表情。
頭の中に塗りたくられてしまった天使なあの子の表情。
一瞬。ほんの一瞬見せたあの子の表情が忘れられない。頭の奥底から離れない。
僕はあの子のことを何も知らないのかもしれない。いや、知らない。
あの子は僕のことを核心を突くように言い当ててくる。表面上のあの子のことは分かっても、内面的なことは何も分からない。
その内面がほんの一瞬顔を見せた。そんな気がした。それは開いてはいけないパンドラの箱。でも、それさえも知りたいと思う。天使なあの子の箱を開けてでも知りたいと思う僕は、悪魔だ。
「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末様でした」
瑠璃のおしとやかな声に母さんがにこっと効果音がつくような反応をする。
あの出来事があってから僕の心はもやもやしていた。テレビに僕をこんな目に合わせた張本人が映ったから。それもあると思う。でも、なにより瑠璃のあの反応。それだけがひどく頭に鮮明に残ってしまっている。
「瑠璃ちゃんはどうする?もう陽も暮れてるけど泊っていく?」
母さんの発言に考え込んでいた頭が現実に引き戻される。
なんていう提案をしてるんだ。僕の母さんは。と心の中で突っ込みつつも瑠璃と少し話をしたい気分だ。もしも泊まるなら瑠璃と話す機会も増えるわけだ。ご飯を食べている時もそうだったけど、僕の微かな望みを的確に言ってくれる母さんはエスパーかと思う。もちろん本人は何も考えずに言っているのだろうけど。
「そんな、良いですよ。やらないといけないこともあるんで今日は帰ります」
「あら、そう残念」
僕の気持ちを代弁するように母さんが応じる。
瑠璃と話す機会が失われたから僕は心の中で深くため息をつく。
「帰る前に晩御飯の片づけ手伝いますね」
「いいのいいの。私がやっておくから」
「でも...」
「瑠璃ちゃんはほんと優しいね。大丈夫。いつもやってることだから気を遣わなくてもいいのよ」
母さんが瑠璃の頭の上に手をぽてんと乗せて話す。
その光景を眺めていると瑠璃と僕の母さんが仮に親子と言われてもなんら違和感はないだろうなと思った。
「ありがとうございます。じゃあお言葉に甘えさせてもらいますね」
母さんと瑠璃の一連のやりとりを見ていて瑠璃の優しさがにじみ出ていると思った。
こういう細やかな気遣いができる部分も瑠璃の良いところで僕が好きになった要因なのかもしれない。
「隼人。瑠璃ちゃんを送って行ってあげなさいよ」
「あ、うん」
突然、僕に話を振られぶっきらぼうな返事しか返せなかった。
もちろん送っていく。こんな日が暮れた真っ暗な外。いくら田舎とはいえか弱い女の子一人で歩かせるわけにはいかない。僕みたいな事があった後だから田舎という言い訳も消え失せているわけだし。
瑠璃を送るためにリビングの椅子から腰を上げふと思う。
このまま瑠璃との時間を終えていいのか。頭から離れない瑠璃のあの表情がより一層僕の瑠璃と話したいという気持ちを加速させていた。
聞きたいことがある。話したいことがある。そして知りたい。瑠璃のことを。
「瑠璃、少し話さない?」
自分の口から出たとは思わないくらいの真面目過ぎる声に少しだけ戸惑ってしまう。
瞬間的にリビングの空気が引き締まった気がする。瑠璃の表情もどこか驚き気味で硬かった。
「ほ、ほら、さっき窓見たら雪がちらちら降ってたし、テレビのアメダスによればあと30分後には降りやむって言ってたし」
この空気を作り上げた自分にがどこか気恥ずかしくなってしまい慌てて言い訳を口に出す。
容易に自分の今の表情が予想できる。慌てふためいて目が泳いでることだろう。ほんとなんて分かりやすいんだと思う。ただ、慌てて返した言葉にしてはこの言い訳は筋が通っていて少し感心する。
「いいよ。確かに雪降ってる中、帰るのは得策じゃないもんね。隼人も風邪ひくといけないし」
瑠璃から承諾をもらい心のなかでふっとため息をつく。
加えて僕の心配までしてくれたことに心のなかでにやけてしまう自分がいた。
「部屋に上がっててもらっていい?目薬指してから上がるから」
心の中を表情に出さないように冷静に瑠璃に言う。
