111、異常なほど偏った知識
俺はリュシアンの方を向き、急な予定変更を謝罪することにした。
「リュシアン、そういうことだから今日は研究会に行けなくなっちゃった。ごめんね……多分帰ってくるのも遅くなるから、先に帰ってくれる?」
「何を言ってるんだ? もちろん私も行くに決まっているだろう?」
「え? いいの?」
「レオン一人で行かせるわけがない」
「そっか……実は一人だと上手くできるか不安だったんだ。ありがとう」
リュシアンが来てくれるならすごく心強い。まずは馬車の中でアルテュル様の平民に対する知識を聞いて、それを正しつつ現実を見せてあげよう。今日の出来事でアルテュル様の中で何かが変わったら嬉しいな。
「レオン、もちろん私も行くからな」
「私もですわ」
「え? ステファンとマルティーヌも行くの!?」
「もちろん行くに決まっている」
「別に無理しなくていいんだよ……?」
「面白そうだからな」
「ええ、こんな面白そうなこと逃すわけにはいきませんわ」
なんかすごく楽しそうだけど、悪い顔をしているような……? まあ、そんなに一緒に来たいのなら断る理由はないか。
「じゃあ、一緒に行こうか」
「ああ、それでは馬車を手配しに行こう」
「うん! そういえば馬車はどうすれば借りられるの?」
「職員の部屋に行けば借りられる」
「そうなんだ。それなら俺が借りてくるよ!」
「いや、私も一緒に行こう。その方がスムーズだ」
確かに、ステファンがいたらスムーズに進まないことの方が少ないよな。
「それならよろしく。じゃあ行こうか」
「ああ、マルティーヌとリュシアンは待っていてくれ」
「お兄様わかりました」
「待ってるぞ」
俺とステファンは早足で職員の部屋に行き、馬車を借りた。ステファンに一緒に行ってもらって本当に良かった。
ステファンが入った瞬間に職員が一人飛んできて、用件を聞いたら他の職員が一気に動き出して、気づいたら馬車を借りられてたよ。
ステファンは「馬車を借りたい」しか言ってないのに!流石王族だね。
その後俺たちは馬車を訓練場の前まで頼み、歩いて訓練場まで戻った。
すると、訓練場にはすでに馬車が来ていた。マルティーヌとリュシアン、アルテュル様は既に馬車へ乗り込んでいるみたいだ。
「待たせたな」
「いえ、馬車の手配ありがとうございます」
ステファンの言葉にリュシアンがそう答える。そうか……アルテュル様がいるから言葉を崩せないんだな。
ちょっと面倒くさいけどしょうがない。
「では、まずはアルテュル様が平民について知っている知識を教えていただけますか?」
馬車はとりあえず中心街の入り口の広場に向かってもらうことにして、その途中でアルテュル様に色々質問をすることにした。
「ああ、ただ知っていることは殆どないな。平民とは接点があまりないんだ。平民は卑しい者だということや、貴族は選ばれた存在で平民は貴族とは違う低俗な者だということ。平民は神聖な貴族の領域を汚し国を壊そうとすること。貴族は平民に命令をして役割を与えることで、正しい方向に向かわせられること。このぐらいだな」
うわぁ〜碌でもない情報しかないじゃないか。本当にそれだけなのか? 屋敷でも平民が働いて役に立っていると思うけど……
「屋敷では平民も働いているのではないのですか? そこでの接点などは?」
「屋敷に平民はあまりいないぞ?」
いないってどういうこと? 使用人はたくさんいるよね?
「掃除をする方や、アルテュル様の身支度を整える方は、いらっしゃらないのでしょうか……? また、食事を作る方も平民だと思いますが……」
「掃除とは、屋敷を綺麗にすることだよな? そのような下働きの者は、主人の目に映らないようにするものだろう?」
そうなのか? タウンゼント公爵家では普通に挨拶もしてくれるけど……俺にはどっちが正解なのか分からない。
そう思ってリュシアンの方を見ると、俺の視線の意図がわかったのか答えてくれた。
「使用人は、主人の目に極力映らないことが望ましいとしている貴族も最近は多いぞ。昔はうちのような家がほとんどだったのだがな」
「そうなのですね」
それも、使徒様の影響が薄れたことに起因するものだろうな。平民の立場からすると、やっぱり良い変化じゃない。
それにその状態だとアルテュル様は、本当に平民と接することはないのかもしれない。
「身支度を整える方はいらっしゃるのですよね?」
「ああ、だが平民ではない」
そっか、高位貴族の従者だと下位貴族ってこともある。そう考えると本当に平民と接点ないな。
でも、料理を作るのは平民だよね? それなら、料理長には会ったことがあるんじゃないのか?
「料理を作る方にはお会いしたことはありますか?」
「……そもそも、食事とは作るものなのか? 買ってくるものではないのか?」
「材料は買いますが、それを調理するのは平民の料理人ですが……」
「どういうことだ?」
え? それこっちのセリフなんだけど……料理を作るってことを知らないってこと!?
