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木鶏

作者: 斎藤康介

 横には妻より弾力の身体が眠っていた。ネットで知り合った女だ。アヤと名乗ったが本名かはわからない。プロフィールでは二十三歳となっていたが、実際にはもっと上かもれない。目のまわりの隈が歳不相応の悲壮感を漂わせていた。

 妻と過ごすときよりも口数は多かった。普段なら絶対に言わないような美辞や猥語が口からでた。努めて冷静に装うとしたが、ただ目の前に生身の身体が供されると貪り、陶酔した。

 罪悪感はなかった。おそらくこの後、シャワーを浴びて別々にホテルを出ていく。もしかすると女とは連絡先を交換するかもしれない。だが、すぐに消すだろう。電車を乗り継ぎ、自宅の最寄り駅に着くころにはアヤという名前も忘れている。ただ指先に残る白く張りのある胸の感触だけが女の残滓だ。そのやわらかな感触をおもいだしながら自宅のインターホンを鳴らし、笑って妻の出迎えを受ける……。

 自分が身勝手な人間なことはわかっていた。本来なら良心や理性が不埒な行いをとめるべきだった。理想の夫婦像とは、仲よく互いに信頼し尊重しあえる関係のことをいうらしい。その点、私はモラルが欠けた下劣な人間に相違なかった。

 だが私の理性は、ゆきずりに女を抱くことをもとめた。妻にとってよき夫であり続けるための、これが唯一の方法だった。世間が命ずるおとぎ話のような夫婦像、これが重く圧しかかるほど、私は妻以外の女の身体を欲した。

 私はおそらく破滅の上に立っている。それがよき夫であり続けるために、私が歩んだ道の行き着いた先であった。

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