養子になってもらうことになりそうだな」
レオン様の進路についてたびたび議論を重ねていたが、使徒様という特別扱いができない以上、貴族の当主になっていただくには、成人していなければならない。
そのため平民でも王立学校を卒業した者ならば正式に貴族の養子になれるという制度を使い、タウンゼント公爵家の養子になっていただく予定なのだ。
「そうなった場合は、タウンゼント公爵家でしっかりとお守りいたします。レオン様にそのことはいつお伝えいたしますか?」
「そうだな……。卒業が決まってからで良いだろう。手続きは進めておき、後はレオン様の了承だけという状態にしておこう。レオン様の家族の待遇についても進めておくべきだな」
「かしこまりました。ではそのように進めておきます」
そこで話が一段落し、お互いに冷めた紅茶を飲み休憩の時間をとった。
そしてしばらくしてから、徐に陛下が口を開く。
「それにしても、空間属性とは本当に凄い魔法だな。どの程度の人数が一度に転移できるのか、どの程度の荷物を運べるのか、またアイテムボックスに魔物を入れたらどうなるのかなど、検証していただきたいことがたくさんある」
「はい。レオン様も検証したいと仰られていました。しかし魔物の検証などは危険も伴いますので、安全な状態で検証するべきではないかと思っております」
私が少しだけ意味深な表情で陛下にそう言うと、陛下には私が何を言いたいのか的確に理解していただけたらしい。
「では、捕まえている魔物を一匹渡そうか?」
「よろしいのですか?」
「ああ、一番弱い魔物で良いだろう。それならばいくらでも補充できる」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
実は王宮の端にある魔物研究所では、魔物を効率よく倒すための研究を行なっていて、制御して連れてこれる魔物はそこで飼育している。魔物の暮らしを観察して弱点を突き止めるためだ。
ごく一部のものしか知らない施設で、中の魔物を外に出すことは禁止となっているが、今回は特別に一匹いただけるようだ。これで安全に検証できるだろう。
「……いざという時、レオン様に力をお貸しいただけるだろうか。一瞬で騎士を移動できるなど、計り知れないほど有益なお力だ。物資を送っていただけるだけでも本当にありがたい」
「そうですね。……お力をお貸しいただきたい時は、そろって頭を下げることにいたしましょう」
「ははっ……そうだな。私の頭なんぞいくらでも下げる」
陛下は顔に苦笑を浮かべながらそう仰った。
普通なら一国の王が頭を下げるなどあってはならないと窘めるところだが、レオン様に対しては陛下にも頭を下げてもらうべきだろう。
私はそう思い、陛下と同じように顔に少しの苦笑を浮かべて頷くに留めた。頭を下げるぐらいで使徒様のお力を貸していただけるのならば安いものだ。
「では、検証は頼んだぞ。流石に私が行くことはできないからな」
「はっ、レオン様のお力を知っている者のみで内密に行います。その詳細はまたご報告いたします」
「よろしく頼む。そうだ、レオン様さえ良ければステファンとマルティーヌも参加させてやってくれ」
「かしこまりました。しかしお二人には、私が声をかけずともレオン様が声をかけられると思われます」
私がそう言うと、陛下は途端に笑顔になった。王としての顔というよりも父親としての顔だ。
「そうか、仲良くしていただいているようで何よりだ。あの子たちにも打算のない友達が出来て良かった。王族は孤独だからな」
「そうでございますね」
そうして陛下への報告は終了となった。
今この国は、いやこの世界は大変なことになっているが、レオン様の存在が確かな希望になっている。レオン様を最大限お守りして、レオン様に対しては最大限の助力をしよう。
私はその決意を再度固めた。まずは魔法の検証への助力からだな。