流石にそこまでとは思ってなかった。アルテュル様って知識が偏りすぎてるよね……平民が関わることについての知識を、意図的に教えてないのかな?
なんでそこまで徹底して平民を嫌うのかわからない……
それにここまでしたら、アルテュル様は将来何もできないじゃないか。領地の政策とかを考える上でも、平民の仕事って必要な知識だよね?
待って、もしかして…………それが狙い?
貴族は子供が十五歳になったら当主を譲らないといけない。だからアルテュル様のお父さんは、アルテュル様を傀儡貴族に育て上げようとしてるとか……?
そうだったらお父さんが怖すぎるし、アルテュル様が可哀想だ。でも確かに食事を調理するということは知らないのに、礼儀作法やダンスはできるんだよな。
最低限貴族として外に出ても不自然がないように、そのために必要な知識だけ教えてるとか……怖っ!
でもお父さんだけじゃなくて、お母さんもいるはずだよね? お母さんとお父さんのグルとか? やばい、怖い想像しか思い浮かばなくて辛い。
子供を道具としか思ってないようなこんな予想、外れてくれてたらいいんだけど……
とにかく今はアルテュル様に少しでも色々教えてあげないと!
「パンを召し上がったことがありますか?」
「もちろんあるに決まっているだろう?」
「では、パンはどのように作られているのかご存知ですか?」
「パンは買ってくるものだろう?」
「パンは買ってくるものですが、パンを作っている人がいるからこそパンを買えるのです。何もしないで待っているだけでパンが突然現れたりはしません」
「それは……」
「パンは小麦粉と卵などいくつかの材料を組み合わせて、調理をして作るのですよ」
「小麦粉……?」
小麦粉も知らないの!?
「小麦粉はご存知ないですか? 卵はどうですか?」
「卵は知っているぞ。ゆで卵だろう?」
「ゆで卵は卵を熱湯で茹でて、卵の殻を剥いて出来上がるものです」
「そうだったのか……。それに小麦粉も知らない」
「小麦粉とは、小麦という植物の実を細かく砕いて作られる白い粉のことです。そして、小麦粉からパンが作られるのです」
「パンとは植物なのか!?」
そこで驚くの? アルテュル様の驚きポイントが一切わからない。
「パンが植物というわけではないですが、植物から作られています」
「そうだったのか」
「ええと……他にも植物をたくさん召し上がられていると思いますが、ご存じありませんか?」
流石に野菜が植物ってことは知ってるよね。
「知らないわけがないだろう? 野菜はたくさん食べている」
流石にそれは知ってるか。良かったぁ〜。
「では、野菜がどのように作られているのかご存知ですか?」
「野菜が作られている……考えたこともなかった」
「ですが、植物ということはご存知なのですよね?」
「ああ、ということは、野菜はそこらに生えているものを採ってくるのか?」
「いえ、そこらに生えているものではなく、しっかりと畑を作り、そこに種を植え、雑草を取り、丹精込めて育てて、食べられるまで成長したところで採るのです。勝手に生えてくるものを採るだけではありません」
「そうか……」
アルテュル様の周りの大人が最悪すぎる。偏った知識だけを与えて当たり前のことを教えないなんて。何も教えられずほぼ屋敷から出ることもなければ、こんなに何も知らない子供になるのか……
でもこの学校に合格する知識はあるんだから、本当に知識が偏ってるんだな。
もう話すよりも実際に見てもらった方が早いな。
「アルテュル様、実物をご覧になった方が早いと思われます。市場に行き、その後どこかの食堂やパン屋で実際に作るところをご覧になりませんか?」
「ああ、見てみたい」
アルテュル様が決意したような目でそう言った。アルテュル様って、多分地頭は良くて素直で良い子なんだよ。本当に周りの大人がダメだっただけで。
「ステファン様、その予定で良いでしょうか?」
「ああ、市場では馬車から見るだけになるがそれでも良いか? もし何か買いたいものがあれば、御者に頼めば買ってくれるだろう」
「はい。それでも構いません」
「ならまずは市場に行こう。後は食堂かパン屋だったな」
「できればどちらも行けたら良いのですが……厨房を見せてもらえるでしょうか?」
「交渉はやらせておくから心配するな」
ステファンはそう言って、鞄から紙を取り出してペンとインクで器用に何かを書き始めた。そしてそれを御者に渡す。
えっと……御者の方は王族の護衛とかってこと? その紙を誰かに渡して交渉してもらうのかな?
ということは、周りにステファン達の護衛がいるってこと? 全然気づかなかったよ……さすが王族。
王立学校にもさりげなくいるんだろうな。まあ、俺に害がある人たちじゃないし気にしないようにしよう。
「では、まずは市場からだな」
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