160、ロニーとマリー
次の日の朝。リビングに父さんと母さんが起きてきたことで目が覚めた。
「レオン、ロニー君、朝だよ」
「二人とも起きなさい」
うぅ〜……あれ? 何でリビングで寝てるんだっけ。
そうだ、昨日はロニーが泊まったんだった。そう思って隣を見ると、ロニーもちょうど起き上がったところだった。
「ふぁ〜、ロニーおはよう。母さんと父さんもおはよう」
「うん。おはよう……」
ロニーもまだ眠そうだ。そういえば寝起きのロニーってレアだな。まだ寝ぼけてる感じだし、あんまり朝は強くないのかも。
そんなことを考えつつ自分もまだまだ眠い。でも起きないと……、顔を洗ってこよう。
「ロニー、顔洗いに行くけど行く?」
「うん……」
そうして二人で寝ぼけつつ布団代わりにしていた布を片付け、顔を洗って身支度を整えた。そして朝食を食べ終わると、母さんと父さんが厨房を使う前に、俺とロニーで厨房を使いクレープを作ることにした。
「母さん父さん、じゃあ厨房借りるからね」
「ええ、片付けはしっかりしてね」
「うん。できたら皆を食堂に呼ぶから家にいてね!」
「父さん達へのお土産を作ってくれるんだったかい?」
「そうだよ! イアン君の分も作るから、イアン君が来たら食堂で待つように言っておいてね」
そう言って俺とロニーはしばらく厨房に篭り、手慣れた動作でクレープを作り上げた。蜂蜜バタークレープなので結構すぐに出来上がる。
数十分で手早く作り終えて、皆を食堂に呼んでクレープを運んだ。
「皆お待たせ! お土産のクレープだよ」
「お兄ちゃん早く! すっごく良い匂い!」
「本当ね。これはバターと、何か甘い匂いね」
「凄くお腹が空く香りだ」
「レオン君、匂いでお腹空いてきたよ」
皆は待ちきれないように、そわそわと食堂の椅子に腰掛けている。匂いは高評価のようだ。
「どうぞ、食べてみてください。この料理はレオンの屋台で売ってるものなんです」
「レオンの屋台?」
ロニーが何気なくしたその説明で、皆が不思議そうな顔になった。
「うん。中心街の入り口の広場で屋台を始めたんだ。そこで売ってるのがこのクレープで、ロニーにも手伝ってもらってるんだよ」
「そうだったの。レオンが屋台を……レオンも大人になったのね」
「本当だね。まだ子供だと思っていたのに」
「あれ? お兄ちゃんはお店をやるんじゃなかったの?」
母さんと父さんが俺の成長に感動しているところを、マリーのそのセリフがぶった斬った。
「え? お店……?」
「うん、マリー合ってるよ。母さん父さん、今度中心街にお店を開くことにしたんだ。このクレープとかパンケーキ、あとはクッキーみたいなスイーツ専門のお店。あっ、そのお店を開く関係で商会も立ち上げたんだよ」
俺がそう報告をすると、屋台の時は成長に感動していた二人は、今度は何を言われたのか理解できないようで大混乱だ。
「え、えっと、ちょっと待って。レオンが中心街でお店をやるの?」
「うん。そうだよ」
「商会を立ち上げたって、商会って、あの商会なのかい? レオンが、商会を立ち上げたのかい!?」
「商会がいくつもあるのかわからないけど、多分父さんが思ってる商会だよ」
「レオン! 中心街のお店なんて、考えられないぐらい高いものでしょう? そんなの買えるわけないわよね。もしかして、公爵家にお金を出してもらったの!?」
「母さんも父さんも落ち着いて、公爵家にお金を出してもらったんじゃなくて、自分でお金を出したから大丈夫。王立学校で魔法具研究会ってところに所属してて、そこで開発した魔法具で稼げたんだ。だから心配しないで」
俺がそう言うと、母さんと父さんはさらに混乱したような様子ながらも、とりあえず心配はいらないというところだけを飲み込むことにしたらしい。
まあ、自分たちの子供が中心街にお店を買えるほど稼いでるって知ったら、それは混乱するよね。