「うん。じゃあ、先に隼人の部屋に行ってるね」
あまりに引き締まった空気を2回も体験したから心なしか目が乾いた感じがする。いや、むしろ目だけじゃなくて喉もなんなら乾いている。
瑠璃は僕との会話を終えると、僕の部屋がある2階に上がるためにリビングを後にした。
母さんとリビングに二人。僕はテレビが置いてある台の引き出しから目薬を取り出す。天井に目を向けて黄色い液体を左目に垂らし、そして次に右目に垂らす。スーッとした刺激が瞳の奥を駆け巡っていく。浸透させるために何度か瞬きしていると後ろから背中をポンと叩かれる。誰かなんて言うまでもなく母さんだった。
「隼人のあんな真面目な声、ひさしぶりに聞いちゃった」
「茶化さないでよ」
「茶化してないわよ。むしろエールを送ってるのよ」
「そう」
「まぁ、隼人がしたいと思うようにしなさい」
「うん」
母さんは隣町の中学校で学校のカウンセリングを職業にしている。
普段の生活からはカウンセリングなんてイメージかけ離れているし、絶対向いていないと思っていた。でもこの状況になってからはその認識は変わった。相手のことを考えて最小限の発言をしてくれる。そしてそっと見守ってくれている。僕の周りには支えることが上手い人が多い。母さんも瑠璃もいや、蓮や桔梗にだって支えてもらっている。僕とは違う。僕もそんな人になりたいと思った。誰かをそっと支えられるようなそんな人に。
母さんに背中を押されて自室に戻ると瑠璃は部屋の窓を開け、空を見つめていた。
僕に気づいているだろうけど、振り返ろうとはしない。僕もそっと瑠璃の隣に立って窓の外を眺める。ちらちらと雪が降る中、雲の隙間からは月が顔を出していて僕たちの顔を照らす。
視線を少し左に向けると、月明かりに照らされた瑠璃の横顔があった。綺麗だ。単純にそう思った。瑠璃が好きだからっていうのもあるんだろう。でも、瑠璃の綺麗だけじゃない。外にちらちらと降る雪それに呼応するように光る月明かり。その何とも言えない美しい景色と相まってとても綺麗で見とれてしまった。
「綺麗だね。月明かりに雪が反射してる」
「うん。綺麗」
二つの意味でそう言った。
瑠璃が小さなため息を少しつくと、白い息が窓の外に宙を舞って抜け溶け込んでいく。
「寒くない?」
「寒いけど、今は綺麗っていうのが勝ってるかな」
「ちょっと待ってて」
僕はベットの脇に置いてある水色のブランケットを持ってきて瑠璃の肩から掛ける。
水色のブランケットは瑠璃との相性抜群だ。とても似合っている。なぜか分からないけど瑠璃には水色がよく似合う。学校でもよく水色の髪留めを付けてきているし、瑠璃イコール水色というイメージがあるくらいだ。
「ありがとう。隼人はいいの?」
「うん。大丈夫だよ」
話がしたいという目的だったけど、少しの間、この綺麗な景色に見とれてしまう。
冬独特の冷たい透き通った空気が顔全体を包み込む。冬は寒いから苦手だけどこの空気は別だ。夏のようにじめじめとした水分を多く含んだ空気よりも断然こっちの方がおとなしくて心地いい。
瑠璃も隣で、景色と空気に浸って見とれているようだ。
瑠璃は今、何を思い何を考えているのだろう。分からない。瑠璃や母さんみたいに人の気持ちに気づけて寄り添える人に心底憧れた。
「瑠璃。さっき晩御飯の時、何か気掛かりでもあった?」
だから、僕の場合は真正面から聞く。
今、思うと常にそうしてきた。告白の時も蓮に幸せにしてやれと言われた時も。瑠璃が何か悩んでいるのなら知りたい。そして寄り添いたい。少しでも瑠璃の力になりたい。
あと5日で僕の記憶が消える。そんなのは今はどうでもよかった。ただ、瑠璃の支えになりたいと思った。それほど瑠璃のあの表情は切なく見ていられなかった。
「どうしてそう思うの?」
「テレビ見てた時、一瞬だけ瑠璃の顔が曇った気がしたから」
理由を問われて話すのを少し躊躇ったけど、ほんとのことを話す。
「そっか」
瑠璃は空を見つめたまま答え、少しの沈黙が僕たちの隙間をかける。
一時の沈黙がとてつもなく長いように感じそれでいてとても深く感じる。
「ねぇ、さっきの、その、テレビに映ってたのって隼人が」
口を開いたと思うと歯切れ悪く話す瑠璃。
