115、ロニーと三人の友達
俺が教室に戻り席に座ると、既にロニーは席に着いて次の授業の準備を始めていた。
俺はロニーに申し訳ないと思いながらも、意を決して先程決まった話をする。
「ロニー、本当に申し訳ないんだけど……」
「うん? 改まってどうしたの?」
「実は今日の放課後に、ロニーをステファン様とマルティーヌ様、リュシアン様に紹介することになったんだ」
俺がそう言うと、ロニーは次の授業の準備をしている態勢のまま完全にフリーズしてしまった。
えっと、大丈夫かな? やっぱり刺激が強すぎた?
「ロニー? 大丈夫?」
「はっ、う、うん、だ、だい、大丈夫」
全然大丈夫じゃなさそう。ロニーは震える手でぎこちなく持っていた紙を机に置いて、俺の方を向いた。
「えっと、さっき僕の耳に聞こえたのは空耳?」
「ううん。本当のこと」
「本当のこと……今日の放課後?」
「そう」
「そんなの聞いてないよ!」
ロニーは涙声でそう言って、焦りまくっている。どうしよう、やっぱり早すぎたかな?
いや、早すぎるとかいう問題じゃないよな。
「ロニー、良い人達だからそんなに緊張しなくても大丈夫。ロニーは聞かれたことに答えるだけで良いから」
「でも、王子殿下と王女殿下と公爵家の御子息様だよ……緊張しないのなんて無理だよ!」
「うーん、じゃわかった。緊張しても良いけど、多少何かやらかしたところで怒られたりはしないから、心配しないでね」
「それさっきと言い方が変わっただけだよ!」
ロニーには本当に申し訳ないけど、とりあえず今日の放課後を乗り越えてもらうしかない。
「ロニーの紹介は放課後の玄関ホールでやることになったから、今日の四限が終わったら急いで着替えて玄関ホールに行こうね」
「あれ? 今日の四限って剣術の授業だよね? 僕たち更衣室に入るの一番最後だけど大丈夫かな!?」
「大丈夫だよ。いつも一番最後に入るけど一番最初に出てくるでしょ?」
「そうだけど、今日に限って着替えに手間取ったり……」
俺たちは「王立学校に入学して一番磨かれたスキルは何ですか?」と聞かれたら、迷わずに「早着替えです」と答えるくらいには着替えるのが早くなった。
いつも通りにやれば大丈夫だと思うけど、ロニーの手が震えてヤバくなりそうな予感もする……
俺のそんな不安な表情が伝わったのか、ロニーが意を決したような顔で言った。
「僕、剣術の授業はお休みすることにするよ」
「え? いや、ちょっと待って! それはダメだよ」
「だって、授業なんて落ち着いて受けられないよ! 剣術の授業が始まる時間から玄関ホールで待ってれば、僕が遅れることはないよね」
「それはそうだけど……」
流石にあの三人と会わせるので授業を休ませるのは、申し訳なさすぎる!
「ロニー、剣術の授業は合同授業だからロニーがいなかったら不思議に思うと思うよ」
「た、確かにそうだね……じゃあ僕はどうすれば良いの!」
「ロニー落ち着いて。そんなに気にしなくても大丈夫だから。とにかくいつも通りにすれば大丈夫」
「そんなこと言われても、気にしないなんて無理だよ!」
その後も何とかロニーを宥め続けて、いつも通りに剣術の授業を受けることに成功した。
そして剣術の授業が終わり、今は玄関ホールで三人を待っているところだ。ロニーはさっきまで心配してたのは何だったんだって言うほど、秒速で着替えて玄関ホールまで来た。
ロニーって緊張が突き抜けると、逆にすごい力を発揮するタイプなんだな。
「レオン、そろそろかな?」
ロニーが小声でそう聞いて来た。別に小声じゃなくても良いのに、さっきから小声で話しかけてくる。
「まだもう少しかかるんじゃないかな」
俺が三人に、教室で十分くらい時間を潰してから来てって言っちゃったからな。こんなに早く来れるなら教室で待ってもらう必要なかった。
「そっか……」
うぅ〜、ロニーの緊張が俺にまで伝わってくる。俺は緊張する必要なんてないのに、なぜか緊張して来たよ! 俺が遅れて来てって言ったんだけど、三人とも早く来て!
