エピソード44:悲しいぐらいのハッピーって
「あっ! 大地、おはよ」
「葉月、おはよう……って、もしかして?」
えへへっと可愛く笑う葉月は『もしかしなくても』っと、初めて一緒に登校したあの日の言葉を口にしながら、寄り添うように俺の隣へと並んで歩み始めた。
「また噂になるよ」
「んーー? 噂?」
葉月は不思議そうに首を傾げ、俺に視線を向ける。
「俺と葉月が付き合ってるって」
「大地は……迷惑?」
「俺がじゃなく、葉月にとって俺と付き合ってると思われることが、迷惑にならないか心配で」
「私は自分の意思で大地を待っていたの」
悲しげな表情を浮かべたまま、葉月は呟くように言葉を続ける。
「勘違いされて困る相手に私は……お弁当を作ってきたりしないよ」
それって
「あれ? 雨?」
葉月が唐突にそう口にしたのとほぼ同時ぐらいに、俺の腕へ少し冷たい雫がポツリポツリと当たる。
ちょっとずつ増えていく感触に、俺は急いでカバンから折りたたみ傘を取り出して、その冷たい雫から葉月を守るように傘を広げた。
「ごめん、折りたたみだからあまり大きくないんだ」
「ううん、大地ありがとう。私、雨が降ると思ってなかったから傘を持ってきていなくてって、これじゃ大地が濡れちゃうよ!!」
「俺は大丈夫だから」
彼女へそう伝えたんだけど、葉月は密着するように俺へと体を寄せ『やっぱりまだ大地が濡れちゃう』と少し早口で呟く。
「は、葉月!?」
葉月は傘を持っている俺の腕を組み、ピッタリと体を密着させてくる。
ぷにっと腕へ押しつけられた柔らかな感触と、ふわっと彼女からする少し甘い香りが心地良く感じたのも束の間、俺は自分の臭いが気になって、そっと葉月に目を向ける。
「んふふ、相合傘だね、大地」
ドキッとするような、全てを魅了するような、そんな笑みを俺に向け、葉月はその小さな顔を肩へと預けてくる。自分が抱いた後ろ向きな気持ちを忘れさせてくれるようで、ありえないこのシチュエーションが夢なんじゃないかって、いや夢なのかなって、そんなことを考え始めていた。
「大地はいつもとても良い香りがするね」
どこかボーっと歩いてしまっていた俺は葉月に向き直り『あっ、ごめん……なに? 葉月』っと、慌てて返事をする。そんな俺を不思議そうに葉月は覗き込んできた。
ライトブルーにも見えるグレーの瞳が、なんだか異国地に迷うい込んだように感じて。雨で暗くなった景色を輝かせるぐらい綺麗なブロンドヘアーが、お姫様のように思える。
柄にもなく俺は、そんなお姫様を守る騎士になったつもりで、気づかれないように傘を少しだけ彼女へと寄せる。
「大地は香水とか、使ってるの?」
「実は……そうなんだ。似合わないかな」
色んな意味で気恥ずかしさを感じた俺は、左の人差し指で軽く頬をかきながら、何かをごまかすように彼女へと伝えた。
「うんん。あんなお洒落な喫茶店の店員さんなんだもん、そんなことないよ。ただ、香水を選んでいる大地は、想像できないかも」
んふふっと悪戯っぽく微笑む彼女は、護衛の騎士を揶揄うお姫様のようで。自然と俺も笑顔を向けていた。
「プレゼントなんだよ、この香水」
「えっ?」
「今年の誕生日に妹からなんだけどさ」
「そ、そっか!! 大地には妹さんがいるんだね。羨ましいなぁ……私はひとりだから。素敵な妹さんなのね、お兄ちゃんにお誕生日プレゼントしてくれるなんて」
『まぁ、そうだね』っと、俺はちょうど昨日、妹の海から貰った電話を思い出しながら、ごまかすように照れ笑いする。
「大地の誕生日はいつ?」
「俺は2月14日のバレンタインデーなんだ」
俺が軽く答えるとなぜか葉月はジト目を向け、腕を組んでいる傘を持った俺の腕へぎゅっと力が入る。
「葉月?」
「それはそれは、たくさん貰ったんだろうなぁ……バレンタイン。大地、絶対モテるもん」
「いやいや、部活の後輩からだけだよ。前にも話したけど、俺は女性から嫌われる体質だから。悲しいぐらいに同性からのハッピーバレンタイン&バースデイ」
なぜなんだろうか……葉月は疑いの目をしながら『やっぱり信じられません』っと口にした後、『嘘じゃないってわかるんだけどね』と、そう呟いた。
「んふ、大地の悲しいぐらいのハッピーって、シュールだね」
「葉月って……絶対に悪戯っ子だったでしょ?」
葉月はプイっとそっぽを向きながら『そ、そんなことないもん』っと、俺がわかるように頬を膨らませる。
「葉月は8月?」
「ん? あっ、私の誕生日? んーー……ヒミツ」
悪戯っ子のように幼く笑う葉月が、なんだかとても可愛くてドキッとする。照れ隠しをするように『なんでだよ』って、そう俺も彼女に笑顔を向けた。
妹との電話
「もしもし」
「お~! ハッピーバースデイ海!!」
「ありがとうお兄ちゃん…って、普通はお兄ちゃんからお祝いの電話くれんじゃないの?」
「た、たしかに」
「いいけど、別に。ところでお兄様や」
「お兄様?」
「彼女さん、めっちゃ可愛いね!! 海はお似合いと思うよ」
「え!? 彼女? なんのこと?」
「いやいやいや、ごまかすのに無理がありますわよ、お兄様」
「はっ? 全く意味わかんないし、何その言葉遣い?」
「素敵なポーチも彼女さんが選んでくれたんでしょ? センスいいもんね」
「真央ちゃんが選んでくれたのは、それはそうなんだけど」
「へぇーー真央ちゃんって言うんだ」
「海、誤解してるって!!」
「お母さんが呼んでるから、切るねぇ。お兄ちゃん、プレゼントありがとう」
「おい!! 海!?」
おいおいおい……どんな勘違いだよ。結局写真も送ってないはずなんだけど