瑠璃は察しているようだったテレビに映ったあの男が僕に薬を入れた男だと。
言いたいことはなんとなく分かる。僕に気を遣ってくれてるんだと思う。今更隠す必要もない。むしろ瑠璃との間では何でも言うと決めている。
「うん、そうだよ。見間違えない。僕に薬を差し込んだ犯人だった」
思ってたよりも淡々と話せた。そして瑠璃がふっと息をのむ音が聞こえた。
多少の恨み、怒気が混じった声になるかと思っていたけど、僕から出た声はいたって冷静だった。あの男を恨んでないわけじゃない、怒ってないわけじゃない。多分、瑠璃が聞いているのとこの清んだ空間が僕の心を落ち着かせていた。
「なんでそんな普通に話していられるの?」
瑠璃がいつもとは違う不安という空気を纏い悲し気な顔をしていた。少し声も震えている。
もしかしたら瑠璃のこんな表情を見るのは初めてかもしれない。今日は瑠璃の新しい表情をよく見る日だ。
「普通ではないよ。それにテレビ映った時は僕も驚いたし、気が揺らいだ」
「じゃあ...」
「瑠璃がいるからだよ」
瑠璃は大きく目を見開いた。
「私?」
「うん。瑠璃といると落ち着くんだ。記憶が消えるって話した時も観覧車の中で話した時もそうだった。瑠璃といると心が落ち着く」
「それは私じゃないよ。隼人の心の強さだよ」
瑠璃は俯きながら僕の言葉を否定する。
悲しそうな表情。でも否定されても僕の本心はそれだ。少しでも瑠璃の悲し気な表情を和らいであげたいと思った。
「ううん。違うよ。瑠璃が契約を結んでくれた時から瑠璃は僕の中で天使だったんだ」
普段なら絶対言わないであろうとてつもなく恥ずかしい言葉。自分の彼女のことを天使だなんて言う彼氏はそういないと思う。
でも、契約を結んだ時からいつも思っていたことだ。瑠璃は紛れもなく天使だ。
「僕が声を荒げても、僕が不安そうにしていても、どんな時も瑠璃は優しく包み込んで寄り添ってくれる。心が壊れそうだった僕にとって瑠璃の存在は大きかったんだ」
「言いすぎだよ。私なんて」
「言いすぎじゃない」
小さく縮こまっている瑠璃に証明するように真剣な声を飛ばす。
雲の隙間から光っていた月が全貌を表し、さっきよりも明るい月明かりが僕たちを照らす。
「ねぇ、隼人。私は...」
瑠璃が途中まで言葉を放ち、止まる。
何か言いたげなのは伝わるけど、瑠璃の中の何かがそれを止めているようだった。声に出そうとしているのに瑠璃の喉元には何か鋭利なものが突き刺さっているそんな感じに見えた。
今、思えば、契約の時もそうだった。何も言わずに聞いてほしいと。この契約を結んでほしいと。
僕自身としては聞きたい。瑠璃の心の底を。でも瑠璃の表情を見ると無理に聞く気もなくなってしまう。
「瑠璃。ごめん。言いたくなかったらいいよ」
「ほんとにごめん。言いたくなったら必ず言うから」
今にも消えそうな瑠璃が見ていられなくて、思わず抱きしめる。
瑠璃の体がぴくっと動き、瑠璃の鼓動が聞こえてくる。
表情は下を向いてるから分からないけど、抱きしめた瑠璃は少し震えていた。瑠璃は何を思っているのか分からないけど、支えてあげたいと改めて思った。僕は契約という付き合いで支えてもらっている。こんな状態だからは言い訳にしたくない。瑠璃の彼氏として支えたいと強く思った。
「ねぇ、隼人。私のこと好き?」
震えたとても小さなか弱い声が下の方から聞こえてくる。
僕はぎゅっと力を込めて腕の付け根から手の先、全部を使ってさらに瑠璃をぎゅっと包み込む。
「好きだよ。大好きだ」
宙に舞っていた瑠璃の両手が僕の背中にも回され力なく包み込むのが分かった。
「ありがとう。隼人」
そのまましばらくの間、お互いの鼓動を感じ合った。
結局のところ聞けなかった。いや、聞くことをやめた。
瑠璃ことを知りたかったけど、そこに手をかけて瑠璃が辛そうだったから、引いてしまった。辛そうにしているのに無理やり聞き出すのはさすがに気が引ける。でもこの判断が正解なのかは分からない。瑠璃に何かがあるのは明白だった。当初、僕が記憶のことを瑠璃に隠そうとしていたように瑠璃も何かを隠している。瑠璃は僕のそれを無理やりこじ開けて寄り添ってくれた。この状況になって思うけどすごいことだと思う。僕にはそれが出来なかった。ただ、瑠璃の問いに答える事しかできなかった。瑠璃を抱きしめる事しかできなかった。
