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エピソード08:ラストゲーム

 

 ここは喫茶Night view(ナイト ビュー)

 

 山から見えるこの街の夜景に感銘を受けたマスターが名付けたとか。



 そんな喫茶店のテーブル席には、高校生カップルが仲睦まじそうにしている。



 彼は小栗おぐり啓二けいじ

 彼女は相沢あいざわ美香みか



 この物語の主人公である宍戸ししど大地だいちは、不在らしい。



~~~~~~~~~~



「この話って、美香にはしてなかったんだけど。俺、中学の時から宍戸のこと、知ってるんだよ」


「それはなんとなく感じていたけど。でも、私には接点がまるでわからないの」



「宍戸、中学時代、サッカーしてたんだ。俺たちの世代で、宍戸大地を知らない奴なんていないんだぜ」


「えっ!? 嘘?」



U-15(15歳以下)っていう、日本代表に県内で、っていうかプロのユースを除いて、普通の中学校から選ばれたのは、俺らの世代ではアイツだけだよ。偉大なるキャプテン、そう呼ばれていたんだ」


「嘘じゃ無いってことはわかるんだけど……信じられないっていうか」



『ほら、これ』っと彼はスマホを見せてくる。そこにはユニフォーム姿の凄くカッコイイ男子が、笑顔で肩を組んでいた。もちろん一人は啓二。そしてもう一人は、今日見た店員さん。



 そして動画のヒーローと……同じ人。



「県の準決勝で戦った時のなんだ。宍戸、めっちゃイケメンやろ? 試合はさ、ボロボロにやられたんだけど」


「彼、なんで隠してるの?」



「アイツの最後の試合から、色々あったんだと思う」


「最後の試合?」



「俺も見てたんだ、スタンドで。俺らの県ってさ、プロチームが無いから、上手い選手はみんな私立中に行くんだよ。うちの県の中体連は、毎年そこの私立中学が圧勝で全国へ行くんだ。でも、俺らの代は違った。今考えたら、中学生の試合なのに、スタンドは異様な熱気でーーーー」



~~~~~~~~~~



『ペナリティエリア目前もくぜん、宍戸君、2人のディフェンスに囲まれた! さらにもう1人寄せてきている!! 後半ロスタイム、東中学、最後のチャンスか!?』


『これはっ!!』



 ディフェンスのわずかなあいだを抜いたパスが、オープンスペースへと転がされる。


 フリーで走り込んだ9番に繋がった瞬間、スタンドの歓声もより強くなって、俺は拳を握り立ち上がっていた。



『繋がった!! 繋がった!! 9番、渡辺わたなべ君、打ったぁ!!!!』



 そのシュートはゴールキーパーの届かないコースに飛んで、誰もが決まったと思ったその時



 ガンッ!!!!



『あーー、ポスト直撃!!』


『まだですよ!! 宍戸君が諦めていない!!』



 詰めていた宍戸が、跳ね返ったボールをダイビングヘッドでゴールに叩き込んでいた。スタンドの落胆が大歓声へと変わる、その瞬間



『ゴォーーーール!!!! 東中学、ギリギリで追いつきました!! 決めたのはもちろんこの人、背番号10番、キャプテンの宍戸大地だ!!!!』



 凄え……素直にそう思った俺は、震えていた。


 これが同じ中学生のプレーとは思えなかったから。ドンピシャのタイミングは、まるでそこにボールが来ることをわかっていたかのようで。



 あっ?



 さっきまでの大歓声が静まり返る。グラウンドにはダイビングヘッドで倒れ込んだ宍戸が、そのまま左膝を抱えてうずくまっていた。



 近くにいた東中学のイレブンが、宍戸を引き起こし、肩を貸しながらハーフウェイラインまで戻っていく。



 痛々しく巻かれたテーピングと、それを更にカバーしているサポーターを見れば、故障しているのは一目瞭然。



『まさに執念ですね。気迫こもった素晴らしいプレーでした。しかし宍戸君、膝の状態が少し気になります』


『確かに支えられながら引き上げていますね。おっと! ここで後半戦を終えるホイッスルです。勝負の行方はPK戦へと持ち越されました』



 延長戦でなくPK戦は、ある意味ラッキーだと俺はそう思った。さっきのプレーから、宍戸はもうこれ以上……少なくても、俺にはそう思えたから。



 お互い1本ずつ外して、後攻の東中学は、5人目のキッカー。失敗すれば、負けが決まる。そんな場面。



 宍戸が外す訳ない。きっとここにいる全ての人が、そう思っていたと思う。


 もちろん俺も、その一人だった。





 宍戸……?





