(8)このしっぽなんなの!?
「なんじゃこりゃあああああああああああ!」
響き渡る叫び声。
私の声である。
洞窟内に響き渡るその声は自分自身でもとてもうるさい。
「小夜ちゃんどうしたケロ!」
私の声を聞きつけてゲロちゃんが慌てて飛び出してきた。
私はドラゴンとの戦いとその後の宴に疲れて、ゴブリンのアジトの中でも最高級の獣の革の寝床で眠り込んでいたのだが、朝目が覚めると体に異変があった。
「これ!これなんなの!」
私のケツには尻尾。
そう、猿のような尻尾が生えているのである。
「小夜ちゃん猿だったケロか! 通りで人間離れした怪力……」
ゴスッ!
拳骨がゲロちゃんの頭にめり込んだ。
「痛いゲロ……」
「猿じゃねーよ! てめぇストーカーして私の事調べたんだろ!! 人間だよ! 人間! まごう事なき人間なんだよ!!」
「小夜ちゃん、回を重ねるごとに口が悪くなるケロね……」
そんな事を話していると、入り口からゴブムラもどうしたとばかりに顔を出してきた。
どうやら私の声は洞窟全土に響き渡っていたらしい。
「どうした小夜。お前の叫び声うるさい」
「どうしたもこうしたもないわよ! これ! これ!」
尻尾を指差すとゴブムラもそれを見る。
すると何か分かったかのようにポンと手をうつとこちらを向いてニヤリと笑う。
「な、なに」
「デガラシ、昨日バナァナ食べただろ。あれ人間食べる、尻尾生える。グフフ」
「何!? あれ普通のバナナじゃなかったの!?」
「バナナ違う。バナァナ」
「そんなのどっちでもいいのよ! よりによってなんで猿の尻尾なのよ!!猫とか犬とかだったら可愛いからまだ許せるのに猿って!!」
そういいながら頭を抱えながら悲しむ私の肩を、ゲロちゃんが軽くポンと叩く。
ゲロちゃんの顔を見ると、なにやらしたり顔でこちらを見ている。
「小夜ちゃん分かったケロ、小夜ちゃんは月を見ると大猿に変身する戦闘民族だったケロよ。通りで怪力なわけだケロ。プクク」
ズガバコズカン!!
殴り飛ばしたゲロちゃんが跳弾の様に部屋を跳ね回る。
「私はどっかの野菜みたいな名前の宇宙人じゃねーよ!!! 私が変身するのは大猿じゃねぇ! 魔法少女だろ!! ま・ほ・う・しょ・う・じょ!! てめぇが一番よく知ってんだろこの両生類!!」
ハァハァハァ
こいつは後何回吹っ飛ばしたらくたばるのだろうか。
いや、くたばってもらったら困るのだが、ふっとばさざるを得ない。
私の怒りの拳を使わざるを得ない。
「じょ、冗談だケロよ……」
よろよろと戻ってくるゲロちゃん。
これ見よがしに杖などついている。
どっから持ってきたんだよ。
ゴブムラはと言うとニヤニヤこちらを見て楽しんでいるようだ。
「デガラシ、安心する。尻尾はバナァナが消化されてケツから出てきたら同時に消える。だが、気をつけろ。尻尾ある間、魔法使えない」
「な、なんですって!」
やばいわ!
こんな時に強力なモンスターとかが襲ってきたら、私なんてひと捻りにされてしまうわ。
これは尻尾が消えるまでこのアジトで引きこもりニートをするしかない……!
しかし、こんな時に便秘になってしまったら一大事だわ。
ならない事を祈るしか……!
フラグじゃない、フラグじゃないからね!
「早く戻りたいならこれ食うか?」
ゴブムラが腰にぶら下げる革袋からなにやら小さな一つの木の実を取り出した。
「なにこれ」
不審な目でその実を見ているとゴブムラはニヤニヤしている。
「ゲリピの実だ。うまいぞ」
ペシッ
私が無言でその実を手で払い落とすと、ゴブムラは慌ててそれを拾う。
「何するデガラシ。これ、希少な木の実だぞ」
「名前でわかんのよ名前で! ゲリピの実って何よ! そのまんまじゃん! 下痢でしょ!? 下痢! お腹ピーピー壊すんでしょ! アホでも分かるそのネーミングセンスどうにかなんないの!?」
「これ食う、ケツからバナナと一緒に出る。万事解決。ウヘヘ」
こいついまバナナって言ったわよね。
バナァナじゃなくてバナナって言ったわよね!