「そ、そう。心配いらないならいいわ」
「そ、そうだね。とりあえず、周りに迷惑をかけてないなら、いいよね」
「うん、それは大丈夫だよ。じゃあ話が逸れちゃったけど、クレープ食べてみて。温かいうちの方が美味しいから」
俺がそう言うと、母さんと父さんは二人揃って深呼吸をして、気持ちを落ち着かせたようだ。二人とも俺のおかげで、いや、俺のせいで耐性がついてきたのかも。
「そうね、いただきましょう。ロニー君いただくわね」
「ロニー君いただくね」
「はい。ぜひ食べてみてください」
「いただきます!」
「俺もいただきます」
マリーとイアン君はもう待ちきれないようで、すぐに食べ始めた。今回は手に持って食べられるように巻いてあるので、皆手掴みだ。貴族に出す場合は盛り付けを変えた方が良いけど、平民に出す場合は食べやすく巻くのが一番良い。
「お、お……、美味しい!!」
「マリー美味しい?」
「うん!! これすっごく美味しい!!」
「ふふっ、そんなに? 喜んでくれて良かったよ」
マリーは一口食べてかなり気に入ったようで、大興奮だ。ここまで喜んでくれると嬉しいな。
「本当ね。これは美味しいわ……」
「食べやすさも良いね」
「これ美味しすぎるよ!」
母さんと父さん、イアン君もクレープを気に入ってくれたらしい。喜んでもらえて良かった。
「ロニー君、とても美味しいわ。ありがとう」
母さんがロニーの方を向いて、優しい笑顔でそう言った。それを聞いたロニーは凄く嬉しそうだ。
ロニーをうちに連れてきて良かった。
そうしてクレープのお土産を振る舞い、父さんと母さんは昼営業の準備に戻っていった。
「お兄ちゃん、このクレープはお兄ちゃんが作ったの?」
「うん。お兄ちゃんとロニーで作ったんだよ」
「ロニーお兄ちゃんも作れるの?」
「そうだよ。ロニーの方が上手いんだ」
「そうなの?」
マリーは俺がそう言うと、何かを悩む仕草をしつつ考え込んでしまった。その仕草が母さんそっくりで思わず笑ってしまう。精一杯背伸びしてる感じが可愛すぎる、俺の妹、マジで可愛すぎる。
そんな可愛い仕草をしつつ何かを考えること数十秒、マリーが目を輝かして顔を上げた。そして一言。
「ロニーお兄ちゃん! ちょっと来て!」
「えっ、ちょっ、ちょっと、マリーちゃん?」
マリーはロニーの手を引いて、食堂の隅に向かう。そしてロニーに屈んでもらい、何か内緒話をしているようだ。
何の話をしてるんだろう。というか、マリーが俺じゃなくてロニーを選んだなんて……、何故だ。
俺がその事実に愕然としていると、マリーが俺の方に駆け寄ってきた。
良かった。やっぱりマリーが一番好きなのはお兄ちゃんだよな。そう思って安堵していると、マリーに爆弾を投下される。
「お兄ちゃん。これからロニーお兄ちゃんと厨房でやることがあるから、お兄ちゃんは入って来ないでね。絶対だよ!」
な、な、な、何で!?
「マリー、何でお兄ちゃんはダメなの? お兄ちゃんも一緒じゃダメ?」
「お兄ちゃんはダメなの。リビングにいてね」
マリーはそう言って、またロニーのところに戻って行ってしまう。ロニーの顔を見ると、少し苦笑いしつつもマリーに従うようだ。
そうして俺が現状を飲み込めずに愕然としているうちに、二人は厨房に行ってしまった。
それからしばらく呆然と立ちすくんだ後、急に我に返った。マリーに、マリーに、嫌われた……?
そんな想像をした瞬間、目に涙が浮かんでくる。
うぅ……俺は何をしたんだろう。マリーに嫌われるようなことしてないはずだけど。最初に帰ってきた時はあんなに喜んでくれたのに。クレープも喜んでくれたのに。
クレープが一つじゃ足りなかったのか? マリーのは二つにすれば良かったかな。いや、いっそのこと好きなだけ食べさせてあげれば……
俺がそんな馬鹿なことを考えていると、後ろから声をかけられた。