そんな緊張感の中で数分待っていると、三人が階段を降りて来るのが見えた。
隣のロニーがビクッと動いたのが感じられたが、何とかそこで堪えたみたいだ。
「レオン、待たせたな」
ステファンが代表してそう言った。
「いえ、私達も今来たところですので。こちらこそお時間を頂きありがとうございます」
「いや、私達から頼んだのだから良い」
そう挨拶をして、俺は緊張でガチガチに固まっているロニーの背中を軽く押して、一歩前に出させる。
「こちらが私の友達で、ロニーです」
「この者か。私はステファン・ラースラシア、レオンの友達だというお主に会ってみたかったのだ、無理を言ってすまなかったな」
「い、いえ、お、お目にかかれて、光栄です。ロニーと申します」
「そのように緊張しなくても良い。お主はレオンの友達だからな、私とも仲良くしてくれると嬉しい」
ステファンはそう言ってロニーに右手を差し出した。
あちゃ〜、平民は王族に仲良くして欲しいなんて言われたら嬉しいよりも怖いが先に来るんだよな。それに握手なんて難易度高い。
でも断るのは流石に不敬すぎる。ロニー頑張れ!
俺がそう心の中で応援していると、ロニーはガチガチに緊張しながらカクカクと手を差し出した。
「み、身に余る光栄でございます」
ロニーよくやった! 顔が白くなってる気がするけどよくやった!
ただ、あと二人いるから頑張って……
「私はマルティーヌ・ラースラシアですわ。私とも仲良くしましょう! よろしくお願いしますね」
「私はリュシアン・タウンゼントだ。レオンの友達同士、よろしく頼むぞ」
そうしてロニーは、何とか三人との挨拶を終えた。ロニー良くやったよ! でも、もう力尽きてるから早く解散にしたほうが良いな。
そう思って俺は口を開きかけたが、少しだけステファンの方が早かった。
「ロニーはいつも放課後は何をしているのだ? 魔法具研究会には入ってないが、他の研究会に所属しているのか?」
「いえ、研究会には所属しておりません」
「そうなのか、それならば魔法具研究会に所属しないか? 楽しいからオススメだ」
ステファンやめてあげてー! ロニーは断りたくても断れないから! ここは俺が何とか断ってあげるしかない。
「ステファン様、ロニーは研究会に所属する代わりに放課後は働いているのです。私の屋台の従業員をしてくれています」
「レオンの屋台……?」
ステファンが不思議そうに首を傾げた。あれ? クレープの屋台をやることってステファンに言ってなかったっけ?
……確かに考えてみれば、リュシアンにしか言ってなかったかも。
「レオン、屋台とは何のことですか?」
マルティーヌにも言ってなかったか……ここで言ったら大変なことになりそうだけど、しょうがないよね。ロニーごめん。
「私がクレープという食べ物を売る屋台を始めたのです。そしてその屋台で働いてくれているのがロニーです」
「クレープとは何ですの?」
「説明が難しいのですが……小麦粉などで作った薄めの生地に、様々な具材を挟み込んで作る料理です。中に挟み込む食材で味が変わります、屋台では豚肉サラダクレープと蜂蜜バタークレープを売っております」
俺がそう説明をすると、マルティーヌの目が輝き始めた。やばい……
「私、その料理にとても興味がありますわ! その屋台でしか食べられないのですか? それならば、屋台まで出向きますわね」
「マルティーヌだけで行くのはダメだ。私も一緒だからな」
「お兄様も興味があるのですか? もちろん一緒に参りましょう」
話の流れがやばくなって来たよ。あの屋台に王族が二人も来たら、大騒ぎでロニーが大変すぎる! 流石にそれは回避しないと。
「ステファン様、マルティーヌ様、お待ち下さい。屋台にお二人が向かわれると大騒ぎになってしまいますので、他の場所でクレープを召し上がられるのは如何でしょうか? 私で良ければいつでもお作りいたします」
俺はそう言って、二人にこの提案を了承しろと目で合図を送りまくった。
「そうだな、他の場所で食べられるのであれば、屋台まで出向く必要はない」
良かった……最悪の事態は回避した!