おちょくってんのかゴルァ!!
「(゜Д゜#)」
「小夜ちゃん、それは何だケロ?」
「私の心情を表してるって言ってんだろ何回も説明させんな!」
「小夜ちゃん、縦書きで読んでる人はなんだかわからなくなるケロよ……」
この腐れ両生類がメタい事を言うんじゃねぇ……。
沸々と怒りが湧き上がってくる。
あー、いらいらする。
こいつらといるといらいらするわー。
◆◆◆◆◆◆
数時間後。
便秘だ。
完全に便秘だわ。
あんな冷たい床で寝たもんだからお腹壊したんだわ。
出るべき物がぜんっぜん出ない。
そして横からそっと差し出されるゴブムラの手。
その上に載せられた実を、自分でも感心するほど手際よく払い落とす。
「食わねぇっつってんだろ」
それを再び慌てて拾いに行くゴブムラ。
「デガラシ、早く治す。今のデガラシの力、猿以下。強いモンスター来たら危険だ」
猿以下という言葉は気になるが、こいつはこいつなりに心配はしてくれているようだ。
その心配を無碍にするのも可哀想な気がしてきた。
だが、私は断固としてそれを口にするのは拒否させていただく。
………………。
しばらくアジトの最高級客間でごろごろと転がっているとゴブムラが飯を運んできた。
持って来た盆の上には湯気の立つ暖かそうな物が乗せられていた。
ゴブムラはそれを私の横に置く。
私は起き上がると、地面に置かれたそのお盆の上の物を見た。
ここに来て料理といえる料理っぽい物が始めて出てきたのだ。
「こ、これは……!」
見た目はクリームシチューのようである。
シチューからは数種類の野菜や肉が顔を覗かせ、とてもおいしそうである。
「腹温める、出るもの出る。早く治す」
ご、ゴブムラ、なんていいやつなの!
私を置いてどっかほっつき歩いてる両生類とは大違いだわ!
ゴブムラを見ると、親指を立ててキラリと歯を輝かせている。
イケメン、こいつがイケメンに見えるわ!
きっと今だけだけど!
「い、いただきます……!」
久しぶりのまともな料理に涎が口の中をほどばしる。
脇に置かれた木製のスプーンを手に取ると、お椀の中にあるシチューをひとすくいして口の中へと運ぶ。
「う、う、う…………」
感情が、感情が抑えられない!
「うーまーいーぞー!!!!」
程よくとろけたこのシチュー!
ミルク(何の動物のミルクか分からないけど)の香りが食欲を沸き立たせる!
中に入れられた数種類の野菜(何の野菜か分からないけど)の食感も崩れていない丁度いい煮込み具合!
そして口の中へ運ぶととろける様に崩れ行く肉!
それぞれがそれぞれを引き立てて素晴らしい味のハーモニーを奏でている!
湧き出る感謝! 全身を駆け巡る感動!
今、私は幸せを味わっている!!
「おいしい! おいしいよゴブムラ!」
がっつく私をみてゴブムラも嬉しそうである。
材料が何なのかがよく分からないが味は申し分なし。
とてもおいしい。
「よかった、ブラックボーンドラゴンの肉とゲリピの実のシチュー、そんなにうまいか」
ブフー!!
え、今なんつったこいつ。
噴出してしまった。
だがもう遅い。
シチューの大半は私の腹の中。
「クソがぁ!! この純真な私の心を騙しやがったなぁ! 私がこの世界に来て食いたくない物のワースト二位と三位ぶち込みやがって!!【ちなみに一位はゲバゲバキノコ】 てめぇの血は何色だぁ!!! ……うっ……ぐっ」
その後、私が数時間下痢に悩まされたのは言うまでもないだろう。