第七話 ハーフダークエルフ(中編)
ユアの心電図を計測した結果、かなり鼓動は速かったが、脈そのものは規則正しく、問題はなかった。
上半身裸で、下半身も下着だけという格好で、恥ずかしそうにしているハーフダークエルフの彼女。
しかし、当初より怯えは少なくなり、照れたような笑みも浮かべるようになっていた。
かわいい……。
しかし俺は、冷静なように見せかける。
そしてそのまま、聴診に入る。
聴診器を当てるのだが、綺麗で、形の良い胸がどうしても目に入ってくる。
ここも冷静を装っているのだが……。
「大丈夫ですか? 顔、赤いですよ」
と、逆に心配されるほどだ。
「……ご、ごめん、まだ慣れていなくて……」
つい、そう謝ってしまった。
「えっ……慣れていないって……ここの先生なんですよね?」
「ああ、そうだけど、まだ新米なんだ……」
「新米? えっと……歳は、何歳なんですか?」
「今、十八歳だよ」
その俺の言葉を聞いて、彼女はさらに赤くなった。
「そんな……魔族の方だから、もっと歳をとっているのかと思ってました。私と二つしか変わらないなんて……」
彼女はそう言って、胸を隠す様な仕草をした。
「いや、そもそも元は魔族じゃないし……」
その俺の言葉を聞いて、ユアは目を見開いた。
俺は「しまった」と思ったが、後の祭りだ。
「魔族でないって……どういう事ですか?」
ちょっとだけ、さっきまでより語気が強い。そして胸は両腕で隠したままだ。
「えっと……今から言う事は、秘密にしてもらっていいかな?」
「えっ……はい……秘密にします」
ユアは真剣だった。
そして目の前の彼女は、ハーフダークエルフ……つまり人間とダークエルフの子供であって、魔族ではないはずだ。
そこで、俺は全てを打ち明けた。
実は元々は人間で、デルボルト医師によって目を青く光るように改造され、魔族として生活することになったこと。
そして忙しいデルボルト医師に変わって、この検診施設をまかされていること。
健康診断を実施することしかできず、治癒能力なんかないこと。
一通り聞いていたユアは、ぷるぷると震えだした。
なんか、目がつり上がっている……。
「えっと、あの……ひょっとして、怒ってる?」
「当たり前でしょ! ひどいっ! 私、逆らったらひどい目に遭うって思ったから、言われたとおりしてたのにっ!」
さっきまで大人しくしていたのは、本当に怯えていただけだったのか。
「まさか、そんなことしないよ。そんな力もないし」
「それならそうと、先に言ってくれれば良かったのに。死ぬほど恥ずかしかったんだからっ!」
「いや、だって、健康診断なんだから当たり前……」
「あなた、本物の医者じゃないんでしょう!?」
「……ごもっとも」
俺がそう言うと、ユアはそそくさと検査着を着始めた。
「えっと、まだ触診が終わっていないけど……」
「触診って、何するの?」
「悪いところがないか、あちこち触って……」
「結構です! 自分で悪いところぐらい、自分で分かりますっ!」
……なんか、嫌われてしまった。
そのまま帰ろうとする彼女の腕を、俺は掴んだ。
「どこ行くんだ? さっきも言ったように、まだ検診は終わっていない」
「だって、医者じゃないんでしょう?」
「ああ。でも、最後まで検診をやり遂げないと罰を受ける。俺も、君も」
俺は真剣にそう話した。これは本当の事だ。
ユアは、そんな俺の様子に少し戸惑っていたが、あきらめた様にため息をついて、椅子に座った。
「……ごめんなさい、デルボルト先生の支配下にあるのは、貴方も同じなのね……それで、どうすればいいの?」
「聴診はもう終わったから、触診だ。さっきも言ったように、あちこち触る。少しだけ我慢してくれ」
「……うん、分かった」
「……やけに素直だな」
「あなたが真剣だから」
ユアも覚悟を決めたような目だ……まあ、たかが触診でそこまで深く考えることはないのだが。
下瞼を触り、少し下げて貧血の有無を確認。
のど元や、後頚部の腫れを確認。
そして、検査着をまくり上げるよう指示すると、意外と素直に従った。
「……どうせ何度も見られているし……仕方無いね……」
相変わらず恥ずかしそうにはしているものの、それほど嫌がった様子ではない。
胸の中央部をトントンと叩いて、その反射音を確認した。
「……もういいよ」
その言葉に、彼女はほっと息をついて、検査着を下ろした。
「……どこか悪いところ、あった?」
「いや……俺が診た限り、君は健康だ。ここで採取した『さんぷる』を、デルボルト先生に診断してもらわないと最終確定じゃないけどね」
俺は笑顔でそう話した。
すると、彼女も笑顔になった。
「……最後の方、医者っぽかったよ」
「褒めてもらえて、嬉しいよ。でも、まだ終わりじゃない」
「えっ……まだあるの?」
「ああ……実は、ここからが一番大切かもしれない。心療内科……分かりやすく言えば、悩み事相談だ。なにか悩んでいる事、ないか?」
その問いに、彼女は意外そうに青い眼を見開いたが、すぐに悲しそうな表情になった。
「……今の、この状況が悩み、よ……」
「……俺に診察されていることか?」
「ううん、そうじゃない……魔族へと体を改造されて、それで、行く場所もなくなってしまったこと……」
彼女は、静かに、こうなってしまった経緯を語り出した――。