表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/54

エピソード35:勝利の女神が微笑んでくれたから


 あれ? もういないーーーー



 昼休みを告げるチャイムが鳴るか鳴らないかのタイミングで、宍戸ししどは教室を抜け出したようだった。


 隣の席に座っている俺が、気づかないのもどうかという話なんだけど。相手が宍戸だと、それも仕方ないかなって納得してる。そんなひとり残された俺の元へ、数人の男子生徒がやってきた。



小栗おぐり、今度、藤女ふじじょの一年生と合コンするんだよ。人数一人まだ空いてて」


「へぇぇ。あ、俺は行かないよ、合コン。絶対に」



 そう、俺は美香みか一筋だ。



「別に小栗おぐりを誘いに来た訳じゃないけど。相沢あいざわさんいるのわかってるし」



 じゃあ何しに来たんだよ。



「宍戸って、合コンとか誘ったら来るかな? 相手はあの藤女だぜ!」



 絶対無理だと思う。断言できる。たぶん、藤女が何かも知らないと思うし。ってか、宍戸を合コンに誘いにきたのか!?



 内心驚きながらも『誘うだけ、誘ってみたら?』っと、なんとなくモヤモヤした感情が、俺にそっけなくそう告げさせた。



 返答がよくなかったのか『いやぁぁ、すまん。俺たちもう行くわ』っと、気まずそうにしながら、そそくさと俺の周囲からいなくなった。



~~~~~~~~~~



「ふぅぅん、合コン……楽しそうね」



 男子生徒との会話に気を取られていた啓二けいじをよそに、私はこっそりと宍戸君の席に座り声を掛ける。



「み、美香みか!?」


「そんなに驚くってことは、なにかやましいことでも?」



 責めるようなジト目を向け、美香は俺を見つめてきた。何一つやましいことなんてないんだけど、その迫力に気圧されて。思うわず『違うんだよ!』と言い訳染みた言葉を発しってしまう。



「冗談よ」



 本当は最初から全てを聞いていた私は、ちょっと怯えている啓二がなんだか可愛くて。精一杯の笑顔を彼に向ける。



「美香のその笑顔が、俺は大好きなんだ」


「もぉぉ」



 そんな恥ずかしい言葉を、ニコニコしながら平気で言う彼を直視できなくなった私は、ちょっとだけ顔を背ける。



「美香、来てくれてありがとう」


「啓二……寂しいんでしょ」



 美香には全て、お見通しなんだな。



 今朝もそうだったけど、なんか寂しかったんだよな俺。嬉しい気持ちも嘘じゃない。嬉しさも正直な俺の気持ちなんだけど。


 美香のその核心を突いた一言が、決して、俺から宍戸本人には伝えられない気持ちを。自分じゃない誰かに代弁してもらえたようで。


 それが美香だから余計に。さっきの俺のモヤモヤも晴れた気がした。素直に全てが受け止められるような、その気持ちになった。



「俺が言えた義理じゃないんだけどね」


「そうね。本人に言ったところで、気味悪がられるのが目に浮かんじゃう」



 宍戸君、そういった感情が欠如してそうだし。葉月はづきの気持ちにも、全く気付いてないんだろうなぁ。



椎名しいなさん、宍戸の為に手作り弁当を用意してるんだろ?」


「そう、それ! なんで知ってるの?」



「それがさぁーーーーってなことがあって」


「あ、そういうこと! 葉月ってすぐ噂になっちゃうから」



「まあ仕方ないよ。今は一人で学校のアイドルなんだから」


「え、どういうこと? 元はアイドルグループだったの?」



 そのご本人がすっとぼけたことを言うもんだから、俺ははっきりと『アイドルのひとりを、俺がもらちゃったから』そう伝えた。



「私が? 私はアイドルなんかじゃないよ。啓二、さすがにそれは贔屓目ひいきめが過ぎるよ」



 表情に乏しい私は、冷たそうってよく言われていたから。そんな私には、アイドルなんて真逆の存在。



「よく告白されてたじゃないか」


「それは啓二もでしょ。この話は……お互いしないって決めたじゃない」



 私たちがまだお付き合いをする前、啓二は本当に人気があって。遊びに誘われたり、ラブレターを貰うことも、告白されることだって日常茶飯事。それはもちろん、私なんかの比じゃなかった。



 そんな状況に、私はやっぱりヤキモチを妬いちゃって、大人げなく不機嫌になっていた。結局、啓二にきつく当たってしまうことが、自分自身、凄く嫌で。



 啓二から告白を受ける前は、それだけじゃない問題も重なっていて、私にとってはちょっと辛い時期でもあった。



 今振り返ると、啓二と私がお付き合いを始めたってことが、すぐに学校中へ広まったこと。啓二が言い寄る女子生徒へ、毅然きぜんとした態度をとり続けてくれたお陰で、私たちの関係は、現在に至っている。



 さっき、私がこの話はしないって言ったこと。それは、どちらかといえば、嫌な思い出が呼び起されるから。



「ごめん。嫌なこと思い出させちゃって」


「ううん。私の方こそごめんなさい」



「俺たち、もうすぐ一年だな」


「球技大会、近いもんね」



 私は彼のその言葉が嬉しくて。ごまかすようにマイクを握った風な手を、啓二の口元へ近づけ『小栗選手、今年も優勝ですか?』っとインタビュアーの真似事をした。



「そうですね、今年はあの宍戸選手も、サッカーへ出場してくれるようなので」


「うそっ!?」



「ホント。思い切って誘ってみたら、いいよって。案外、軽い感じで拍子抜けしたよ」


「宍戸君には申し訳ないんだけど、なんだか信じられなくて。んふ、啓二、今なら葉月に取られて寂しいって言ったら、一緒にランチしてくれるかもよ」



 そんな冗談を言った私に啓二は人差し指でツンっと、おでこを押してきた。『俺には美香がいるから、寂しくないんだよ』っと、笑顔で告げてくる。そんな彼がたまらなく愛しくて。



 彼を見つめながら『私も……啓二の笑顔が大好きだよ』っと、瞳を閉じた。



「み、美香、こ、ここは教室だよ」



 啓二の焦った声で、私はハッと周囲を見渡した。わざとらしく視線を背けるクラスのみなさんから、凝視されていたことに気が付いて、私は顔から火が出るほど熱くなった。



 美香って、めちゃくちゃしっかりしてるんだけど。たまぁに抜けてるところが、これまた、たまらなく可愛いんだよな。


 俺は顔を真っ赤にしながら、宍戸の席で俯いている美香に



「去年は、勝利の女神が微笑んでくれたから。美香が、俺を優勝させてくれたんだよ」



 絶対に負けられなかった試合。


 俺は優勝と共に……美香へ告白する勇気を勝ち獲ったのだから。


大変言いにくいのですが



「美香」

「ん? ねぇ啓二、そろそろ食べようよ」


「いやぁぁ、俺、3限目の終わりに食べちゃったんだよね。宍戸いないの知ってたし」

「はぁぁ!? ならもっと早く言ってよ!!」


「ごめん、嬉しくて」


美香は席を立ち『もお』っと言いながら、教室を出て行ってしまった。



「啓二、ごめん。あの教室にはさすがに居づらかったから、グッジョブ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 今話、視点変更が二回あると思いますが、区切りがないのでちょっと分かりにくいかなと思います。 前話とおなじように波線で区切られた方が分かりやすくなるのではないでしょうか。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