4:あぁ、鞭が欲しい。
お腹がいっぱいになれば人は眠くなる。
いや、でもまだ昼寝の時間にも早いぐらいだぞ?
そう思うのだが、大戸島さんはソファーに座ったまま爆睡状態。
まぁ精神的な疲れがあるんだろうな。そのまま寝かせてやろう。
「ちょっと俺、売り場の方に行ってくるよ。いろいろ準備したいからさ」
「準備?」
「うん。モンスターと戦うための準備だよ」
武器が無ければ戦えない。無いなら作ればいい。
そもそも俺の鞭は全部お手製で、材料はホームセンターで買い揃えた物だ。
くっくっく。お金に糸目をつけず、好きな素材が使えるんだぞ。こんなに嬉しい事は無いね!
用意するのはステンレスの細い棒。本革生地。そして極細ワイヤーだ。
他にももろもろを集め、ついでに作業の合間に食べるおやつを持ってバックヤードへと戻った。
「浅蔵さん、それで何を作ると?」
バックヤードに戻って早速作業に取り掛かったのだが――。
持って来たおやつ――たけのこの里を食べながら、セリスさんが興味津々な様子で覗き込んでくる。
「攻撃力強化型鞭をね」
「攻撃力強化? ていうか、鞭って手作りなんですか!?」
「うん。お手製だと自分好みにカスタマイズできるからね」
今回はワイヤーを仕込んで殺傷力を上げてみようと思う。
材料はいくらでもあるからな。思うような威力が得られなくとも、作り直しが何度でも出来る。
てきぱきと作業をする俺の横で、セリスさんがじぃっと見つめる。
「やっぱり元冒険家さんは違いますね。変な話ですけど、私、浅蔵さんが居てくれてよかったって思うんです」
「そ、そう? 期待に添えられるよう頑張るよ」
弾むような彼女の声に、ちょっとだけ罪悪感を抱く。
モンスターと戦ったことが無い訳じゃない。でも、そんなに多い訳でもないんだなこれが。
俺は感知で仲間にモンスターの存在を知らせる役だった。
まだ見えない位置から、あっちからこっちから来るモンスターに怯え、友人らに守られていた。
冒険家を止めたいと思い始めた、一か月を過ぎた頃からほとんど戦闘には参加してない。
それだけ当時は辛かったんだ。
でもこの状況じゃ辛いなんて言っても居られないからな。
ここが何階層なのか分からない以上、暫くはここで様子を見るしかないんだ。
だけど救助が来るまでの間、ここでじっとしている訳にもいかない。
万が一救助が来ないときは、自力で脱出しなきゃならないのだから。
何より――。
「鞭が無いと落ち着かないんだよ」
「え?」
全体の半分ほどを編み終えた鞭を抱きしめる。
あぁ、落ち着く。
「あれ? セリスさん、何で後ろに下がってるの?」
「え……いや、あの……」
彼女の表情……なんかドン引きされてるような?
今の若い子にはわからないかなぁ。
いや、実際古い映画だよ。会社でその話しても、50代の人にすら「良くそんな古い映画のことを」って驚かれるぐらいさ。
でもな。インディーは凄いんだ! 英雄なんだ! 俺にとっての。
セリスさんにはインディー・ジョーンズの映画内容を、熱く語って聞かせた。
その結果――何故か再びドン引きされた。
くっ。若い子にはインディーの渋さが分からないようだ。
いいんだいいんだ。
今回作った鞭は、実際ここでは大事な武器なんだから。
攻撃スキルの無い俺にとって、これが無くては地上に出るなんて無理だ。
そういえば……二人は今回が初めてのダンジョンなのだろうか?
イレギュラーな入場の仕方だけど、スキルの付与は行われているのかな?
「セリスさんはここに落ちたとき、何かこう……電子音的な女の子の声はしなかったかい?」
「女の子の? ど、どうだったかな。そもそも気絶しとったけん」
そうだった。
「その声がどうかしたんですか?」
「あぁ。ダンジョンに初めて入るとスキルが貰えるってのは?」
セリスさんが頷く。
この辺りは世間でもよく知られた情報だしね。
ダンジョンでモンスターと戦うつもりはないけどスキルは欲しい。そう言ってダンジョンに数メートルだけ入る人はかなり居るからなぁ。
「で、このスキルを貰う時に、頭の中でアナウンスが流れるんだ。その声が某ボーカロイドの声っていうね」
なんでボーカロイドなんだよと、当時各所で騒がれたけど。
今では完全スルーされる案件だ。
ダンジョンってのはそんな所だ。これで片付けられる。
「スキルって、どうやったら分かるんです?」
「うん。えっとね、スキルの確認方法にはいくつかあるけど……まぁここでは無理だろうな」
「無理なんですか?」
「二人のうち、どちらかが『鑑定』スキルを付与されたりしていれば別だけど」
ダンジョンで取れる物のアイテム名を調べたり、モンスターの事を調べることも出来る。
もちろん人間に対しても同じだ。
名前、年齢、性別、そしてステータスが見れる。
ただし目視する必要があるけどね。
「もう一つの方法は、ダンジョンの各階層入り口にある石板に触れることなんだ。ステータス板って呼ぶ人も居る」
「鑑定スキルはどうやって使うんです?」
「鑑定したい対象を目視して、あとは『鑑定』って呟けばいい。鑑定したいっていう気持ちも忘れずにね」
「か、『鑑定』」
お、さっそく試したようだ。だけど何の反応も無いと言う。
まぁそう都合よく行くわけないよな。
無かったということは、別のスキルだってことだ。
「この階の上りでも下りでもいい、階段を見つけなきゃ分からないようだね」
石板にスキルも明記されているから、そこで確認するしかない。
あとは眠っている大戸島さんがどうかだな。
そういえば、車から降りたときにもスキルがどうのとアナウンス出ていたな。なんだっけ?。
ボス討伐報酬は『順応力』だったな。それとは別にもう一つ……。
「図鑑……だったかな」
「図鑑? なんの図鑑ですか?」
「あぁ。『ダンジョン図鑑』だ――うわっ!?」
口にした途端、俺の目の前に分厚い本が現れた。
光り輝くその本は、ページがパラパラと勝手に捲れ――消えた。
「い、今のなんですか!?」
「いや、何っていうか……ダンジョン図鑑?」
また出て来た。
じっと見ていたら、また消えた。
どうしろって言うんだ!!
見る時間すら与えられない図鑑とか、ただの鈍器ですから!
あ、鈍器か。
あれだけ分厚いなら、武器になるんじゃないか?
「『ダンジョン図鑑』」
再び出て来た図鑑を手に持ち、振り回してみる。
うん。なかなか重量感があっていい。
表紙の四隅には装飾された鉄の飾りなんかもあって、見た目もゴージャスだ。
でもすぐ消えるんじゃ、呼び出すタイミングが難しい――ん? 消えないな。
「もしかして、手に持たないと消えちゃうとかじゃ?」
「あ……そうかも。えっと、じゃあこのまま持った状態で中を確認しよう」
表紙を捲ると、そこにはダンジョン図鑑に関して書かれていた。