エピソード41:名推理です
「私とセンパイは、そんなに釣り合わないんですか?」
二人でショッピングモールへ向かう道中。立ち止まった真央ちゃんは、そんな言葉を俺に投げ掛けてきた。
ただ肯定すると、さっきみたいに機嫌を悪くするだけなような気がして。後輩の……センパイと慕ってくれる真央ちゃんに『俺は女性から嫌われる体質なんだ』って話すのも、なんか違う気がした。
もしかしたら、本当に思い過ごしかもしれないけど、俺に好意を持ってくれているとしたら?
そんな考えが頭の中でぐるぐる回って返事ができない俺に、真央ちゃんは別の問いを差し出してきた。
「センパイは合コンとかに興味ありますか?」
「合コン? あぁぁそっか。リザーレと藤女で合コンって言ってたね」
「はい。藤女の方は私と同級生だったので、センパイの学年とは違うかもですけど」
ん? いや、藤女の1年生と合コンって
俺が断りを入れた合コンを思い返していると『どうしましたか? センパイ』っと、不思議そうな顔をした真央ちゃんが覗き込むように俺を見上げている。
ごまかすように『なんでもないんだ』っと口にした俺に、真央ちゃんは真っ直ぐ視線を合わせてきた。
「センパイ、何か隠していますよね?」
「いや……たぶん、たぶんなんだけど。合コンの相手は俺のクラスメイトなんじゃないかなって」
「え? そうなんですか。それは……センパイも誘われたってことですよね」
「人数合わせでたまたまだよ」
真央ちゃん、鋭いな。というか、なんで俺はごまかそうとしてるんだ?
「良かったんですか? 断っちゃって」
「今日は真央ちゃんと約束していたじゃないか。それに、合コンとか俺はいいよ」
「私は、誘われたことすらないんです、合コン」
「えっ?」
こんな可愛いのに……引っ張りだこのような気がするけど。参加はともかくとして、お誘いぐらいなら、たくさんあるんじゃないのか?
「ふふふ、信じられないって……そう顔に書いてますよ、センパイ」
「敵わないな、真央ちゃんには」
そう返答してすぐに、ゆっくりと進む足取りが急に重たく感じた。いつも明るい真央ちゃんが闇を纏ったように思えて。それはまるで、俺自身を映しているかのようだった。
そんな真央ちゃんに『辛いことがあったんだね』っと、そっと声を掛ける。
「センパイはやっぱり、優しいですね。だから異性だけじゃなく、同性にも人気があるんだと思います」
「それは思い違いだよ。合コンに誘われたのは、本当にたまたまだから」
真央ちゃんは俯きながら『でも』っと、小さく呟いた後『本当は私、センパイの横を歩く資格なんてないんです』っと、そんなことを言い出してから、そのまま話を続けた。
「中学生の時、私は同性からも、異性からもたくさん嫌われてきました。そんなつもりないのに……クラスメイトの彼氏に色目を使ったとか、誰かの好きな人に言い寄ったとか。告白を断った人にも悪い噂を流されて」
「そんなことがあったのか」
「だから私は、異性のいない女子高を選んだんです。煩わしさから解放されたくって」
「さっきの子は、同じ中学だったのかな」
見せたことのない悲しそうな表情を浮かべ『センパイはとても鈍いのに……そういうところは勘が良いんですね』っと、真央ちゃんは切なげに呟いていた。
「ごめん、真央ちゃん」
「幻滅しました? こんな私は……センパイに釣り合わないんです」
真央ちゃんを嘲笑ったあの出来事。無理して明るく振舞っていただけで、本当は気にしていたんだ。よく考えれば当然だよな。あの子はきっと相手が俺じゃなくても、真央ちゃんに酷い態度で接したのかもしれない。
