(4)この変身時間なんなの!?
カチカチカチカチカチカチカチカチカチ
「小夜ちゃん、連打しても無理ケロよ。魔力がたまらないと……」
横からゲロちゃんがボソボトと小声で喋りかけてくる。
眼前には他のゴブリンたちよりも一回りも二回りもでかい髭を生やしたゴブリンが鎮座しており、ゴブムラとなにやら喋っている。
恐らくこいつがゴブリンの親分なのだろう。
言葉が違う為何を言っているかは分からないが、こちらをチラチラと見るゴブムラは明らかに困惑している。
私の姿が魔法少女から、全く別の姿の普通の美少女に戻ってしまったからだろう。
「肝心な時に変身解けるとかなんなのっ、不良品じゃないのっ?」
赤かったブレスレットのハートのマークは黒くなっており、下のほうだけ若干赤が残っている状態だ。
恐らく魔力を溜めるメーターか何かになっているのだろう。
「不良品じゃないケロよ! この世界の特殊な空気のせいで僕もいつ変身が解けるかがつかめてないケロ!」
「大体アンタのせいでこんな事になってんだから何とかしなさいよ!!」
「い、痛いケロ!」
ぐにーっと伸びるゲロちゃんのほっぺはいつ見ても気持ち悪い。
「おい、そこの魔力の欠片も感じない胸なし女」
ゴブリン親分が話しかけてきた。
表情はよく分からないが、明らかに不審な感情を向けられているのは確かである。
そして、今聞き捨てならない失礼極まりない台詞が含まれていた気がする。
だが、ここで怒りを露にしたら、魔法少女の力を失ったか弱き乙女である私は一瞬で捻り殺されてしまうわ。
「さささ、小夜どぇす。私の名前は五十嵐小夜でぇす」
怒りが隠しきれない!
ピンチだわ!
「小夜ちゃん! 怒りが隠しきれてないケロ! 本当の事を言われても耐えるケロ!」
ドーン! ガラガラガラ……
私の裏券が顔面にヒットしたゲロちゃんが、木の葉のように後方に吹き飛ばされ、何かが崩れる音がする。
「小夜ちゃん……魔法少女にならなくても十分怪力だケロ……」
死に際の声の如く力ない声で後ろから何か聞こえるが、今は無視しておこう。
後で覚えておけ。
「デガラシというのか。おい、デガラシ。お前本当に強いのか? ゴブムラは自分が率いるゴブリン一個大隊を一瞬で殲滅されたと言っているが」
こ、こいつ等……、わざと名前間違ってんじゃねーのか?
次変身したら丸焼きにしてやろうか……?
「かくかくしかじか」
私はこれまでの経緯(第2話参照)をゴブリン親分に説明した。
さすがにここまで喋れる親分なら分かってくれるだろう。
「だから強い、私は強いわ。だから教えてほしい事があるの」
とりあえず人間のいる場所に行きたい。
もうモンスターは嫌だ。
イケメンを見て心を癒されたい。
話に脈絡もないがとりあえず教えてほしい。
今の私だとハッタリになってしまうかもしれないが、とりあえずハッタリでもかまして情報を得ないといけない。
「なるほど。よく分からん部分も多いが、ゴブムラの話もあるし一応信用はしてやる。それといいだろう、頭は普通そうだし、知りたい事は教えてやる。ただし条件がある」
頭は普通って何よ……。
口ではそう言っているが、ゴブリン親分がこちらを見る目は明らかに信用していない。
「条件?」
「今俺達がいるこの森には、夜に凶暴な魔物がでて困っている。仲間のゴブリンも多く殺られている。強いならそいつを退治してほしいのだ。退治してくれたら、知ってる範囲の事ならなんでも教えてやるぞ」
なんでも……今、なんでもって!
いや、そんなお約束のくだりは今いらない。
魔法少女にさえなれればどんな魔物もイチコロよ!
昼に見た魔物もスライムとかオークとかゾンビとかそんなんだったから、出てきてもどうせ下級的なモンスターでしょ!
ブレスレットを見ると、もうメーターが半分は溜まっている。
「たまりが早いケロね! これならもう何分かしたら満タンケロよ! やっぱりこの世界に漂う魔力がすごいケロね!」
いつの間にか復活したゲロちゃんがブレスレットを覗き込んでいる。
それならいけるわ!
しかし、一体何の魔物なのだろう。
「で、私に退治してほしい魔物ってのはどんな魔物なのよ」
「少し前にこの森に現れ始めたのだが、ブラックボーンドラゴンと言う巨大な魔物だ。夜が更ける頃、森の上空に穴が開き突如現れる。アンデッドのクセに火も効かない。黒き闇の炎を吐き、その鋭き爪は空をも裂く。巨体に似合わぬ俊敏さですごく凶暴なのだ。森に住む魔物を見つけると襲ってくる。俺達では空も飛べないし太刀打ちできない」
……。
何かすごい、後半ラストダンジョン手前の闇の大地とかに出てきそうなモンスターの名前がでてきたんすけど。
勝てるの?
勝てるの!?
ゲロちゃんを見ると、そっぽを向いて冷や汗を垂らしている。
おいいいい!!!
「そんな凶暴な怪人、日本にはいないケロ……」
怪人じゃねえええええええええええええよっ!!!
モンスターっつってんだろうが!!
この役立たずが……。
「で、お前は何を教えてほしいんだ? 調べる必要もあるかもしれないから先に聞いておいてやる」
「人間! 人間のいる場所を教えて! 出来るだけイケメンの!」
恐らく元の世界に変える方法など聞いてもゴブリンが知るはずもないだろう。
だとしたら、魔法とか使えそうな人達を探すのが最優先である。
とにかく、話が最大限通じる人間を探さなくては。
「人間? お前正気か? ゴブムラがお前は人間に見えるが魔物じみた雰囲気があるというから信用しているのだがお前も人間なのか?」
「プークスス」
横でゲロちゃんが笑いの息を堪え切れずに口から漏らしている。
ゴン!
「ゲロ!」
握りこぶしをゲロちゃんの頭上から落とすと地面にめり込んだ。
ゴブムラの野郎、どんな説明しやがったんだよ……。
「まぁいい。デガラシが人間に会いたいというのなら教えてやろう。だが、約束は守ってもらうぞ」
「まかせて! 秒で倒してあげるわ!」
そう言うとゴブムラがこちらに近寄ってきた。
「善は急げだ。早速、今夜森で待ち伏せしよう! 俺が囮になるから、デガラシは隙を突いてブラックボーンドラゴンを懲らしめてやってくれ!!」
私の肩に手を乗せ、歯をきらりと輝かせるゴブムラ。
なんで急に言葉が流暢になってんだよこいつ。
そして私は今夜、ブラックボーンドラゴンなる強そうな名前のモンスターと戦う事になった。
そして、もうデガラシと呼ばれる事に反応しなくなった私がここにあった。