エピソード39:甘えたくなっちゃった
「なあなあ、宍戸」
小栗が教室を出て行ってから、ひとり席に座ていた俺の周囲に、数人の男子生徒が集まってきた。
「お前って、休日何してんの?」
「ん? なにってことはないけど」
最近俺は、男女問わずクラスメイトから話し掛けられることが多くなった気がする。ちょっと前までは、見下された陰キャ扱いを受けていたはずなんだけど。
そういった扱いも減ったような……いや、無くなったかもしれない。
「実は、今週の土曜日に藤女と合コンがあるんだ」
「そうなんだ」
藤女? 確か真央ちゃんの通ってる高校だったはず。なんでわざわざ俺に? 自慢でもしに来たのかな。
「相手は藤女の1年生!」
「えっ!?」
真央ちゃんを思い浮かべていた俺は、自然と驚きの声が出てしまっていて。
「どうしたんだ宍戸? そんなにびっくりして」
「いや、ごめん、なんでもないんだ。それで?」
「まだ一枠空いてるから、もしよかったらどうかなって」
「お、おれを!?」
「そうだけど、そんな驚くことか?」
そりゃ驚くだろ。急に合コンの誘いだなんて。人数合わせにしても、誘ってくれたことには感謝しないとな。
「あ、ありがとう。俺、合コンとかはちょっと……それに土曜日は予定もあるんだ。せっかく声掛けてくれたのに、なんか申し訳ない」
俺の返事に男子生徒たちは『そっかそっか』っと、すんなり了承してくれた。
ただ引き返しながら、俺へ聞こえるように『やっぱり椎名さんと付き合ってるんじゃないのか』とか『椎名さんとデートなんじゃないの』っと、なぜかそんな会話をしていた。
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「あっ、椎名さん」
「小栗さん、ちょっと待って下さいね。美香を呼んできますから」
俺がお礼をする前に椎名さんは教室へと戻っていく。なぜか1組に美香を訪ねにいくと、タイミング良く椎名さんと鉢合わせることが多い。既に要件すら確認されなくなっている。
ほどなくして、椎名さんが美香を連れて教室から出てきてくれた。そのまま椎名さんは『アツアツだね』っと、美香を見ながら、この場から離れて行く。
美香はというと、なんだかとても嬉しそうにしていて。
「どうした? ニコニコして」
「ふふふ、なんか啓二が来てくれるの、久しぶりだなって」
「そ、そうだったかな?」
「最近は待ち合わせや、私が啓二の教室へ行ってばっかりだったから」
「ごめん、気が付かなくて」
「あっ、責めてるつもりはないの。ただ嬉しかったから」
そんな可愛いことを言ってくれる美香を前にすると、なんだか俺はここに来た目的を言えずにいた。すぐに話出さない俺を見つめたまま、美香は『ん?』っと、不思議そうな顔をしている。
来週に迫った球技大会。その前にげんを担ぎにきたなんって、なんだか言いにくい。
「いよいよ来週だね、球技大会」
「あぁ、そうなんだよ」
「どうしたの? 宍戸君と一緒にサッカーできるの、すごい楽しみにしてたじゃない?」
「それは……そうなんだけど」
まさかの美香からその話題を振られ、なんとも歯切れの悪い返事をしてしまった俺。そんな俺の態度に、美香は何かを気づいたように優しい笑みを浮かべている。
「また、あの場所に連れて行って欲しいな」
「え?」
「大事なことだから、二回言った方がいい?」
少し首を傾け、可愛く冗談を言ってくる美香に、後押しされる。去年とは違い、少し落ち着いた言葉で、彼女の名前を口にした。
「美香」
「はい」
「球技大会、今年も優勝出来たら……俺と一緒にまた、夜景を見に行ってくれませんか?」
「はい、喜んで」
そのまま俺が『だから』っと続けると、あの時と同じように美香も『だから?』っと、続けてくれる。
「今年も応援してくれないかな」
「うん、精一杯応援する」
そう答えてくれた彼女は、急に俺へと抱きついてきた。もちろん、今までもこんなことはあったけど、学校でなんて初めてのことで。
「み、みか!?」
「いいじゃない見られたって。私たちの関係、知らない人なんていないんだから」
「そ、それはそうだけど」
「なんだか啓二に……甘えたくなっちゃった」
そんな彼女の言葉に、動揺していた俺もぎゅぅっと美香を抱きしめた。俺の胸に顔を埋めながら『大好き』っと呟く彼女がこれ以上ないほど、愛おしく感じて。
このままずっと抱きしめていたいと思っていたそんな時
「美香、みんなが廊下に出られなくて困ってるよ」
「は、はづき!?」
戻ってきた椎名さんから声を掛けられてしまう。『私も熱中症になりそう』っと口にした後『小栗さん、お邪魔をしてごめんなさい』っと、頭を下げてから教室に入っていった。
誰もいない校舎裏
「実はさ、宍戸は今回、リザーブなんだよ」
「宍戸君が?」
「去年のメンバーがそのままサッカーに立候補して、無理やり俺が宍戸を入れた感じなんだよね」
「そっかぁ。優勝メンバーだから、それは仕方ないかも」
「あの後、彼女ができた奴も多かったから……まあ、俺含めてなんだけど」
「啓二の人気は、それはそれは凄かったですから」
「俺は美香一筋なんだ。そこだけは譲らない」
そんな彼の言葉を聞いて、私はそっと瞳を閉じた……