「部屋の中、だいぶ冷えちゃったね」
瑠璃が僕のもとから離れる。
手をつないだ時とは違う。体全身にほんのりとした人肌の体温が残っている。
横目に見える窓を見ると、先ほどまでちらちらと降っていた雪は止み、月明かりだけが外を照らしていた。
「そうだね。そろそろ閉めようか。瑠璃も帰らないとだろうし」
「うん。ほんとに送ってくれるの?別に大丈夫だよ?」
「送るよ。流石に彼女を一人で帰らせるのは気が引ける。少しくらい彼氏としての威厳を保たせてくれ」
「ふふっ。隼人は十分私の彼氏を全うしてくれてるよ」
笑いながらそう話してくれる瑠璃に少し安堵する。
ああ、いつもの瑠璃だ。って。それがなぜかほっとして嬉しかった。
「お世辞でもそう言ってくれるとありがたいよ」
「お世辞じゃないって」
瑠璃がぷーっと頬を膨らませる。
その顔を見て僕は思わず吹き出して瑠璃もそれに呼応するように笑い合う。
冷たい空気が入った部屋が少しだけ温まった気がした。
「送ってくれるのは嬉しいけど、風邪、引かないでね?」
「大丈夫。風邪なら昨日治ったから」
「あれは風邪に入らないでしょ」
「そういう瑠璃こそ、風邪ひくなよ」
「私は大丈夫。今日、隼人ママさんの料理食べたから」
「どういう理由だよ。それ」
時刻は午後8時半。
僕の部屋で瑠璃との濃い時間を過ごした後、瑠璃を送るために二人で学校の通学路を歩いている。外はとても冷たい空気が包んでいるのもあり、瑠璃と繋いでる左手が一層温かく感じる。
先ほどまで降っていた雪はすっかり止んでいて、雲も少しずつ切れ間が広がり、所々、星々が顔を出していた。
「そういえば学校も後2回くらい登校したら冬休みだね」
「あ、そっか。もうそんな時期か」
「忘れてたの?」
「まぁ、冬休みってあんまり実感ないだけかな。色々あったし」
「そうだよね。あ、隼人。明日からはしっかり学校来てね。あと登校するのも2回なんだし」
「分かってるよ。瑠璃に言われたら断れないし行くつもりだったよ」
「それは契約があるから?」
「うーん、それもあるけど、瑠璃に会いたいからかな」
瑠璃に顔を向けると目で分かるくらい顔を赤くしている。
あ、もしかして今、ものすごく恥ずかしいことを言ったかもしれない。そう思った時にはもう時すでに遅しだ。というか前もあったなこんなこと。
「隼人って随分恥ずかしいことを平気で言うようになったよね」
「そ、そうか?そんなことないと思うけど」
自分も今、瑠璃のように顔が赤くなっているんだろう。
相変わらず僕は隠すのが下手だ。まぁ、瑠璃の前ではもうどうでもよくなっている自分がいるのも確かだ。
「ここまででいいよ」
瑠璃が立ち止まった場所は僕が瑠璃に告白した場所。名前もない小さな橋の真ん中。
告白したこの場所は僕が記憶が消えることになってから頭を冷やすために来た場所でもある。前来た時よりも心が軽い気がした。それは言うまでもなく瑠璃がいるからだろう。
「ここでいいの?家まで送るけど」
「ううん。大丈夫。もうほんとにすぐ近くだからここまでで。隼人ママさんにもよろしく言っておいてね」
瑠璃は有無を言わさないように早口で言う。
ほんとは家まで送るつもりだったけど、瑠璃が言う感じ瑠璃の家はすぐそこらしいから無理についていく必要もないだろう。
「そう。分かった。母さんに言っておくよ」
「うん。お願い」
瑠璃と繋いでいた手がぱっと離れ、微かな温かさを残しつつも冷たい空気が左手に帯びてくる。
「じゃあね。隼人」
「うん。今日はありがとう」
「こっちのセリフだよ。楽しかった。ばいばい」
手を振る瑠璃に僕も手を振り返すと、瑠璃はにこっと笑って僕に背中を見せて歩き始めた。
僕は瑠璃の背中をしばらくの間、見つめ続ける。しばらくして、瑠璃が左の路地に入り、瑠璃の姿が見えなくなった時にふと思う。
そういえば瑠璃の家に行ったことがないと、いや、行ったことがない以前に瑠璃の家を知らないと。
