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129-除夜の鐘。

「あぁ~、餅つきもう始めてるぅ」


 そんな声が聞こえたのは、俺とハリスくんとで命がけの作業を始めたあたりだった。

 ハリスくんが杵を持ち、俺が合いの手をやる。


 殺るか殺るかの真剣勝負だ。

 タイミングがずれれば俺の手が……。


「なんで二人はそんな怖い顔して餅ついとるん?」


 後ろでセリスさんの声がしたが、今は振り向くことすらできない。

 ハリスくんは確実に仕留めようとしている。俺の手を。


「姉ちゃん邪魔すんなっちゃ」

「これは男同士の、命をかけた真剣勝負なんだ」

「……バカたいね」

「クラアァァアァァッ」

「ハリイイィィィッス!」


 と、勝負が始まったところでハリスくんが手に持つ杵を何者かが掴んだ。


「はいはい。力入れすぎると、杵が割れて木くずが餅につくからやめようね」


 秋嶋さんだ。


「浅蔵くんも、ハリスに合わせてくれなくていいデスから」

「あ、はい。すみません、ハリソンさん」


 ハリソンさんというのはセリスさんとハリスくんのお父さん。

 早く誰か止めてくれないかなと思いつつ、5分以上死闘を繰り広げてしまった。


「ふぅ。もう家の中に入ってもいいのか――ふあああぁぁぁっ!?」


 ようやくセリスさんを見れたと思ったら、そこには艶やかな振袖姿のセリスさんが!

 外国人の着物姿って、絶対違和感あると以前は思っていた。

 だがそんなことは関係ない。


 つまり綺麗は正義。


「きゅ、急にお母さんたちが、これに着替えろって……。お、おかしくない?」

「全然おかしくない。綺麗は正義」

「え?」


 は!

 思わず心の声を呟いてしまった。


「え、えっと。似合ってるよ。うん、似合ってる」

「そ、そうなん? それやったら、よかった」


 と、ここで会話が途切れてしまい、気恥ずかしくなる。


「浅蔵くん、家の中にはもう入れるヨ。今のうちに着替えてくるとイイ。残念ながら男物の着物はナイけどネ」

「あ、はい。じゃあ着替えてきます」


 セリスさんに「またあとで」と小声で伝え家の中へ。


「はぁ、綺麗だなぁ」

『にゃー、白くて綺麗にゃにゃー』


 独り言は足元の虎鉄のおかげで独り言にはならず。


「お前の言ってるのはもしかして餅のことか?」

『にゃー』

「お前、餅は食べるなよ」

『にゃにぃーっ!? なんでにゃっ』


 なんでって……喉に詰まらせるだろ。

 その後も酷いにゃ酷いにゃと攻め立てられ、罪悪感に捕らわれるほど。

 猫缶出してやると言っても、しょっちゅう食べているので豪華さが足りないと文句を言われ。

 だが餅はダメだ。

 となるとどうしよう?


 着替えてテントに戻ると、いつの間にか机の上に料理が並んでいた。


「浅蔵さぁん、晩御飯食べよう~」

「大戸島さん、この料理いつの間に?」


 こちらも振袖姿の大戸島さん。

 しかしよく考えたら、その恰好で一晩過ごすつもりなんだろうか。しかもこれからご飯だって……。


「これはおじいちゃんが用意してくれたのぉ。虎鉄にもご馳走あるからね」

『にゃ!』


 尻尾をぴんっと立てた虎鉄は、急いで大戸島さんの下へ。

 どうやら虎鉄のためにマグロの刺身が用意されているようだ。


「虎鉄のアレ、大トロなんばい」

「大トロ! ほ、本当にご馳走だな。いや、よかったよ。さっき家の中で餅が食べたいって、駄々こねてたから」

「餅はダメばい。喉に詰まらせたら大変っちゃ」

「うん、そう言ったんだけどね。食べたいってさ。まぁあの分だと餅のことはすっかり忘れてるな」


 出てくるときにミケも一緒に連れ出して、今は虎鉄と一緒に大トロを食べている。

 虎鉄も大きくなってすっかりミケの手を離れているが、それでも家にいる間は親子としていつも傍にいる。

 ミケは虎鉄の毛づくろいをしてやり、虎鉄はミケをブラッシングしてやり。

 本当に仲のいい親子だ。


 今のところ見る限り、虎鉄の成長は止まっている気がする。

 ダンジョン猫からケットシーに進化したからだろうか?


「ん、もうっ。浅蔵さん、なんでこっち見てくれんと?」

「え? こ、こっち?」

「もう、こっちばい!」


 セリスさんがそう言って、俺の顔をぐいっと自分の方へと向かせる。

 くっ……わざと見ないようにしていたのに。な、なんてことだ。

 見たら……見たら……


「お、浅蔵ー。なぁに顔真っ赤にして鼻の下伸ばしてんだ。まぁた変態なことでもしようとしてたかー?」

「うああぁぁぁぁっ。だからセリスさんのこと見れなかったんだよ! っていうかなんてタイミングで登場しやがるんだ芳樹テメー!」

「あ、芳樹お兄ちゃん、いらっしゃ~い。ほかに人も来てくれたんだ~」


 髪をアップにしたヘアスタイルだと、まるで吸ってくださいと言わんばかりに首筋がむき出しだろ!

 うなじだって見えるんだ。そりゃあ吸い付きたくなるだろうっ。

 でもご家族の手前、そんなことできる訳ないじゃん!!


「あ、浅蔵……さん……」

「い、いや、セリスさんは別に悪くないよ。うん」

「ゆ、うてくれたらよかったのに。まだ、回復しきってなかったっちゃろ?」


 ……そうじゃないんだ。そうじゃ……。


「るうぅぅぅぅりいぃぃぃぃぃっ。年越しそば、持ってきたぞおおぉぉぉいっ」

「あ、おじいちゃんお帰りぃ~」


 気づけばたくさんの人が集まってきていた。

 クリスマスの時ほどではないが、いつもの仲間たちとダンジョンで暮らす人々、そして年末年始も支援協会で働くスタッフと。

 

 ダンジョン内での年越しも、悪くない。

 そう思えるひと時だった。






「そういや芳樹。上だと除夜の鐘とか聞こえるかな?」

「あ? 上がってみれば?」

「わ、私も聞きたい」

「あ~、じゃあ私も行くぅ。タケちゃん一緒に行こう」

「あぁ……まぁ、うん」


 ん? いつもの武くんなら、ハイテンションで返事するだろうに。

 どうしたんだろう?


 まぁその答えは階段を昇ればすぐに分かった。


「あぁ……」

「あぁ~……」

「あぁあ……」

『にゃうぅ……』

『んにゃ~』


 俺、セリスさん、大戸島さん、虎鉄、そしてミケ。

 それぞれ似たような反応で外の世界を眺める。


 わずかに見える外の景色は、横殴りの激しい雨が降りしきる光景。

 年末年始としては、最悪ともいえる悪天候だった。


「聞こえる聞こえない以前に、鐘、叩いてるんっすかねぇ?」


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