 踏み込んだ瞬間、明らかにバランスを崩しながら宍戸の蹴ったボールは、ゴールバーを大きく超えて。宍戸は両手で顔を覆いながら、その場で天を仰いでいた。



 スタンドは静まり返ったまま、その沈黙がまるで時を止めたかのように。


 勝ったはずの相手チームのゴールキーパーまでもが、勝利を喜ぶのではなく、その場からしばらく動けなかったのだから。



 気がつくとペナルティエリア内で天を仰いだまま、呆然と立ち尽くしている宍戸の元に、東中イレブン全員が駆け寄っていた。


 チームメイトに抱えられながら、ハーフウェイラインまで戻るその勇姿は、止まってしまった時を、再び動き出さすかのように感じて。



 スタンドに向けた最後の整列と一礼は、今でも目に焼き付いている。その姿に、地鳴りのような拍手がイレブンを称えていた。



 その光景を見て、俺は泣いていたんだ。いや、俺だけじゃない。


 スタンドで応援していた多くの人が、俺と同じように涙を流しながら、精一杯の拍手を送っていた。



 宍戸はそのまま、ピッチ上で涙を見せることはなかった。偉大なるキャプテンは、最後まで堂々とグラウンドを去っていった。



 きっと、きっと誰もが宍戸大地にとって、この試合がラストゲームになるなんて、思ってもいなかったはずなんだ。



~~~~~~~~~~



「うっうっ……ぐすっ」


「意外に涙脆いよな。そんな美香も好きだけど」



「もぉぉこんな話してる時に、揶揄からかわないでよ」


「ごめんごめん。ここからは、悲しい話だけど?」



「ここまできたら、最後まで聞きたい」



「わかった。最後の最後で外してしまった宍戸はさ、偉大なるキャプテンから、悲劇のヒーローって呼ばれるようになったんだよ」


「えぇーー! なんで?」



「宍戸が出る試合には、海外からもスカウトが視察するぐらいで。メディアからの注目も凄かったから。その分、色々叩かれていたよ。その全てが、全国にいけなかったこと、故障しながらも試合に出場し続けたことを、チームの所為せいにするものだった。チームに恵まれなかった、悲劇のヒーローと」



「酷すぎる!!」



「落ち着けって。でも、美香の言う通りなんだけどさ。しばらくして、宍戸が怪我を理由にサッカーから離れたって、風の噂で聞いたんだ。そして高校へ入学したら、宍戸がいて俺はビックリしたって訳」



「残酷……過ぎるね」



「そうだな。当時の記事は、俺も雑誌とかで読んでたけど、俺ならとても耐えられない」


「宍戸君が、なんで学校ではって、なんとなくわかった気がする。でも、なんで今まで教えてくれなかったの?」



「宍戸の本当のこと話したら、美香を……取られそうだったから」



 私の彼、こんな話の後なのに、なんか凄い可愛いこと言ってる。宍戸君に妬いてた私が、バカみたい。



「うふふ、お試し期間は終わってるよ?」


「美香の笑顔が、大好きなんだ」



「ちょっとぉ、恥ずかしいよ……って、話が逸れてますけど?」



 今でも真っ直ぐな彼に、悔しいぐらいに私はドキドキさせられる。



「あっ、この話も含めて、宍戸の本当のことや、バイトの件も言わないであげて欲しい」


「もちろん、絶対に言わないよ。それと動画のこともね」



「そうそう! 宍戸が言ってたんだけど、助けた子が椎名しいなさんの甥みたいで」


「そうみたい。世間って狭いよね」



「宍戸から頼まれてさ。助けた子が気になるみたいで、どうなったか教えて欲しいって」


「なんか意外。そういうの、興味なさそうだったから」



「俺の憧れた奴は、困っている人に必ず手を差し伸べるんだ。偉大なるキャプテンの名は、伊達ではないってことだよ。身なりは問題だけど、凄いモテそうじゃない?」


「普通に、ファンクラブができそうなレベルだと思うよ」



 啓二の視線が、ちょっと強くなる。



「美香は入っちゃダメだからな」


「いや、入らないよ。そもそも存在してないよね? って、もしかして啓二は入るつもり?」



「俺はいいんだよ、俺は」



 聞かなきゃ良かった。



「それで宍戸曰く、女性から嫌われる体質らしいよ?」


「へぇぇ、そうなんだ」



 それ絶対、啓二が揶揄からかわれてるんだよ。そんな訳ないもん。



「アイツ、謎が多いからな。あんま教えてくれないし。仕舞いには絶交されそうだし」


「ふふっ、そうだったね。葉月はづきの甥っこさんの件は、私に任せて。何かわかったら連絡するね」



「美香、ありがとう。助かるよ。もし、絶交されたとしても、頼まれたことはしてあげないとな」



 絶対に絶交なんてされないから、大丈夫。


 そんな優しい啓二が、私は大好きだよ。

SNS from 宍戸 to 小栗


宍戸「携帯復活したから」

小栗「番号そのままか!! 良かった」


宍戸「だから、もう店へは来るなよ」

小栗「俺も美香も気に入っちまったからな」


宍戸「安心しろ。出禁だ」

小栗「マスターがまたおいでって」

 

小栗「おーーい!! 既読スルーはやめようよ」



小栗「椎名さんの甥だけど」

宍戸「どうだった?」


小栗「ちょっと酷くない?」

宍戸「で、どうなったんだ?」


小栗「店でもう笑わないから」

宍戸「そこじゃない」


小栗「美香も約束守るって」

宍戸「もういい」


小栗「すぐ怒るなよ」



小栗「おーーい」



小栗「一応入院してたみたいだけど、明日のには退院の予定だって」

宍戸「ありがとう」


ツンデレ? ツンデレなのか!?

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― 新着の感想 ―
[良い点]  さすが、作者様のお気に入りエピソード、とても胸が暑くなりました。  最後の試合の回想シーンも、相沢さんと小栗くんがめちゃくそラブラブなのも。笑 [一言]  更新、ご苦労様です。  悲劇の…
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