また、新たに瑠璃について知らないことができてしまった。彼女のことをここまで知らないのなんて全世界の彼女彼氏と比較したら僕くらいだろう。
瑠璃のことをなんで僕はこんなに知らないのだろう。好きな食べ物、好きな本、好きな科目、いざ考えてみると僕は何も分からなかった。
「記憶が消える前には少しでも瑠璃のこと知れるといいな」
ふとつぶやいた言葉は冷たい空気に静かに溶け込んでいった。
瑠璃と分かれて何時間か経過した夜。
僕は自室でベットの上に横たわって読書をしていた。瑠璃と呼んでいた悪魔と天使の小説ではなくて別の小説。あの小説は瑠璃と二人で進めて読むつもりだから続きは読まないようにしている。
別の小説を読み進めていると、枕の脇に置いてあったスマホの画面がピカッと光る。画面を見ると水菜瑠璃という名前があり、メッセージが表示されていた。
僕はスマホに手を伸ばして、メッセージアプリを開く。
【今日は楽しかった。ありがとう】
と一言。メッセージが飛んできていた。
瑠璃からメッセージが届くのなんて随分久しぶりだ。もともと登録はしていたが瑠璃があまりスマホを使わないこともあり、二人でメッセージでやりとりすることはほとんどなかった。
とりあえずこちらこそと返しておいてもう一言、珍しいねメッセージ送ってくるのと添えて返しておく。
【せっかく登録してるから使ってみようと思って】
送ってから数秒も経たないうちに返信が返ってくる。
瑠璃がメッセージを送ってきた理由はなんとなく分かる。瑠璃は使ってみようと思ってなんて言ってるけど僕のためなんだと感じた。少しでも僕との関わりを増やしてくれているんだろう。記憶が消える僕のために少しでも残るものを残してくれているのだと。記憶が消えるまでにこのメッセージはどれくらい増えているんだろう。記憶が消えた後にこのメッセージを見て記憶が戻るかもなんて淡い期待をしてみる。
それからしばらく瑠璃とメッセージのやりとりをして、最後におやすみを添える。メッセージを上にスクロールして遡ると小説の話や明日学校に来てねな色とりどりのメッセージが残っていた。僕にはなんだかそれが無性に嬉しかった。
思い出を残すことに何の意味もないと思っていたけど瑠璃のおかげで少しずつ考え方が変わっている気がした。なにがとは具体的に言えないけどそれでも思い出を残すことに意味がないとは思えなくなっていた。
本格的に寝ようとアプリを閉じてスマホの画面を真っ暗にする。
しばらく今日のことを思い返しながら天井を見ていると突如、視界がチカっと光って目まいがする。この感覚には覚えがあった。今朝、起きたあの目まいだ。抗う事も出来ない。寝転んでいるからその目まいに身をゆだねる。
視界が真っ白に包み込まれる。真っ白な空間にぽつんと一人の少女が三角座りをして下を向いていた。今朝、見た時と同じ少女だと直感した。表情が見えないけど、すすり泣く声だけが聞こえる。
僕はその光景をただ見る事しかできなくてはっとした時、視界は元の自室の天井を映し出していた。
相変わらずその光景が鮮明に頭に残り、夢ではないと物語る。
「はぁ...」
寝ようと思っていたのにこんな事がおきて深くため息をつく。
流石に2回目となると考えても仕方ないで済ませられない。でも考えても心あたりに繋がらない。
僕は自室を出て、1階のリビングに足を運ばせる。道中、母さんの寝息が母さんの部屋から聞こえてくる。リビングは真っ暗で手探りで電気をつける。そして水道に水をコップ一杯に入れて一気に飲み干した。喉にひんやりとした感触が残る。
頭を冷やすのも兼ねて水を飲みに来たがいくら考えても分からない。あの少女が誰なのか。どうして泣いていたのか。そして何で目まいとともにあの真っ白な光景を見るようになったのか。
夢でないと直感すると同時にあの光景はなにか大切なものな気がする。理由は分からない。
リビングの時計の針は11時30分を指していた。僕の記憶が消えるのも残すところとうとう4日に近づいているわけだ。
僕は真っ白な光景を考え込みながら、じっと時計の針を見つめていた。
読んで頂き、ありがとうございます。
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