こんな俺にも元気を分けてもらえるぐらい、いつも明るい真央ちゃんにも辛い過去があったんだっと思うと……自然と俺は俯いたままの真央ちゃんの頭を撫でるようにポンポンとしていた。
「同性……ってのは、違うんだけど。俺もさ、女性からずっと嫌われてきたんだ。どんなに仲良かった子でも、急に冷たくなって無視されるようになったりね。慰めってことじゃないんだけど、俺も嫌われてきたから」
「えっ? センパイがですか」
「事実だよ。だから俺は……真央ちゃんにもいつか嫌われるかもしれないって、そんなことを思ってしまうんだ。情けない話なんだけど」
俯いていた真央ちゃんが顔を上げる。さっきまで涙をこらえていたからなのか、潤んだような瞳で俺を見つめてきた。
「そんなこと……そんなこと、ゼッタイにありえませんよ、センパイ」
俺は真央ちゃんに笑顔を向け『そうだと嬉しいよ』っと、返答する。ちょっと元気を取り戻したような真央ちゃんは一瞬、ニコっとした後、何かを考えるような仕草を見せて。
「センパイが異性から嫌われたのって、中学生の時のお話ですよね?」
「そうだけど、それがどうかした?」
「今掛けている眼鏡もしていなくて、髪型も違ったんですよね?」
「そうだね」
真央ちゃんは何かがひらめいたって顔をすると、にこにこしながら俺を見上げてきた。思わず俺は『どうしたの!? 真央ちゃん』っと声を上げる。
「センパイは、嫌われてたわけじゃないですよ。もちろん推測ですけど、嫌われる理由がありませんから」
「え? でも俺ーー」
体臭がって言い掛けて口をつぐむ。さすがに恥ずかしくて、それは口にできなかった。
けど
「センパイはとっても良い香りがします。例えるなら、女の子みたいです。私に特別なフェチがあるとかではないですよ」
「真央ちゃん?」
「だから違うんです。きっと、きっとセンパイは凄く人気があったんです、女子生徒から。私の中学でも人気のある男子生徒と仲良くすると、ひがまれたり、嫌がらせの対象になったり、色々ありましたから」
「そ、そんなこと」
真央ちゃんはしてやったりっと言わんばかりの表情で、肩を左右にゆらゆらさせながら『ふふふ、名推理です』なんて口にしている。
俺は真央ちゃんのその推理をにわかに信じられなくて。なんだか狐につままれたような、そんな感覚がしていた。
ちょっと落ち込んでいた真央ちゃんも、少なからず元気を取り戻してくれて。俺と真央ちゃんはショッピングモールへと向かって歩を進めていた。
プレゼント選び
「センパイ、このポーチなんて可愛いと思いますよ」
真央ちゃんが手に取ったのは、ライトイエローに白の花びら模様がプリントされている可愛いポーチだった。
「んーーこっちのピンク、いや水色も可愛いですよね。妹さんは何色がお好きなんですか?」
「そうだなぁ。俺の記憶だと水色だったと思うんだよね」
真央ちゃんは水色に可愛いリボンがついたポーチを手に取って『とっても可愛いと思いますよ』っと、にっこり微笑む。本当に笑顔がよく似合う子だなって、思わず見惚れてしまう。
「ちなみに真央ちゃんは、何色が好きなの?」
「ん? 私ですか? んふ、センパイは絶対ピンクって思ったでしょ」
え、違うのか!?
「昔から、紫が好きなんです。こんな私でも、大人っぽく見えるからって、センパイは何言わせるんですか」
「じゃあ俺はこの水色のポーチを買ってくるから、ちょっと待っててもらえるかな?」
「あっちでお待ちしてますね。あ! ちゃんとプレゼント包装にして下さいね」
「わ、わかってるよ」
口に手を当てながらニコニコと『それは失礼しました』っと、真央ちゃんはクルっと振り返る。
俺は真央ちゃんが選んでくれたポーチとは別に淡いパープルに白のドットが施されたポーチを手に取った。