「ただ、作るのはレオンではなくロニーでお願いしたい。いつも平民が食べているものを食べるのも、王族の務めだからな」
おぅ、何故そうなる。俺はステファンの顔をじーっと疑うように見ていると、ステファンはいたずらが成功したような顔をした。
平民が食べてるものを食べるのが王族の務めだとか、絶対にただの建前だ! 多分ただロニーと仲良くなりたいだけだな。平民の友達が珍しいのはわかるけど、ロニーの心労も考えてあげて!
ロニー本当にごめん。これは断れないかも。でも断れないけど、屋台に来るよりはマシだよね。そう思うことにしよう。
「……かしこまりました。ではどこでお作りすれば良いでしょうか? 特別食堂の厨房をお借りできれば、そこでお作りいたしますが」
「そうだな。学校でも良いがゆっくりとできないからな……今度の回復の日、公爵家で作ってもらうのはどうだろうか。リュシアンどうだ?」
「はい。問題ありません」
リュシアン即答なの!? 確認してからとかじゃないの!
「レオンとロニーもそれでいいか?」
それでいいかって聞かれても、リュシアンが良いって言ってるから良いんだろうし、断る理由がない。
「問題ありません」
「ぼ、僕も、問題ありません」
「では、それで決まりだな。時間などはまた連絡しよう」
そうしてまた回復の日に会うことが決まり、ロニーの紹介は終わった。三人は一足先に研究会の教室に行くようなので、今はロニーと二人だけで玄関ホールにいる。
「ロニー、公爵家に来ることになっちゃったね。止められなくてごめん」
「ううん、止められないのはしょうがないよ……。それよりも、屋台に来るのは止めてくれてありがとう」
「それは流石にやばいと思ったから」
「それだけでもありがたいよ」
そこまで話したところで、ロニーは緊張の糸が切れたのかへなへなと床に座り込んでしまった。
「ロニー!? 大丈夫?」
「うん……大丈夫。ちょっと力が抜けただけだよ。とりあえず終わって良かった」
「そうだね。あとは次の回復の日だけど、公爵家の人達も皆優しいから心配しないで。俺が出来る限り一緒にいるようにするし」
そう言うと、ロニーにガシッと腕を掴まれた。
「レオン、その言葉忘れないでね! 絶対だからね! 公爵家で一人にされたら……怖すぎる」
「わかった。約束するよ」
そこでロニーは、はぁ〜と深く息を吐いて立ち上がった。
「とにかく、回復の日は精一杯頑張るよ。今日話した感じで悪い方達じゃないのは分かったし」
「それは良かった」
「じゃあ、取り敢えず僕は帰るね」
「うん、また明日ね。あっ、そうだ。今日の屋台は休みにしていいからね」
ロニーも流石に疲れてるだろうし、よく休んだ方が良いだろう。
「え? 何で?」
「だって、ロニー疲れてるでしょ?」
「うーん、身体は疲れてないから全然働けるし、逆にじっとしてても落ち着かないだろうから働きたいかな」
「そうなの? まあ、それならロニーの好きにしてくれていいけど」
「じゃあ屋台頑張ってくるよ!」
「わかった。よろしくね」
「うん、また明日ね」
ロニーはそう言って帰っていった。ふぅ〜、なんか俺の方が疲れたかも。俺はそんなことを考えつつ、ゆっくりと研究会の教室に向けて歩き出した。
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